知らないクラスメイト
櫻井桜子
「誰?」
舞台は地方にある、ごくごく普通の中学校である。時は夏休み前の昼下がり、次の授業の先生も来る前で、給食を食べ終わり何をするでもなく教室内をぶらぶらとさまよっていた時のことだ。
ふと、教室の中で見知らぬ顔を見かけた。
こちらもごくごく普通の中学生のように見えた。日に焼けた、ショートカットの女子。いかにも運動が得意そうだ。
彼女は周囲の友達らしい女子たちと、他愛もない話をして盛り上がっているようだったが、しかし。
彼女に関し、一つだけ、問題があるのだ。
私の認識に関わることなので、どうにもあやふやなのだが、けれど重大な問題だ。
彼女の顔に、まったくと言っていいほど覚えがない。
怪談好きである私の脳裏に、「いつの間にか増えている知らない子供」という言葉がちらつく。まさか、本当にそうなのか? 彼女は現代の中学校に現れた座敷童かなにかなのか!?
とこのように、一瞬だけ浮足立ったのだが、すぐに、いや待て、と静止がかかる。そんなわけないだろ、と。
そうだ、冷静になれ、私よ。そもそも、私が通っている中学校は、まだ建ってからたってから十数年ほどしか経っていないじゃないか。天下の座敷童殿がいらっしゃるには少々新しすぎやしないか。
それにだ、座敷童と考えるには年がいきすぎている。中学生が子供かどうかは非常に意見がわかれるものの、座敷童レベルで子供かと問われれば、違うと言いざるを得ない。中学生はもう大人料金なんだし。
あと根本的な問題で、座敷童って制服着るのか? 学校七不思議とかならともかく、いわば野良である座敷童(というのが正しいのかは不明)が制服を調達する手立てはあるのか? いや、ないだろう。
よって、彼女は座敷童ではないと考えるのが妥当だ。
では、彼女の正体とは。
そこでふと思いつく、新たな仮説。
その仮説は、座敷童説よりもはるかにあり得るが、私のダメージが発生するものだった。
そう、それは。
単純に私が彼女というクラスメイトを忘却しているのではないか、というもの。
……。
…………。
……もしも本当にそうだとしたら、私ってかなり酷い奴じゃないか。数か月同じ空間で過ごした人間を忘れるなど。
いやしかし、そう考えればなんとなくしっくりくるのだ。元来、人並み以下の記憶力の私に、人の顔や名前を覚えることが鬼門なのはわかりきっていたことなのだから。
とすると、多分——いや、かなりの高確率で、彼女は私が忘れてしまったクラスメイトAということだろう。ごめんね名も知らぬ誰かちゃん!
いや、待てよ。まだ、座敷童的な存在ではないという確証は得られていない。つまり、可能性を排除することはできないのだ。というか排除したくない。そこまで自分が酷い人間だとは思いたくない。
一人、悶々と考え込む私の視界に、一筋の光が差したのはその時だった。
そこに居たのは、私よりもはるかに真面目でちゃんとしてる友達である。
きっと彼女ならクラスメイト全員を覚えているはずだ。私より物覚えがいいし。というか私と比べたりしたら不名誉な気がする。どうだろう。
兎にも角にも、彼女に見知らぬクラスメイトが誰かを訊いたら全てがはっきりするはずだ。
思い立ったが吉日、善は急げだ。すぐにわが友に駆け寄り、尋ねる。
「あの人誰だっけ?」
我ながら素晴らしく簡潔な問いだ。だが回りくどくなくわかりやすい。シンプルイズベスト。
彼女は、私が指し示したクラスメイト(暫定)を見て、ああ、と頷く。
彼女の答えですべてが決まる。そう、私が酷い奴なのか、それとも怪異の発見者なのか、が。
自分の心臓の音がうるさいくらいに聞こえる。
さあ、正体不明のクラスメイトの正体とは何か。
彼女の言った答えは——
「隣のクラスの人だよ」
知らないクラスメイト 櫻井桜子 @AzaleaMagenta
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