目黒のミカン
「道田くん! ほら、早く行こ! こっち、こっち!」
すべてが解決した帰り道――和美が道田の手を引っ張る。
女の子と手をつなぐのは初めてなのだろうか?
道田はホッペタを真っ赤にして、彼女の言いなり状態。
結局、あれから授業はいつも通り、フツーにあった。
いつもの一日を過ごしたオレたちは、今、全員で下校している。
メンバーは、オレ、土器手さん、和美、道田、そして――みちるちゃんだ。
和美と道田はジャンケンで負け、近くのコンビニまでみんなのジュースを買いに行った。
まぁ、ジャンケンで負けたと言っても、みちるちゃんが例の甘い匂いで、二人の記憶を操作しただけなんだけど……。
とにかくオレたちは、三人だけで話がしたかったのだ。
「やれやれ。今日も大変な一日だったな。朝は屋上で宇宙生物とバトルだし、授業はフツーに、ミッチリあるし、ったく、ひどい一日だったよ」
オレはいつも通り、軽い感じでそう言う。
土器手さんとみちるちゃんの表情が、なんだかめちゃくちゃ硬かったからだ。
そんなオレの心づかいを完全にシカトし、みちるちゃんが重々しい口を開く。
「なぁ、土器手みく。私を殺さないのか?」
みちるちゃんが、土器手さんに聞く。
今朝、あれだけ激しい戦いを繰り広げたのに、二人はなんだかフツーな感じ。
ちょっとよそよそしい、小学生同士?
土器手さんが、ゆっくりとみちるちゃんに顔を向け、それに答える。
しかも、やっぱり敬語。
「殺す? どうして私が、みちるさんを殺すのですか?」
「どうしてって……私はこの地球のルールというものを、かなり大きく破っていたようだ。そういった場合、フツー殺されるものだろう?」
「殺しませんよ」
「そうなのか……では私は……これから一体、どうしたらいい?」
「それは今朝も申し上げました。フツーに生きてください」
「フツーに? 生きる?」
「はい。フツーに、この地球のルールを守って生きてください。それがあなたに対する、私からのペナルティです」
「私は……この地球に住んでもいいのか?」
「私の許可は必要ありませんよ。ルールさえ守れば、誰だってここに住んでいいのです。『出ていけ!』と言われる者は、タイテー、その場所のルールを破っています」
「では――お前はこれからどうするつもりだ? この町を守っていくのか?」
「はい。そのために、私はあなたに情報をいただきたいです」
「情報?」
「あなたが図書室で見たという本。あれは――何ですか?」
「あぁ。あれはとっさについたウソだ。あの時、私は自分の種を花壇に植えようとしていた。この町の人間全部を操るためにな」
「とっさについた、ウソ……」
「あぁでも言わなければ、あの時のお前は私を見逃さなかっただろう?」
「……」
「たった今、私が言ったことは、ウソではない。お前ほどの人間であれば、私がウソをついているかどうか、一瞬で見抜けるだろう?」
「そうですね。あなたはウソをついていない。あなたは図書室で、本なんか見なかった」
「そう。それにそもそも、私は図書室になど行ったことがない」
「でも――その本は、図書室にたしかにあったのです」
「本が? あった? それは一体、どういう……」
「おそらく……ネクロノミコンです」
「なん、だと……」
「この手に取ったので、間違いありません。もちろん、革張りの本でした。私は、てっきりあなたがアレをここに導いたのだと思っていたのですが……」
「導けるわけがないだろう。私だって、ウワサレベルでしか聞いたことがない」
「あなたが知らないとなると……アレは自らの意志を持って、この学校の図書室にまぎれこんできた、というわけでしょう。あなたがついた小さなウソをなぞるように」
「土器手みく。ひょっとしてお前は、ネクロノミコンを制御するつもりなのか? あの恐ろしい魔導書を」
「そうですね。あれがこの世界にあっても、きっとロクなことになりませんから」
「和美が巻き込まれないといいな……」
そうつぶやき、みちるちゃんが目を細める。
通りの向こうから、ジュースを買った和美と道田が戻ってきた。
二人とも、なんだかミョーに楽しそうだ。
そんな二人を見つめながら、土器手さんが口を開く。
「何ですか? あなた、和美さんのことが、そんなに気に入ったのですか?」
「あぁ。私の好きなタイプの生き物だ。無垢で、素直。あぁいった子どもは、宇宙のどこに行っても大体好かれる」
「さっきは彼女を操ってたじゃないですか」
「あの子にひどいことをしようとは思わなかったさ。私のそばに、ずっと置いておきたい。そう思っていただけだ」
「じゃあ、和美さんが危険な目に合わないように、あなたが守らないといけませんね」
「もちろん、そのつもりだよ」
「おい、お前」
そこでオレは、二人の会話に割って入る。
真顔で、みちるちゃんに続けた。
「お前がどんな宇宙球根かは知らんが、和美はオレの妹分だ。お前があいつに何かミョーなことをしたら、オレはお前を絶対に許さないぞ。いいな? わかったな?」
「古住。貴様が一体何を言ってるのかわからないが、もし敵がお前と和美を襲ってきた場合――私は迷わず、和美だけを助けるだろう」
「いや、お前……そこはオレも助けてくれよ。ついででいいからさ。マジで」
それを聞いて、土器手さんが笑う。
すると――みちるちゃんも笑った。
何だ、きみら?
つまり、これ、アレか?
この宇宙球根も、オレたちの仲間になったってことか?
「お待たせぇ! さ、みんな! ジュースだよぉ!」
そう言って、和美がそれぞれにジュースを配っていく。
和美がジュースを差し出すと、みちるちゃんは笑顔でそれを受け取った。
「ありがとう、和美おねぇちゃん!」
何だ、こいつ?
朝は、バカでかい球根だったくせに。
ついさっきまで、大人みたいな喋り方だったくせに。
今朝の記憶をすべて消された和美が、みちるちゃんのとなりに座る。
姉妹のように並び、仲良くジュースを飲みはじめる。
二人とも、めちゃくちゃ無邪気だ。
こうして見ると、この宇宙球根……和美の前ではマジで小2だな……。
って言うか、そんな二人の横で楽しそうにジュースを飲む道田。
お前はべつに記憶を消されてないだろう?
なのに、フツーに楽しそうって、ヤツは天然なアホなのか?
まぁ、アホなのだろう……。
ジュースを飲みながら、オレはとなりの土器手さんに聞く。
「あの、土器手さん」
「はい。何でしょう?」
「その、『目黒のミカン』って本のことなんですけど……」
「ネクロノミコンですね」
「そう、それなんですけど……それ、オレらが図書室でいっしょに見た、アレですよね?」
「はい。そうです」
「アレって、結局何なんですか?」
「古住さんも覚えてらっしゃいますよね? あの本、革張りの本だったでしょう?」
「はい。覚えています。表紙に革が貼ってありました。なんかめちゃくちゃ高そうって言うか」
「高そう……そうですね。そうかもしれません」
「アレ、何なんです? アレが図書室にあると、なんか問題あるんですか?」
「あの本は――魔導書なのです。つまり自分の意志を持っています。人間と似たような存在と言えば良いのでしょうか」
「人間と、似たような存在……」
「それが今回、この鶯岬小学校の図書室に突然現れた。みちるちゃんがついたウソをなぞるように、さりげなく、自然に。おそらく私たちに接触したかったのでしょう」
「しかしその魔導書は、どうしてオレと土器手さんに接触したかったんでしょう? って言うか、なんでそこにオレが入っているのですか?」
「それは、わかりませんね」
「土器手さんでも、わからない……」
「はい。それから、あの、古住さん」
「はい」
「まず最初に言っておきたいのですが――驚かないで聞いてください」
「あぁ、はい。いや、もう何を聞いても、ぜんぜん大丈夫ですよ。クモ人間も宇宙球根も見たので、タイテーのことでは驚きません。まかせてください」
「そうですか」
ジュースを飲んだ土器手さんが、あらためてオレを見る。
「それでは、古住さん。あの本、表紙にカワが貼ってありましたよね?」
「えぇ。はい。貼ってありましたね。とても立派な表紙でした。今思えば『魔導書!』って感じの雰囲気でしたよ。ちょっと格調高いと言いますか」
「あれ――フツーに、人間の皮です。人間の皮でできた表紙なんですよ」
「え……」
その言葉に、オレはあんぐりと口を開けた。
だらしなく、そこからジュースがダラダラとこぼれ落ちてくる。
コズミック! 貴船弘海 @Hiromi_Kibune
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