第二十九話 祝勝会

 深夜、丑三つ時を待って折笠たちは祝勝会を開いていた。


「高天原参り達成を祝って、乾杯!」


 慣れないながらも大将の自分がやらないと締まらないからと、折笠は乾杯の声掛けをする。隣で元気よく盃を掲げる黒蝶に合わせて、山全体を覆う妖怪や半妖が一気に騒ぎ出した。

 折笠も盃を干す。注がれているのは酒ではなく、持ち込まれた名水、天の真名井の湧き水だ。

 水の違いなどよく分からない折笠だったが、祝勝会の明るい雰囲気のおかげか普段の無水より格段に美味しく感じる。

 祝勝会に参加している妖怪の中でもひときわ巨大な妖力を持つ気配が近づいてくるのに気付いて、折笠は目を向けた。


「雷獣。体の調子はいいのか?」


 下漬に調伏されていた雷獣だが、術者である下漬が死んだことで術が弱まり、駆け付けた塵塚怪王と大泥渡によって自由を取り戻した。術の影響がどこまで及んでいるか分からないため迷い家の中で検査を受けていたが、こうして出てきたのなら大丈夫なのだろう。

 案の定、雷獣はこくりと頷いてから、場に合わせて人型に化ける。金色の髪をたなびかせる青い瞳の美女に化けた雷獣は折笠と黒蝶の前に膝を突いた。


「命を救ってくださったこと、心より御礼申し上げる」

「どういたしまして。とはいえ、俺たちのおかげというよりはそっちの喜作と蝶姫のおかげかな」


 折笠が水を向けても、喜作と蝶姫は古い妖怪たちや江戸、戦国の対い蝶の郎党と酒を飲むので忙しい。

 苦笑した折笠は雷獣に向き直る。


「ともあれ、無事でよかった。配下に顔を見せたか?」

「まずはお礼をと思い、後回しにしております」

「会ってきた方がいい。随分心配していたから」

「お心遣いありがとうございます。それと、もう一つお話をしたい」


 雷獣が真剣な顔で切り出してくる話題に、折笠と黒蝶も心当たりがある。

 今回の高天原参りで生き残った神性持ちは三名。折笠、黒蝶、雷獣だ。一時的に蘇っている喜作と蝶姫は妖核を持たないため、高天原に行く資格がないらしい。

 雷獣は自らの願いをどうするか相談したいのだろう。下漬に調伏されていた半妖の子供たちや式の妖核を砕くことで得た、半ば棚ぼた的な神性だ。


「願いか?」

「その通りです。お二人の願いは聞いておりますので、それに沿うものをと考えております。具体的には、半妖の子供たちが生まれつき力を制御できるようにと願うつもりです」


 仕掛けられた戦闘とはいえ、半妖の子供たちを殺した贖罪もあるのだろう。

 雷獣の願いが叶えば、親に捨てられる半妖の数は減る。折笠自身も半妖化を制御できずに両親から疎まれたのだ。雷獣の願いを否定する理由がない。

 ともあれ、願いについては雷獣の権利だ。折笠は肯定する気もない。


「雷獣の好きにすればいいと思うよ」


 礼を言って喜作たちの下へ向かっていく雷獣を見送り、折笠は夜空を見上げる。

 この祝勝会が終わったら、折笠たちが向かう先だ。


「折笠君、陰陽師会が来たよ」

「あぁ。あいつらのこともあったな」


 黒蝶が指さす先、祝勝会で盛り上がる妖怪たちの間をおっかなびっくりやってくる少女の姿がある。陰陽師会の現トップ、土御門麟央だ。

 妖怪たちに囲まれて笑っていられる陰陽師など、日本全国を見回しても大泥渡くらいだろう。土御門の反応は当然だ。

 折笠たちの前まで到達した土御門はほっとした顔をして跪いた。


「戦勝をお喜び申し上げます」

「堅苦しいからなしでいいよ」


 黒蝶が笑いながら土御門に声をかける。緊張して喉が渇いただろうから、と水を用意して土御門に渡した。

 土御門が喉を潤わせるのを待って、黒蝶が話を始める。


「それで、陰陽師会は今後どうするのかな?」


 出雲を制圧した際に土御門に条件を飲ませている。

 勝者が折笠たちに決まった以上、陰陽師会という組織が具体的にどう動くのかを黒蝶は聞いている。

 土御門は再度緊張した様子で顔を強張らせながら答えた。


「組織として体制を見直し、半妖の保護を行います。代表は継続して私、土御門麟央が務めます。ですが、人や社会に害をなす妖怪の討伐は続けさせていただきます」


 これだけは陰陽師として譲れない。そう震える声で宣言した土御門は反応を窺うように黒蝶と折笠を上目遣いで見る。

 折笠は錦玉寒を妖火に透かして観賞するだけで、交渉を黒蝶に一任していた。

 黒蝶が土御門に優しく笑いかける。


「それでいいよ。暴れる妖怪への対応策を人間社会から奪う気はないから。でも、力は慎重に使ってね」


 狐の嫁入りへの妨害などは絶対許さない。今後の陰陽師は討伐する前に入念な調査をしなくてはいけなくなった。

 だが、折笠たちとしても妖怪や半妖が人間に害をなすのなら討伐に賛成している。調査にも協力していくことになるだろう。


「大泥渡君を窓口にして相談してくれれば、情報提供とかで協力できるよ。そっちもちゃんと協力してね」


 陰陽師会が無害な妖怪に手を出した陰陽師を匿ったりすればどうなるか。

 黒蝶はわざと酒盛りをしている妖怪たちへ土御門の視線を誘導する。

 意図に気付いた土御門がこくこくと何度も頷いた。

 脅しは十分とみて、黒蝶が続ける。


「もう妖怪たちには周知したけど、陰陽師側も理解してね。戦国時代になし崩し的に失われた約定は今夜復活したの。表と裏で棲み分けて、互いに持ち込まないこと。もしも持ち込めば、今日のように大騒ぎになるよ」


 折笠たちが高天原参りを行って妖核を失い、只人になったとしても表の政治で危害を加えることは許されない。適当な罪をでっちあげて逮捕などすれば、出雲大社ではなく警察署や神社庁、議事堂などへ百鬼夜行が出発する。

 逆に、土御門家やその他の陰陽師家の常人を闇討ちする妖怪がいれば、折笠たちがその妖怪を捕らえて陰陽師会に突き出す。


「お互い、平和に生きたいでしょ?」

「はい……」


 元より、陰陽師会には拒否権などない。

 連絡手段などの細かい部分は後日詰めることにして、土御門は帰っていった。

 折笠は葛饅頭を黒蝶に差し出す。


「お疲れ様。これで後処理は大体終わったかな」

「だねぇ。後は高天原に行くだけ」


 どんなところだろうね、と黒蝶は目を輝かせて星空に手を伸ばした。

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