エピローグ
ケーキ屋で予約した名前を伝えると、すぐに店員がケーキの箱をもってきてくれた。
折笠は代金を置いてケーキの箱を受け取る。
「いつもありがとうございます」
店員の後ろから店長が顔を出して直接礼を言ってくる。折笠は軽く頭を下げた。
「こちらこそ、いつも安くしてもらっちゃって。みんなで美味しくいただいています」
「それはよかった。またのお越しをー」
店長と店員に礼を言って、折笠は店の出口へ向かう。母子連れが折笠と入れ替わりに店へと入ってくるようだ。
邪魔にならないように扉の横にずれて道を開けると、子供が店に入るなり、開口一番に言った。
「――唐傘お化け!」
一瞬ドキッとして、折笠は子供の視線を追う。店のショーケースにある『ご注文の妖怪イラストを描きます』というオプションを指さしていた。
折笠はそっと店を出て、ため息をつく。
「すっかりオカルトブームだな」
商店街のそこかしこに妖怪を模したキャラクターの看板やグッズがある。
五年前に折笠たちが興した百鬼夜行。今では令和百鬼夜行事件と呼ばれるあの日、この町から折笠たちが出発したため、町興しに利用されている。
この町だけでなく、日本全国でオカルトブームが起きている。
実際に百鬼夜行を目撃した人々や動画で知った人々が妖怪を探して森に入って遭難する事件も起きていた。ツチノコ探しなども再燃して賞金額が膨れ上がっているとかいないとか。
ただ、最も人の営みに近いところに居る半妖については折笠たちの尽力もあり、存在が噂されているもののテレビなどには出ていない。見世物にされる事態は防げている。
折笠はスマホのメール着信を見る。大泥渡からのメールが入っていた。
大泥渡はいま、九州で活動している。行きたい大学が九州にあったことも理由だが、下漬の影響が大きかった九州は妖怪たちが陰陽師への復讐を企てていたからだ。
メールには九州に住む妖怪勢力の大半と連絡体制が出来上がったと書かれていた。これからは妖怪からの情報をもとに半妖の血筋を探してリストアップしてくれるらしい。リストの保存先のクラウドまで書かれていた。
この手の調査はサトリがついていることもあって大泥渡は頼りになる。
メールの返信をして、折笠は黒蝶の実家でもある神社の階段を見上げる。二十段ほどの階段の先に赤い鳥居。その下に唐傘を持った和服の黒蝶が立っていた。
「おかえりー」
「ただいま。注文していたケーキを持ってきたよ」
「ありがとう。道場に持っていってくれるかな。あっちの方が広いから」
黒蝶に言われた通り、折笠は階段を上がらず黒蝶家の敷地に最近建てられた道場へ向かった。
高い塀に囲まれたその道場は明かりが消えており、中に人の気配はない。だが、人ではない者がここにいることを折笠は知っている。
「お邪魔します」
「道場破りじゃな?」
「そんなわけないだろ」
「つまらんのう!」
言葉とは裏腹に楽しそうに笑うのはこの道場、正確には道場の奥の神棚に祀られている迷い家を守る月ノ輪童子だ。
「子供たちなら迷い家におるぞ」
「わかった」
小さな道場の奥の迷い家に折笠はさっさと入る。
五年前に保護した半妖の子供たちはみんな大きくなった。
日本政府が折笠たちの話し合いという圧力で動かざるを得なくなり、子供たちの戸籍は整えられ、陰陽師会から支援金名目の賠償金が出ている。
折笠の目の前の景色が切り替わり、森の中の南部曲り屋が見えた。増築が重ねられ、本来の建物の裏に男女別の寮が立てられている。男女ともに最大百名が生活可能な大きな寮よりも、趣のある南部曲り屋がこの迷い家の本体なのを忘れそうになる光景だ。
迷い家から塵塚怪王が出てくる。寮母役をしてくれている塵塚怪王は子供たちが能力を使って喧嘩をしても即座に陰陽術で制圧する。月ノ輪童子よりも鬼寮母と囁かれるだけあって、貫禄も出てきた気がする。
「主様、お待ちしておりました」
「お待たせ。ケーキはこれだ」
寮から卒業生が出た際にケーキを食べるのがいつの間にか恒例行事になっている。卒業の理由は主に二つ。まともな親族が引き取りに来るか、全寮制の学校への進学だ。もう数年もあれば、ここに独り立ちという理由が加わるだろう。
現在最年長のイジコの半妖が男子寮から折笠を見つけて手を振っている。中学生になったイジコは遠くの高校へ進学を決めていて、寮初の独り立ちメンバーになる予定だ。
折笠はイジコに手を振り返して、迷い家の入口を振り返る。ちょうど黒蝶がやってきたところだった。
「折笠君、緊急事態」
「またかー」
苦笑しつつ、折笠はイジコの半妖を振り返る。
「悪いけど、卒寮パーティーの司会を頼むよ」
「任せて」
塵塚怪王にイジコの補佐を頼んで、折笠は黒蝶に駆け寄り、一緒に迷い家を出る。
道場には月ノ輪童子とは別の妖怪が待っていた。見覚えがある。令和百鬼夜行に加わった火車だ。
「久しぶりだな。用件は?」
「近頃、半妖の小僧共がやんちゃをしておりまして。このほど町中で戦おうとした者共をどうにか押しとどめた次第。このままでは常人に被害が出かねないため、小僧共に約定を教え込んでほしいのです」
「分かった。行こう」
案内すると言って、火車が道場を出る。すでに狸妖怪達が宝船を空に浮かせていた。
折笠は巨大な唐傘を作り出して宝船に立てかけ、地面とを結ぶスロープにする。
スロープを上がりながら、折笠は黒蝶に話しかけた。
「やっぱり令和百鬼夜行の動画が出回っているのが不味いのかな」
「関係ないと思うよ。次の世代が高天原参りを始めるだろうって想像通りなんだから、地道に約定を周知していこう」
ここ最近、各地で半妖たちがトライブと呼ぶ集団を作り、半妖同士で妖核を奪い合う高天原参りを行っている。半妖たちもあまり表立って戦わないようにしているようだが、頭に血が上ると周辺被害が馬鹿にできない。
高天原参りのルールを取り決めて半妖たちに教え、守らせるのが折笠たちの仕事になっている。現地の妖怪郎党や陰陽師との連携も必要だ。
そして何より、血気盛んな半妖たちが素直にルールを守ってくれるわけでもない。
「火車からルールは教えたのか?」
「教えたのですが、聞く耳を持たず……。力づくで言い聞かせようにも殺してしまいかねませんので」
「相談してくれてよかったよ。俺たちに任せてくれ。無傷でかつ力づくで教え込むから」
折笠の神業があれば圧倒的な力の差で無傷制圧ができる。その後は地域の妖怪や陰陽師と面会させて、懇々と言い聞かせるだけだ。
宝船に乗り込んだ折笠は黒蝶と共に甲板に立つ。
「――それじゃ、行きますか」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
これにて完結です。
令和の内に新たな高天原参り成功者が出るのかどうか……。神のみぞ知る。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
半妖はうつし世の夢を見る 氷純 @hisumi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます