第三十話 令和高天原参り

 いまだに祝勝会を続ける各地から集った妖怪たちを置いて、折笠と黒蝶は主要メンバーを連れて出雲大社の参道を歩いていた。


「これって真ん中を通ってもいいかな? ほら、今の私たちは神様だし」

「普段、それ気を付けてる?」

「神社の娘だよ、私」

「そうだった」


 すっかり忘れていた、と猛省する折笠に、真後ろを歩いていた喜作と蝶姫が笑い出す。


「あそこに祭ってあるのは俺たちだから、真ん中通っていいぞ」

「子孫なら神の末裔だから何にも問題ないよ!」


 神社を創建した喜作と蝶姫の言葉に、黒蝶がはっとした様子で振り返った。


「遠い祖先のおばあちゃん!」

「遠い子孫の孫!」


 まるで数百年ぶりの再会を祝うように、黒蝶と蝶姫が抱き合う。

 いや、本当に数百年ぶりではあるのだが、ノリがあまりに軽すぎる。

 ツキはもっと奥ゆかしく、後ろに控えているイメージがあった折笠はツッコミが遅れた。


「カサ、俺らも抱き合っとく?」

「うるさい。好色一代男を音読すんぞ」

「共倒れする気か!?」

「傘だからな。倒れる時は一緒だ」


 馬鹿話を繰り広げる四人の半妖に、月ノ輪童子が豪快に笑う。


「賑やかじゃのう。戦国の世もこんな戯言を繰り広げたのか?」

「時と場合によるって」


 喜作とカサは幼馴染だったこともあって気安い仲ではあったが、郎党の手前、表向きは一線を引いていた。

 なお、表向きの話でしかない。そして、その表を気にする戦国時代はとうに終わった。


「カサは結構やんちゃする奴だぜ。占拠した敵の根城の壁を『気に食わないから』ってだけでぶち壊したりさ」

「そういや、茂鳶家の屋敷を壊してたもんな」


 納得顔で大泥渡が呟き、その肩でサトリが腹を抱えて笑う。


「アれは前世ノ業か!? 帰り際、何があったンだと思いながら通ったがよォ! 茂鳶が哀れで涙を禁じえねェよ! 今でも思い出すと泣イちまウ! 笑いが止まんねェもンよ」

「やっぱり今世でもカサはやっちまったか。まぁ、軽い方だな」

「前世の俺ってそんなにやんちゃだったっけ!?」


 思わずツッコむが、陰陽師の屋敷を女子供含めて喜作と一緒に焼き滅ぼしたり、喜作が謀殺された後も約定破りの陰陽師を片っ端から殺し回っている。

 前世で何をやっていてもおかしくないな、と考えを改めた折笠は向かう先に見えてきた四の鳥居を見る。


「高天原に行った瞬間に追い出されたりしないかな?」

「主様を追い出すのなら神ではありません。何百、何千年かかろうと誅しに参ります」


 塵塚怪王が平然と言ってのける。流石の喜作と蝶姫も「マジかこいつ」という顔で塵塚怪王を見た。

 しかし、黒蝶は当たり前のように言う。


「伊邪那美命なんて日に千人殺すって宣言してるんだから大丈夫だよ。殺した数では絶対に敵わないって」

「黄泉国行きって話?」


 折笠がツッコミを入れると、黄泉返り勢が茶々を入れる。


「案外いいところだぜ?」

「百年後くらいにおいでよ。意外と食べ物もおいしいし」


 喜作と蝶姫から遠回しに長生きしろと言われつつ、折笠たちは四の鳥居をくぐる。

 その瞬間、景色が一変した。

 折笠の右手に温かい何かが触れて、握ってくる。


「黒蝶さん」

「あ、ごめん。つい……」

「えっと、そのままでお願いできる?」


 不安に感じるのも無理はない。折笠と同じだ。

 目の前の景色は完全に物理法則を無視している。足元さえ、雲に切り込みを入れたような不思議な石畳だ。足裏から感じる硬さは石そのものなのに、なぜか雲にしか見えない。

 周囲の建物も土台が判然としないが十階建てに相当する朱塗りの柱に出雲大社が霞むような巨大な社。それが一つや二つではなく、都市と呼んで差支えがないほど乱立している。

 八百万の神が集うだけあって、高天原は巨大な都市らしい。


 これではどこに向かえばいいのか分からない。折笠と黒蝶はきょろきょろとあたりを見回し、古びた看板を見つけた。


『初めての方はこちらへ』


 高天原の大まかな地図が描かれたその看板には丸で囲まれた建物がある。

 古ぼけてこそいるが、案内板らしい。


「八百万が神になる国だけあって、初心者に優しいな」

「その優しさが古びてるね!」

「待てまてマテ」


 どこで誰が聞いているか分からないのに失言で折笠を混乱させようとする黒蝶に手短なツッコミを入れて、丸で囲まれた建物へ向かう。

 それはひと際巨大なお社だった。出雲大社を十数倍にしたようなその建物はしかし、閑散としている。

 本当にここで合っているのかと不安になりながら、折笠と黒蝶は階段を上って建物に入った。

 階段を上がった先に、美しい女性が立っていた。


「――高天原参りの成功を祝福いたします」


 開口一番にそう言って、女神は折笠と黒蝶を見つめる。


「求めるのは願いの成就でしょうか? それとも、神として迎えられることでしょうか?」


 答えは決まっている。

 折笠と黒蝶は共に答えた。


「願いの成就を」


 宣言した直後、女神の表情が和らいだ。


「では、その願いを聞きましょう」


 事前に話し合っていた通り、折笠が先に願いを言う。


「妖怪と半妖が危害を加えられない聖域として、黒蝶の実家の神社に結界を張ってほしい」


 続いて、黒蝶が願いを口にした。


「対い蝶の郎党が今後、陰陽師に狙われることのないようにお願いします」


 すでに陰陽師会は無力化した。だが、下漬のような無所属の陰陽師がいる可能性は未だにあり、さらには水之江派の陰陽師もまだ存在している。

 折笠と黒蝶だけでなく、月ノ輪童子、塵塚怪王、大泥渡、サトリなど、陰陽師からの恨みを買っているものは多い。

 現在の体制を盤石にするためにも、対い蝶の郎党の面々が失われることはあってはならない。


 そして、この願いが成就するのなら、只人となった折笠と黒蝶が現世に戻った瞬間に謀殺されるような、喜作の二の舞にはならないと分かる。

 女神は和らいだ表情のまま、満足そうに頷いた。


「どちらも叶えましょう」


 力強く断言する女神の言葉に、折笠と黒蝶は安堵の息をつく。

 あとは妖核を差し出せばいいのかと準備を始めようとした時、女神が続けた。


「ことの顛末は見ていました。よく、ここまで辿り着きましたね」

「え、ありがとうございます」


 もっと事務的に願いをして終わりだと思っていた折笠は世間話を振られて少し動揺する。

 そんな折笠に女神は上品に笑った。


「高天原に住まう者としても、此度の高天原参りは少々目に余るものがありました。高天原参りは本来、地上の混乱を望むものではありません。よく鎮めてくれました」


 序、中盤はともかくも、終盤は百鬼夜行まで行い全国的に表も裏も騒がせる結果になった。いまも地上では常人たちがネットを中心に大騒ぎをしているだろう。

 女神が続ける。


「今後の混乱を防ぐための施策を講じることも評価しています。ですが、それには約定を守らせるための力が必要になるでしょう」

「そこは、仲間がいるので――」

「折笠君、私たち二人が直接感謝されてるんだよ?」

「……あ、そういうことか」


 つまり、女神は折笠と黒蝶に変わらず地上での抑止力となってほしいのだろう。

 だが、願いを叶えて神性を失う以上、象徴的な意味以外で抑止力になるのは難しい気がした。

 女神は静かな笑みを湛えながら、本題を切り出した。


「地上の混乱を鎮め、今後も天下をハレとするなら、妖核を返還する用意があります」


 あまりに都合のいい話に聞こえて、折笠は言葉を失う。

 だが、考えてみればこの話も当然の流れかもしれない。


「……今回の騒ぎで半妖と妖怪は全員、高天原参りを知った。願いを叶えるためになりふり構わず動き出す奴が出るかもしれないと俺たちも思っていたけど、それを懸念しているんですか?」


 数年は問題ないだろう。対い蝶の郎党や陰陽師会の監視もあるため下手な動きはできない。妖怪たちに関しては数百年経っても大きな騒ぎは起きないだろう。

 だが、半妖は事情が異なる。今の世代はともかく、十年もすれば次の世代がやってくる。今日の高天原参りは記憶に新しい成功例として、次世代が争うかもしれない。

 半妖は妖核を砕かれても死なない。高天原参りの参加権を失うだけで、人間社会に戻れる。ノーリスクとは言わないが、命がかからない形での高天原参りが起きる可能性がある。

 そこからエスカレートして、家族へ危害を加えると脅すような半妖が出ないとも限らない。


 女神は折笠と黒蝶に、半妖によって再び起こりかねない高天原参りを阻止するか、せめて制御してほしいのだろう。

 女神はゆっくりと、しかし重々しく頷いた。


「頼まれてはくれませんか?」


 頷いて顎を引いたその確度で、上目使いに折笠に頼み込む女神の前に、黒蝶が手刀を落とした。


「折笠君にそんな見え透いた誘惑は効きませーん」

「あら、貴女を誘惑した方がよかったのでしょうか?」

「美女神が迫ってくるよ、折笠君! 嫉妬しなくていいの!?」

「とりあえず話を戻して、俺は妖核を失っても妖怪たちや半妖の監視と保護は続けるつもりだったから、妖核を返してもらえるならそれに越したことはないかな」


 おふざけに乗ってなぁなぁにしていい話でもないので、折笠はさっさと結論を出す。

 すると、女神と黒蝶が顔を見合わせた。


「手強いですね」

「頼りになるでしょ?」

「確かに、裁定者としての資質と見れば頼りになります」


 対応は合っているはずなんだけど、と内心で首を傾げる折笠に、女神が向き直る。


「それでは、妖核はそのまま地上へ持ち帰ってください。ただし、今後はあなたたち二人に高天原参りへの参加権はありません」


 折笠たちはすでに願いを叶えてもらった身だ。願いのお代わりをするほど欲深くもない。

 女神が笑う。


「だからいつでも、気兼ねなく高天原へ来てください。願いは聞けずとも、相談は聞きましょう」

「それは助かります」


 可能な限り地上にいる者で完結させたいところだが、場合によっては天の声が必要になることもあるだろう。この伝手を得られたのは大きい。

 話は終わりだと、女神が階段を下り始める。高天原の出口まで案内してくれるらしい。

 来た時と同じ場所へと観光がてらのんびりと歩いていると、女神が折笠と黒蝶を振り返らず優しい声で尋ねた。


「今世は幸せになれそうですか?」

「なってみせます」


 女神の問いに一瞬の躊躇もなく折笠と黒蝶は断言した。

 女神が嬉しそうに笑う。


「神を前に意気込みを語るとは。意気や良し。また会う日を楽しみにしていますよ」

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