愛という二日間の奇病

@hapihapikaroshi

愛という二日間の奇病

高田冬木。普通の身長で普通の黒く短い髪の毛、普通の背広を着ている高田冬木である。サラリーマンのなかで特別ではない。しかし、高田春子という妻には誰にも見えないことが見えていた。でも、その見えていることに二人は気づいていなかった。

それって何?本当にそんなことがあるの?


今日も春子は急いでお弁当を作っていて、そんな思いを抱いていなかった。冬木はさっさとスーツと靴を履いて玄関へ向かった。家を出ようとしていたときに春子はお弁当を渡した。


「ねぇ、あなた。」彼女の声が冬木を引き止めた。「高校生の頃好きだったバンドのコンサートが久しぶりにあってさ、今夜さ。チケットを買ったわ。」


「今夜も残業なんだ、ごめん」冬木は手を合わせて言った。


「なんで?」春子はしかめっ面でそう言った。


「短期間の転勤なんだ」


「え?どこ?」


「港。」


「港?!」春子は彼の手を掴んだ。「聞いたことがない?」


「忙しかったからね。何も知らなくてもしょうがない。」と冬木はゆっくり言った。


「最近、誰かが死んだよ!ニュースで防犯カメラを見たよ!ウロウロしていた人が突然倒れた。医者によると、倒れる前にもう死んでいたらしい。」


「大変だ。どうして?」腕時計をチラッと見た冬木は言った。


「なんででしょう?毒がある魚を食べたと聞いたけど、誰もわかんないわ。気をつけてね!」


「わかった。魚を食べないよ」


冬木は家を出る際に春子は「何かは絶対に食べてね!」と言った。


冬木は歩道へ向かい、さっさと駅に行った。今日は不思議と混んでいなかったので、冬木は電車に座ることができた。そばで誰かが毒のある魚の噂について話していた。冬木はため息をついた。「迷惑な噂だな」と冬木は思った。


***


春子は長い間チケットを握りしめながら、ドアを見つめた。やがてゴミ箱に捨てた。


「まあいいや」と言った。


特別などこかに行かなければ、家で特別な何かをしよう、と思った。だから、きちんと準備した。何を準備していた?後で無駄になった。


普通、「残業」の意味は「23時に帰る」だ。


だが、23時は0時になって、0時は1時になった。毎分ごとに、どんどん春子の頭が重くなる感じがした。やがて、2時に冬木が帰った。


眠い声で「おかえり!ちょっと待って、夕ご飯を温める。」と言った春子。


「どうも、けど、要らない。電車に乗り遅れたから、同僚の車に乗せてもらった。さっと居酒屋で食べて、同僚が高い酒を買って、皆で一緒に飲んだ。」脱ぎながら、笑っている冬木は言った。その後、あくびをした。


「同僚?あ、本田さん?もう、やめてよ、本田。でもともかく、来て。座ってよ。寝る前にテレビを見よう。すごく疲れているみたいね。」


ぐらぐらしている冬木が玄関から入ってきたけど、座らなかった。


「明日にしよう。」


その瞬間、疲労で冬木は倒れた。彼は倒れて、寝てしまった。港のことを思わず、春子は「もう」とだけ呟いた。ベッドに誘導したかったから、春子は冬木を揺すったが、ぐっすり寝ていた。代わりに枕をあげた。他にすることは無理だと分かった。


春子は歯を磨きながら、人差し指でシワの流れを触った。同じ年を取る友人に比べて、額にたくさんシワがあった。いくつかの寝られなかった夜からそのシワは額に描かれていた。夜ごとに、「もし寝なければ寝ないほど冬木と一緒に時間がある」と自分自身で思った。その夢のために、寝る夢の時間を奪った。


今、一緒に寝れる。けど、

「めんどくさくなりたくない」と言った。

むしろ、春子はテレビをつけ、音量を下げた。


報道記者は「今夜も亡くなった人が見つかりました。研究者は解剖でウイルスみたいなものを分離するでしょう。警察によると、この人は前に亡くなった漁師の恋人。そのために、この新しいウイルスが性交で広がっていると考えられています。皆さん、気をつけてください。」と言った。


春子は不自然に微笑んだ。「冬木ってそんなことのための時間があるわけないわ」と呟いた。


春子は寝ている夫を覗いた。


「まあいいや」


春子もいよいよ寝た。


***


朝、最初に起きたのは春子だった。お弁当を準備しながら、ほかの犠牲者が現れたかどうかテレビの音に耳を澄ませていた。病院におかしな症状がある二人がいるとの報道があった。青い舌と筋肉のけいれんとしびれがあった。二人とも男性で、港で働いていた。


春子はテレビを消し、鏡で自分の舌を確認した。ピンク色だった。寝室を覗き、ベッドの端に座っている冬木を睨んだ。「ピンク色でしょ」と思った。


冬木は口を少しだけ開けたまま、虚ろな視線でスマホをじっと見つめていた。普通の状態だった。


「何してるの?」春子は聞いた。


「メッセージをもらったばかりだ」とゆっくり言った。春子の目を合わせずに話した。何か気持ちがわいてきた。震える笑顔を見せた。長い間ぶりに春子の目を見た。

「テレビで伝えた二人の中に、一緒に食事した同僚がいる。」


***


病院は青いお菓子を食べた子供たちと心配しているお母さんたちで混んでいた。冬木は濃厚接触者だったので、すぐに医者に呼ばれた。素早く採血をした。その後、高田の二人は待合室で数時間待った。


春子はうろうろしながら、会社のことについて文句を言った。冬木は何も言わなかった。


春子は冬木を慰めたかったけど、「危ないかしら」とか「冬木はそんなことを望んでいないかもしれない」と思った。


「多分大丈夫だよ」と冬木が言った。


春子は座って「忘れちゃった。お弁当を作ったけれど、家に置いてきちゃった」と言った。


でも、その瞬間に医者が戻ってきた。


「高田さん、結果が出ました」と言った。


「はい!」春子は声を上げた。


医者は二人を病室に案内した。


医者は「まずは、ウイルスについての誤解を解きたいと思います」と冷静に言った。


「ということは、冬木がウイルスに感染してるってこと!」


「待ってください。このウイルスは体液によって広がります。しかし、必ずしも性交とかドラッグによって感染するわけではありません。唾液だけでも感染します」


「そんな誤解は気にしないよ!他にも誤解があるの?死亡率とか?」


医者は首を横に振った。


春子は静かに自分の手を見下した。


「ごめんなさい。ウイルスの進化がまだよくわかりません。今のところ、感染者が全員亡くなったとしかわかっていません」


「どうしよう?」


「できることは観察だけだと思います」


「……」


「看護師を呼んで、宿泊のために部屋を準備します。」


「ありが、とうござい、ます。」春子は話しづらかった。


医者が出ようとしたが、冬木が彼を止めた。


「それでは、このマスクをしていて、一人で飲み物を飲めば、仕事に戻ることはできますか?」


春子は冬木をビンタした。


「死ぬよ!あんたはそれでも気にしないの?」


「春子……」


「一生働いているわ。今日だけやめて!」


「春子のために働いているんだよね」


「いつも『春子のために』『車のために』『家のために』『未来の子供のために』って。いや、違うわ。仕事のために仕事してるのよ」


冬木はマスクの下のビンタされた場所を擦った。温かかった。


「大丈夫だよ。体は元気だ」


「寝なくて、一日に十二時間働いて、お弁当を食べない。もしこのウイルスが殺さなければ、他の何かは殺すわ!」


「落ち着いてください」医者は彼女の肩をつかんだが、春子は医者を押しのけた。

体が震えている春子は冬木のマスクを引き剥がし、キスした。

冬木は目を丸くした。後ずさりした。


「春子!」冬木は座って、自分の顔をつかんだ。「し、死ぬよ!」


医者は春子を引き止めて、看護師を呼んだ。

***


二人は様々な不思議な観察機機器につながれていた。別々のベッドを使い、春子もマスクをするように言われた。


一緒に一人になるまで、冬木はまだ驚いているようだった。「どうしてそんなことをしたの?」と聞いた。


春子はマスクを触り、唇の上の布から指に温かいエネルギーが伝わった。「今、一緒に過ごさなきゃね」


「あなたに死んでほしくないよ」


「あなたなしでは生きられない」


冬木は春子の目を見つめた。「疲れているみたいだ」


「頑張るわ」


「一緒に寝よう。ここに来て」


春子は窓の外を見ていた。太陽は地平線の下でゆっくり沈んでいた。彼女は微笑んだ。


「初めてのデート覚えてる?」


「それは本当にデートだったのか?」くすくす笑った冬木が言った。


「もう一度しよう」


春子は窓を開けて立ち上がった。


「本当に庭からギターを弾いてほしくないか?」


春子は無視して窓を乗り越えた。


「春子?」


春子は草に足を踏み入れた。冬木に手を差し伸べた。


「そんなに若くないよ」冬木は言ったが、躊躇しながら春子の手をつないだ。


「まあ、低い窓だから大丈夫」


春子は冬木を窓から引っ張った。冬木が外に出ると、春子は病院の裏の野原を歩き始めた。


「帰ったほうがいいよ。ベッドで休まないと治らないよ」と冬木はいった。


「なんで?また働くために治るの?」


春子は小さい丘に走り出した。頂上に到着したら、追っている冬木を振り返って笑った。春子は座った。冬木も座った。


春子は遠くの都会を指して「そこに住んでいたよね」と言った。


冬木は春この方に寄りかかった。「病院の一階の窓よりあのマンションの最上階の窓から忍び出るのはすごく難しかったね。」


「本当に二日だけね」


「うん」


「でも、あなたは一日だけ残ったでしょう!」春子は言いながら冬木の手を握った。

「ずっと起きていよう。一日で全部したいことをやろう!」


「そんなに話さないで。死なない可能性もあるよ」


「じゃあ、だからこそ休日だ。長いデート!それから、また働ける。」


春子はホカホカして微笑んだ。冬木は春この手を離した。


「それで本当に大丈夫?」


***


冬木はゆっくりと歩きながら、もじもじとあちらこちらを見ていた。自信を持っている春子は都会を案内した。たくさんの看板がピカピカしていた。居酒屋やカラオケや映画館があった。


「ここにはこんな場所があるなんて知らなかった」冬木は言った。


「仕事と家以外にここに本当に住んだことがないからさ。何もみたことがないんだ。今ね、探検できる」


春子は前買ったチケットを握りしめた。もうコンサートは終わったけど、他のチャンスもあると思った。この都会ではどこかでいつもバンドが演奏していた。


夜が深まるにつれて寒くなった。しかし冬木の手を握っている春子の手の温かさからその涼しい風を気がつかなかった。そして、


「見て!」


春子は小さい路地を指さした。二棟の建物の間の階段に向いている矢印の看板があった。「一番音楽内!」と書いてあった。


「ちょっと怪しそう」


「いいよ、行こう!」


二人は階段を降りた。チケットを買って入った。音楽で壁が振動していた。ドアを開けたら津波のような勢いで音楽が流れた。バンドはポップジャンルだったが、ピアノも使っていた。演奏者たちはアメリカの大統領のような格好をしていた。歌手の声はギターとドラムの音にかき消されていた。小さい部屋なので随分混んでいて賑やかだった。


冬木は耳を塞いだ。「うるさいな」と叫んだ。


時間を無駄にしていると文句を言ったかけたが、振り返った時に妻はいなかった。そばにいる女の顔は初めて愛した春子に似ていた。春子はみんなと一緒に歓声を上げ、音楽のリズムに合わせてぴょんぴょん跳ねていた。最初に付き合ったときと同じように明るい目で微笑んだ。やがて春子は振り返って冬木を見た。彼女のにこにこしている顔はステージのスポットライトよりも明るかった。


「一緒に踊ろう!」


春子は冬木の手を掴んで一緒に踊った。冬木に寄り添ってマスクの上からキスして、笑った。冬木も笑った。その笑いはだんだん強くなって、いきなり冬木は咳をした。


「大丈夫?」春子は叫んだ。


「気にしないで」


「疲れているみたい」と春子は呟いた。


「いや、大丈夫。今寝て起きないことより、春子と一緒にいるよ」


春子は冬木の胸に手を置き、頭を彼の肩に傾けながらゆっくり踊っていた。

***


数時間後、コンサートは終わり、二人は近くの居酒屋へ向かった。頭がもやもやするまで古い思い出を話し込んだ。持ち帰り用にもう一つのおやつを注文して、出た。


道路は薄く濡れていたので、雨が降ったみたいだった。まるで逆さまの都会があるかのように、水たまりに光が映っていた。道のすぐそばには猫がゆっくり歩いていた。鏡のような水たまりに猫が二体映っていた。春子はしゃがんで猫に餌をやろうとした。クラクラする春子の手にある唐揚げは本当の鳥のようにピクピクしていた。が唐揚げに口を伸ばしかけたとき、春子は滑った。冬木は彼女を捕まえようとしたが、彼のバランスも崩してしまって、二人はぼちゃんと水たまりに倒れた。猫は逃げ出した。


ほどなくしてコンビニ以外のすべての店が閉店していた。二人はタオルを買った。

笑っていて濡れていて、青い光がある橋を歩いた。橋の向こうには小さい公園があった。冬木はピクニックブランケットのようにタオルを草の上に置いた。


二人は自分の人生について話していた。今まで聞いたことのない話を交換した。どんどん眠くなって目がほとんど開いていないままお互いに寄りかかった。


いつの間にか太陽が昇り始めた。公園の端にある橋の下にある川を眺めた。太陽からオレンジ色や赤色が川にわたって流れた。


春子の腕は冬木の肩から緩やかに下がっていた。ついに目を閉じた。


「仕事のせいで俺を恨んでる?」冬木は言った。


「決して恨んでいなかったよ」とそっと言った。


「なんでこんなに長い間俺と一緒にいたの?やったのは仕事だけだったのに」


「いずれ良くなると思ったんだ」


「でも、良くならなかった」


「だから、あなたが私を思い出すのを待っていた」春子は冬木の濡れたシャツにしがみついた。「あなたが私への愛が冷めたのではないかと心配した。どんなにやってもあなたを愛するのをやめることなんてできなかった。あなたは昔の私のために贈り物を作るのと同じ情熱で仕事をしていた。冬木はまだ冬木だわ。また、たくさん嬉しい思い出をくれた。その祭りや、夕ご飯デートや、結婚式など、すべてを思い出す」


「そんなことは特別じゃなかった。誰でもそんなことはできる」


「けど、他の誰かと一緒にやったわけじゃない。あなたと一緒にやったの。みんなはそんな普通のことができない。楽しかった。ロマンチックだった」春子は囁いた。


「あなたのことを考えるべきほど考えなかった。本当にたぶん愛が薄れたかもしれないけど、あまりに忙しかったから、全然考えなかった。けど、今夜、結婚した女性にまた会った。この女性を好きだと知っている」


春子はニコニコした。冬木の手を握った。その瞬間、彼女は冬木の腕に走る身震いを感じた。


「手の感覚がない」冬木は緊張して笑った。「そんなに酔っ払ってるのか?それとも、症状か?」


「そんなこと考えないで!今は病気のことなんて考えないで。まだ時間が残るわ」


「正確に四十八時間ではない可能性がある」


「ともかく普通の人生でさえ残る時間が分からん」


「でも、今回あなたも俺も明日がないと分かっている」


「それじゃ、この時間を生かそう」


冬木は頷いた。


間もなく店が再び営業し始めた。二人はもう一度都会を探検した。花屋で冬木はバラを買って春子の髪の毛に挿した。気まぐれでミニゴルフをやってみようと決めた。ペットショップで犬と遊んだり、超不健康なお菓子を食べたりした。そして、イチャイチャするために裏通りに忍び込んだ。


春子は冬木の髪を指でなぞった。すべての失った時間を取り戻すかのように長い間キスをしていた。世界全体が消えた。聞こえたのは、


トゥルルルルル!


「無視してよ!」春子は言った。またキスをした。


トゥルルルルル。トゥルルルルル。トゥルルルルル。


冬木は無視できなかった。離れて携帯を確認した。上司だった。


トゥルルルルル。


「病院を逃げたために怒られるかもしれない」と冬木は言った。

そして、携帯を落として踏みつけた。


彼は爆笑した。尻もちをつくまで笑った。眠さから春子も笑った。冬木は「もう二度と働かない」と気がついた。彼は立ち上がって、道路に向かって、倒れて、また立ち上がった。笑った。そして、泣いた。


「忘れて!その馬鹿なジジイと馬鹿な会社を忘れて。生き残れば、いや、生き残るときに簡単な仕事を見つけられる。私もアルバイトをできる」


「それじゃない」


春子は泣いている彼を抱きしめた。「どうして?」


「さっきあなたの唇の感触を感じられなかった」


「冬木」


「本当に本当だな」


「いいよ」


「よくないよ!」冬木は拳を握りしめた。あまりに長い間切らなかった爪が感覚のない手のひらに食い込んで血が滲んだ。「ごめん。本当にごめん。時間を無駄にしてごめん。もっといい男性と一緒にその時間を過ごせばよかった」


「構わないわ。そのもっといい男性を好きにならなかったから。あなたを愛していた」春子は強く抱きしめた。冬木はもはや立つことができなかった。春子の腕を感じることができなかった。温かみさえ感じられなかった。


「俺だけじゃなく」彼はすすり泣きの間に言った。「俺はあなたの人生も無駄にした」


「何年間も待っていたけど、今の時間のために、その待っていたことは無駄じゃなかった」


冬木は泣き尽きるまで泣いた。目を開けられないほど、頭を上げられないほど、心臓の鼓動を感じられないほど、やることがなくなるまで泣いた。やがて体が休まって筋肉が休まるほど、春子を抱きしめて泣いた。呼吸を止めるまで。


***


実は正確には四十八時間じゃなかった。春子は大丈夫なふりをしていたけど、彼女も早く死んでしまった。理由は春子は冬木よりあまり寝なかったからだった。


すぐに医者はこの奇病の仕組みが分かるようになってきた。どうやら、眠い時にある化学物質が作られる。そのウイルスはその化学物質を使って、脳を攻撃する。しかし、寝ればそのウイルスは飢える。その化学物質は自分を眠たくさせるので、この病気はとても珍しかった。

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