第三話 裏切りの代償
暫しすると、僕の身体は白い天井、機械の音、消毒液の匂いが漂う無機質な部屋のベッドに横たわっていた。ここは救急病院だろうか……。分からない、すべてがそこはかとなく切ない、僕の身体と魂が分離する「神降ろしの世界」に感じられる。
いつの間にか、僕は言葉を失い、自分の周りには妻と娘夫婦、そして孫の詩織が立ち尽くしているのに気づいた。
しかし、彼らは僕の家族だというのに、悲しみに暮れることもなく、涙を流すこともなく、彼らの顔には、どこか冷たい微笑みが浮かんでいた。
たとえ僕がどれほど罪深い男であったとしても、それはあまりにも酷すぎる。僕は怒りで身を震わせ、「もう、いい加減にしろ!」と叫びたかったが、言葉が出ず、ただ心の中で叫ぶしかなかったのだ。
僕は、金縛りと耳鳴りがほぼ同時に起こった。病室の天井に向かって身体が浮かび上がると、嗚咽を漏らす魂に、家族たちのやり取りが生々しく耳に入ってきた。やはり、僕は幽体離脱してしまったのだろうか……。
透明な魂がふわりと宙に浮かび、ベッドの上に横たわる空蝉のような抜け殻を見つめている。僕自身にとって、幽体離脱は一種のスピリチュアルな体験であり、その真偽は疑わしいと信じていた。しかし、今やそれは僕自身が直面する現実の出来事となった。ぼんやりとした意識の中で、妻の声がかすかに聞こえてきた。
「ああ……せいせいしたね」
その冷たく凍るようなぼやきは、仮面夫婦として長年連れ添った妻の予想もしなかった発言だった。本音にさえ思える衝撃的な言葉に、嘆かわしい気持ちがこみ上げてきた。呆れて「愚か者!」と叫びたくなった。
「そうね。母さん、熟年離婚しなくてよかったじゃない。あとは、悪徳税理士の旦那に任せておけば、すべてぼろ儲けになるわ。彼ならマルサなんてへっちゃらだから」
娘も同様に臆面もなくそう口にした。せっかく育てた娘も娘だ。僕が終焉を迎えようとしている時に、血を分けた子どもからこんな裏切りを受けるとは、情けない限りだった。40年以上にわたり築き上げた我が家の城が砂上の楼閣のように瓦解した。
「義母さん、報酬はしっかりといただきますぜ。遺産分割の半分くらいで手を打ちましょう。税金にくれてやることを考えたら安いものさ」
その言葉は娘の旦那らしい。彼らはまさしく金銭欲に目が眩んだ、薄汚ない泥棒猫たちだ。似た者同士の夫婦で嘆かわしい。こちらの世界に来たら、地獄の一丁目に突き落としてやるつもりだ。心の中でありったけの脅しをかけた。
「おじいちゃん、亡くなっちゃったの。もっと、生きているうちにおこずかいもらえると思っていたのに……ああ……残念」
それは、目に入れても痛くないと信じていた孫の詩織の言葉らしい。僕はただひとり味方だと信じて可愛がっていた孫にも裏切られたのだ。やはり、金の切れ目が家族との切れ目だった。
「お前たちは、絶対に許さないぞ!」と悔やんでも、言葉にならなかった。後悔は後に立たず、生きているうちに全てを奪い取られ、冥界の世で天涯孤独のまま彷徨うしかなかった。これは、僕が生前に犯した罪悪に対する天罰なのだろうか……。
そして、その天罰により、僕の魂は永遠に続く孤独の中で、家族が冷たく嘲笑う声を聞き続けるのだろう。ああ……なんと恐ろしい白昼夢なのだ。一刻も早く、目が覚めることを祈っていた。
✽.。.:*・゚ ✽.・゚ (終幕) ✽.。.:*・゚ ✽
定年後に届いた「冥界への招待状」 神崎 小太郎 @yoshi1449
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