ズレる配役 六話

 女は夢を見る。

 

 目を閉じている私に、誰かが馬乗りになっている。

 そのまま私の首を絞めてきた。

 私の体は動かない。


 目を開けて私を殺そうとする相手を見る。

 私の首を両手で掴んで、絞めているのは、顔に大きな傷跡が残った『私』だった。

『私』は鏡で見たことのないほど、穏やかな表情をしている。

『私』は微笑みながら涙をこぼし、両手に更に力を加え、私に語りかけた。

「私もすぐに追いかけるわ。先に行って待ってなさい」 

 遠くで両親の悲鳴が聞こえる。

 目の前が白く染まっていった。

 私は最後の言葉を紡いだ。

「お……ねえ、ちゃ……ん……」

 



 脳をかき回されるような感覚が、女の精神を本来の肉体に戻そうとする。


(わかった……)


 女は理解した。


(夢の世界は、私達がひき逃げ事故に遭い、あの娘が『跳ねられて頭を打ち』私が『顔に大きな傷が残った』世界)


 現実とは『配役』がズレた世界、と理解すると女の精神は肉体へ完全に戻る。

  


 女の意識は現実の病室に戻った。

 しかし、自分に痛みがあるのか分からず、体も動かない。

 

 病室のドアが開く音が聞こえる。

 足音は一つ。

 迷いなくベットに向かってくる。

 

 女は緩慢とした動きでまぶたを持ち上げた。

 

 足音はベットの脇で止まり、女を跨ぐようにベットに上がる。

 馬乗りになり、女に両手を向けた。


 女は、目が合う。

 

 自分と同じ顔に、大きな傷跡が残る、大切な双子の妹と、目が合う。

 

 妹は涙を浮かべ微笑み、女の首に両手を掛けた。

 

「おねえちゃんが好きだって言ってくれた顔、壊れちゃった……ごめんね」

 

 女が最後に聞いたのは、妹からの謝罪の言葉。

 

(本当に、この娘ったら……仕方のない娘……)


 首を絞められ、自由のきかない体。

 そんな状態の女は、苦しみながら、歪な微笑を妹に返した。

 その表情に妹は気づき「だいすき」とつぶやいて、更に首を絞める力を増していく。

 微笑みを絶やすこと無く、女の意識は闇に溶けていった。




「すぐに追いつくから、待っててね」


 先に行かないでよ、と女に覆いかぶさるように妹は倒れ込む。

 そのまま自身の首を両手で掴み、絞めた。

 

(これからも、わたしたちはずっと一緒なんだから)


 うめき声をあげ、顔を赤黒くさせる。

 それでも妹も微笑みを絶やさなかった。


 

 病室に静寂が訪れる。


 二人の両親は、まだ病室にたどり着かない。





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怪異に襲われる 醍醐兎乙 @daigo7682

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