深夜の訪問者

大隅 スミヲ

第1話

 その体験をしたのは、中学2年生の夏休みのことでした。


 当時、私は深夜ラジオを聞くことにハマっており、深夜2時か3時頃まで布団の中でラジオを聞きながら、寝落ちするという生活を送っていました。

 部活はサッカー部に所属しており、朝からきつい練習があるというにもかかわらず、深夜ラジオの魅力に取り憑かれた私は、眠いのを我慢してラジオ放送を聞き続けていたのです。

 その日も片耳にイヤホンをはめて布団に潜り込むと、深夜ラジオ放送を聞き入っていました。


 お笑い芸人によるラジオ放送は、テレビ番組の裏話や、芸人同士の交流の話、大物芸能人の秘密をイニシャルトークで暴露といったものを軽快な語り口調で話すもので、私は笑いを噛み殺しながら深夜放送を楽しんでいました。

 なぜ笑いを噛み殺す必要があるかと言えば、声を出して笑ってしまうと隣の部屋で寝ている両親に、深夜ラジオを聞いて起きているということがバレてしまうからです。

 私の両親は厳しい人でしたので、深夜ラジオを聞いていると知られれば、きっとラジオは取り上げられてしまうでしょう。

 だから、私は必死に笑いを我慢しながら深夜ラジオを聞き続けたのです。


 その日の放送は、ゲストとして女性アイドルグループのひとりがやってくるということで、パーソナリティのお笑い芸人のテンションはいつもよりも高めでした。

 ところが、いつものお笑い芸人のトークを期待して聞いている私にとっては、女性ゲストとのトークは何ひとつ面白く感じられなかったのです。

 どこかよそ行きといった感じのトークを繰り広げるお笑い芸人に私は失望しながら、この時間に他の局ではどんな放送をやっているのだろうかと、ラジオの周波数を変更してみました。


 当時、私の持っていたラジオはデジタル式ではなくダイヤルで周波数を放送局に合わせるタイプのものでした。そのため、うまくダイヤルが合わせられないと、雑音混じりの放送を聞くことになってしまうのです。

 深夜放送というのは不思議なもので、静かな音楽が流れているだけの番組もあれば、人気のお笑い芸人やアニメの声優がパーソナリティを務めているもの、あとは顔を見たこともない役者などがパーソナリティを務めていたりして、この人はどんな顔をしているのだろうかと想像しながら放送を聞くのもひとつの楽しみだったのです。


 その夜も少しずつダイヤルを調整しながら、何か面白い番組がやっていないか探していました。

 時刻は深夜2時を少しまわった頃でした。たしか、ラジオ番組の合間に流れる時報を聞いた記憶があります。

 ダイヤルを動かしていると、かすかに声が聞こえたような気がしました。

 私は慎重にダイヤルを合わせていきます。しかし、雑音が多く、はっきりとその声を聞き取ることはできません。もう少し先かな。そんなことを思いながらダイヤルを回していると不意にはっきりと声が聞こえました。


「……けろよ」


 その声を聞いた時、一瞬、ゾクッとしました。理由はわかりません。

 男の人の声でした。若いような、年寄りのような。聞こえてきたのは、それだけでした。

 また雑音が聞こえだし、全然ラジオ放送を見つけることが出来ませんでした。

 その夜は、そこで諦めて寝ることにしました。もう眠かったのです。イヤホンを耳から外すと、いつの間にか眠ってしまっていました。


 どのくらい眠ったのかわかりませんが、ふと、目を覚ましました。なぜ目を覚ましたかといえば、音を聞いたような気がしたからです。

それは木が軋むような低い音でした。


 家鳴り。寒暖差や湿度などによって、家の材木が縮んだりして音がなる現象です。よく、これを幽霊が出る時に聞こえるラップ音と勘違いすることがあるそうです。最初に聞いた時は、家鳴りだろうと私も思っていました。しかし、それは違っていました。


 ミシ……ミシ……ミシ……ミシ……。


 音は断続的に続いています。

 しかも、その音は徐々に近づいてくるのです。

 私の寝ていた部屋は階段から一番近い部屋でした。そう、その音は階段を上がってくる時に聞こえる木の軋む音にそっくりでした。しかし、その音の速度はあまり早くはありません。まるでゆっくり、ゆっくりと階段を上がってくるようでした。


 我が家は二階が寝室であり、一階は夜は誰もいませんでした。だから、深夜に二階に上がってくる人がいるなどということはありえないのです。両親も兄弟も既に就寝していることは、わかっていました。なぜなら、私は深夜ラジオを聞くために寝たのが最後だからです。各自が寝室へ向かい、寝たのを確認しています。


 ミシ……ミシ……ミシ……。


 あと少しで階段を上がり切る。それがなぜか私にはわかりました。

 そして、裸足で廊下を歩くようなペタペタという足音が聞こえてきました。


 その時、私は自分の身体が動かせないということに気づきました。

 しかし、意識ははっきりとしています。そう、金縛りというやつです。


 ペタ……ペタ……ペタ……ペタ……。


 足音が私の部屋の前で止まりました。

 やめてくれ。

 恐怖はピークを迎えています。

 次の瞬間、足首を掴まれたという感触がはっきりとありました。


「ひっ!」

 私は声にならない悲鳴を上げ、そのまま意識を失いました。


 翌朝、私は何事もなかったかのように目を覚ましました。掴まれた足首も何ともありません。

 その日は部活の試合で、他校へ行く予定となっていました。先輩たちといっしょに駅まで行き、電車で移動して試合会場である他校へ行くのです。


 駅までは歩いて10分ほどの距離でした。私たちは列になって駅へと向かっていました。

 途中、大きな交差点があり、信号が赤信号に変わったため、列が分断されました。

 先を行く先輩たちは、私たち後方組が信号で足止めされていることに気づいてはいません。

 どうにかして先輩たちに気づかせようとしましたが、それは叶いませんでした。

 仕方なく、信号が青になってから私たちは走って先輩を追いかけようとしました。

 ほどなくして信号が青に変わり、私はダッシュして飛び出そうとしました。


 その時です。足首を誰かに掴まれたような感覚がありました。


「え?」

 私は思わず立ち止まりました。

 次の瞬間、目の前を大型のトラックが通過していきました。

 本当に間一髪でした。信号が変わるギリギリのところで、トラックは右折しようと交差点へと入ってきていたのでした。それが私には見えていませんでした。


 もし、あの時、足首に違和感を感じていなければ、私はトラックに撥ねられていたかもしれません。


 あの日以来、私は足首を掴まれることもなく、また家で階段を上がってくる音を聞くこともなくなりました。

 ただ、ひとつだけ。

 あの日の翌日、部屋を片付けていたところ、幼い頃に亡くなった祖父と一緒に撮影した写真がベッドの下に落ちていました。

 その写真は、幼い私が祖父に抱っこされているものでした。懐かしい写真だと思いながらも、なぜ写真がこのような場所に落ちているのだろうかと不思議に思いました。

 その写真が落ちていた場所。それは、私がベッドで寝た時に、ちょうど足首のあたりに来る場所でした。

 もしかしたら、私は祖父に護られたのかもしれません。

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深夜の訪問者 大隅 スミヲ @smee

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