終章 すべてこの世はこともなし

 「こら、エル、まちなさい! ダナ家の人間には教えておかなければいけないことが……!」

 王立アカデミーの廊下ろうかを赤毛のフラン先生のさけびがひびきわたる。中庭に飛び出し、庭師の青年の姿を見かけるとたずねた。

 「ああ、サリヴァンさん! エルを見ませんでしたか⁉」

 「……かのなら、向こうの方へ」

 「そうですか、ありがとう。ああもう、あの子ったら。あんな大変なことをしでかして、少しは落ち着くかと思ったのに……ちっともかわらないじゃないの!」

 フラン先生は自慢の赤毛をかきむしりながら走り去った。

 「……もういいよ」

 サリヴァンがつぶやくとバラのしげみの下からエルが姿を表した。舌を出して『へへっ』とイタズラっぽく笑ってみせる。

 エルはすっかり以前の生活を取り戻していた。自分のしでかしたことを白状はくじょうしたあと、とことんまで怒られた。それでも、もちろん、エルとニーニョのことだから怒られているだけではなかった。主張しゅちょうすべきことは堂々と主張しゅちょうした。

 「たしかにあたしたちは悪いことをした。でも、それも友だちと引きはなされたくなかったからよ。おとなの都合つごうでわけもわからずに引きはなされたくなかった。だから、家出したのよ。おとなたちが喧嘩けんかなんてしてなかったらそんなことをする必要はなかったわ!」

 「ダナ家とミレシア家はどっちもデイモンの襲来しゅうらいそなえるっていう使命をもった一族なんだ。どっちも大切で、どっちも必要なんだ。協力しあわなくちゃならないんだ。喧嘩けんかなんかしてちゃいけないんだ!」

 死刑にするならしろ!

 そう開きなおっての弾劾だんがいだった。わずか一〇歳の子供たちにそこまでの覚悟かくごを決められてうったえられたとあっては、さすが頑固がんこなおとなたちも考えをかえざるをえなかった。

 「たしかに、これは我々われわれの責任でもある。我々われわれにくみあい、いがみあっていたからこそ、この子たちはあんな行動を起こしたのだし、必要なことも知らなかったのだ。この子たちだけではなく、我々われわれ自身じしんばつを受けなくてはならない」

 両家の当主とうしゅ、ふたりのブライアンがそう結論けつろんしたのだ。ふたりのつみゆるし、とうなおとなに育てあげることこそ自分たちの受けるべきばつ、ということなのだった。

 それに結局、実害じつがいはなかったわけだし、なにより全員、石になっていてなにが起きたのかなどまるでわかっていなかった。世界の危機ききだっただの、デイモンが襲来しゅうらいしただの、そんなことを言われても現実げんじつがない。彼らにとっては『なかったこと』なのだ。それでは真剣しんけんおこりようもない。

 まちの人たちもまるでピンときていない様子ようすでいつも通りの生活をしていた。エルとニーニョに対する態度たいども以前とかわらなかった。

 むしろ、大半は『イタズラっ子がまたホラを吹いている』ぐらいにしか思っていなかったらしい。けっこうよろこんで話を聞いていた。

 『いつも変な話ばっかりしてたけど今回のはよくできてるなあ。スケールがでかいし、スリルもある』と。

 そのため、エルとニーニョはしばらくの間、あちこちに呼ばれ、即席そくせき詩人しじんとして話をしてまわることになった。おかげで小遣こづかいには困らなかった。

 そういうわけで、エルとニーニョは以前通りの生活をすることをゆるされたのた。そして、王立アカデミーに復帰ふっきし、今度こそ真面目まじめ授業じゅぎょうを受けるようになった……かというとそんなことはまったくなく、相変わらず脱走しては街中まちじゅうを飛びまわっているのだった。

 庭師のサリヴァンがさすがにあきれたように言った。

 「授業じゅぎょうをサボってばかりいたせいで大変なことをしでかしたんだろう? なのに、よくかわらずにいられるね」

 エルは笑顔で答えた。

 「当たり前じゃない。あたしだってあんなことでかわるほどシュタイセイのない生き方をしていたわけじゃないもの。第一、勉強なんて夜中でもできるけど、友だちと一緒に太陽の下を飛びまわれるのは昼間だけだもんね。どっちが大事かなんて考えるまでもないわよ」

 「なるほど。それもそうか」

 なんだかみょう納得なっとくしてしまうサリヴァンだった。

 「お~い、エル!」

 ニーニョが元気よく片手を振って駆けてきた。

 「ニーニョ!」

 エルも手を振りかえす。こぼれるような笑顔が浮いていた。

 「こめん、ごめん。ケネス先生を巻くのに手間てまってさ。まった?」

 「ううん。あたしもいまきたところ」

 「よし、それじゃ行こう」

 「うん!」

 ふたりは手をつないで走りだした。その背に向かってサリヴァンが声をかけた。

 「どこへ行くんだい?」

 ふたりは振り返った。満面の笑顔で答えた。

 「もちろん!」

 「秘密の冒険さ!」

 そして、ふたりは駆けだしていった。ただひとり残されたサリヴァンは苦笑くしょうした。そして、つぶやいた。


 かたつむり枝にはい

 神 空にしろ示す

 すべてこの世はこともなし

                  完

                  

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星座の街のエル&ニーニョ 〜世界を石に変えてしまったふたり〜 藍条森也 @1316826612

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