なまモノご都合主義

ちさここはる

丑三つ時に行ってはいけない件について

《久しぶり! 俺のこと覚えてる? ちづちゃんってさー霊感あるって言ってたでしょう? 俺さ、今、中古の一軒家を探しててさ、それで本題なんだけど。中古だからさ、変なの、そう、幽霊? とかいたら嫌だからさ。視て貰いたいんだよ。視えなくてもいいんだよ、気にしなくていいから。いいかな? 今日、なんだけど》


 元同僚である品川勲の名前がスマホに浮かんだ。突然の連絡メールに浅田千鶴子は「は?」と首を傾げた。ゲームセンター勤務の23歳。真っ黒な短髪で、黒縁眼鏡の中の細い目と大きな唇が大きく歪む。品川とは千鶴子が20歳のときに勤務した居酒屋で知り合った。居酒屋が倒産して以来ぶりだ。音信不通だったのに、都合のいいこって、とため息を飲み込む。


「たしかに、霊感はありますよ。視えます」


 だが、しかしである。幽霊に触れたいか、関わりたいかと、聞かれれば――怖いからお断り。視たくないから視ないように努力をして、目を反らしているのだから。それでも視えてしまうときはある。


 賑やかな場所ほど、幽霊が集まる場所もないと言っても過言はない。ゲーセンでも不思議な経験があった。

 

 一番、印象的だったのは、一緒にいた同僚にも聞こえた、幽霊の問いかけだ。


 夜ではなく白昼に「すいませぇん」と話しかけられる。千鶴子も「は?」と聞き返してしまい、「すいませぇん」と、また、声がかけられたのだが、声が聞こえる方向に――人影がない。しかし、さらに「すいませぇん」と話しかけられる。千鶴子は前置きをした上で「私の耳の幻聴かもしれないんですけど」と横にいる同僚の柊塔子に尋ねた。


「今、何か聞こえました?」

「き、きこえたけど、すいませぇんって」


 彼女は顔面蒼白と千鶴子に応えた瞬間――ぅっわぁ~~! と二人は悲鳴を上げた。


 ***


《手土産にお寿司をあげるからさ》


 品川はすし職人として開業をしていた。手土産の言葉に千鶴子も「お寿司か」と心がぐらつく。千鶴子は生ものが食べられない偏食家であったが、お寿司を貰えるなら、母に食べさせてあげたいな、と意を決して――《今日の仕事終わりにメールします》と返事を打った。すぐに返信が来た《わかったよ、ありがとうね》と。


 久しぶりに幽霊を視るのか。今も視られるもんか? と千鶴子本人も自信がない。しかし、視れなくてもいい、と言って貰えたことで気も楽になっていた。


「やぁ! お待たせ! いやぁ~~久しぶりだね!」


 品川が千鶴子の家を訪ねたのは二十五時過ぎ。仕事の仕込みや後片付けで到着も遅れたのだ。普段、趣味の小説を書いている時間帯だ、眠気はない。「こんばんわ、品川さん、お久しぶりです」と白くて古い味のある軽車の助手席の窓が開けられ、昔よりもさらに大きく膨らんだ顔と身体の品川にあいさつをした。変わらないのは、人懐っこい笑顔かな、と千鶴子も安堵する。いい記憶がない居酒屋勤務の中で品川だけは味方で、いい人だった。


「じゃあ、行こうっか。乗って乗って!」

「はい」


 千鶴子は夜が好きだった。誰もが寝ている空間が物語りの想像を搔き立てる。趣味の小説を太陽が昇るまで書いて、寝不足のまま出勤も日常だ。もちろん、母親に徹夜がバレれば最後、怒られるまでが一連の日常の一幕と言えよう。


(ああ、夜っていいなぁ)


 走る軽車の窓から街路灯の流れる光りに見惚けているうちに、品川が購入しようかと悩んでいると話した、中古の一軒家に辿り着いた。


(こんな時間か)


 千鶴子はスマホで時間を確認する。二十六時になる頃合い。丑三つ時か、と飲み込む。

「この一軒家ですか? 購入予定なのは」

 深夜と辺りの街路灯もまばらと、薄暗い闇夜の中から中古の一軒家を二人で見上げた。


「そうそう。どうかな? 幽霊、いそう?」

「いや、いきなりは。頑張って視てみますけど。きちんと視るのも久しぶりなので、期待というか」

「大丈夫大丈夫。ただの確認だし、視れなくても、それはそれで買うかもで、最後は嫁さんとの相談になるだけだからさ。安心して、お寿司もあげるよ」

「はい。じゃあ」


 千鶴子が幽霊を視れるのは一番視力の弱い左目だった。右目を塞いで舐めるように中古の一軒家を視る。まぁ、視れるなんて思ってもいないし、などと胸中でがっかりと吐いて、「視えないですね」と品川に告げた。


「本当かい?」

「はい。たぶ――……ぇ?」

「? どうかしたのかい????」

「ぃや、あれ」


 千鶴子の両目が二階の窓を見据えたときに起こる。真っ暗な中で灯りが大きく揺れていた。左右に揺れ動く光りを目で追う。千鶴子の声に、品川の目でも確認が出来たようで、二人は押し黙ってしまう。そして、灯りも二人が気づいたことを確認したかのように消えた。千鶴子も惚けたように品川に聞く。


「この家、電気は通って生きてますか?」

「いや。ここ、無人の売り家だから、電気なんか通っている訳なんかないよ」

「じゃあ、あれは」

「ヤバいヤバいヤバい! 鳥肌がっ! っく、車に乗って、車に!」

「は、はい!」


 品川に促されるままに千鶴子は助手席に座った。シートベルトをする前に、品川がアクセル全開と車が発車してしまい、千鶴子も慌ててシートベルトを締める。ようやく気持ちも落ち着いたのか、品川が信号機で車が止まったときに千鶴子の顔を見た。


「あれも幽霊なの?」

「鬼火か、あんなにはっきりと一緒に視えましたから、何かの残穢の一種なのかもしれないですけど。あんなにはっきりとは、初めて見ました」

「いやぁ~~無理だなぁ、あの家。怖くて住めないもん。見てよ、このサブいぼ! 無理ムリぃ~~」

「まぁ、他に目ぼしい物件があるなら、そちらの方がいいとは思いますけど」

「そうする! あれはなし!」


 その会話を最期に千鶴子と品川は、車内で今の仕事や私情を話し合い和気藹々と帰路に着いた。千鶴子は母親との二人家庭なのに、約束された寿司は四人前あろうかという大きさのオードブル皿にラップをしたものを、満面の笑顔で千鶴子に「今日はありがとう! また視て欲しい家があったら連絡するからね!」と品川も帰った。

 

 しかし、後にも先にも品川からの連絡はない。中古の一軒家は見つかったのかも、購入したのかも分からない。最後の最後まで、都合のいいこって、と千鶴子も思ったが。初めて怪異経験を味わったし。いいか、と忘れることにした。


 ***


 今回のコンテストに書くにあたって、品川さんはどうなったのかと思い出しましたが、都合がいいので忘れます。


              ー了ー

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