オレの手を取れ!
そこから先は、かなりヤバい展開だった。
気がつけば、土器手さんはみちるちゃんに向かって一気にダッシュしている。
オレと道田は、自分たちとは住む世界が違う宇宙植物と、背中から黒いタコ足を出したスーパー美少女の戦いを見守るしかない。
まず、土器手さんがみちるちゃんの球根ボディーの下部に素早く飛び込んだ。
おそらく彼女は、みちるちゃんの死角に入ろうとしたのだろう。
だが、それはまったくの無意味だった。
まるで下部にも目があるかのように、みちるちゃんの下半身、球根の部分からたくさんの根っこが伸びてくる。
それは屋上の床にめり込んでいるものとは違う、また新しい根っこだった。
無数のそれが、下部にもぐりこんだ土器手さんをまっすぐに攻撃してくる。
数が多いうえに、めちゃくちゃ素早い!
みちるちゃん、一体どんだけ根っこを生やせるんだよ!
オレは、驚きの息を飲む。
だが土器手さんも、どうやらそれをあらかじめ見切っていたようだ。
みちるちゃんの根っこの攻撃をサイドステップでかわすと、土器手さんは数メートル後方にジャンプした。
隙のない着地で、距離を取る。
危険な静けさの中、彼女たちはほほ笑みまじりににらみ合った。
「へぇ。地球人にも、あなたみたいな動きができる人がいるんだね」
球根のてっぺんのみちるちゃんが、ヨユーの表情で土器手さんを見下ろす。
しかし意外なことに、土器手さんもわりと冷静だった。
肩をすくめ、そんなみちるちゃんに笑みを浮かべる。
「それは――『お褒めいただき、ありがとうございます』とでも言った方が良いのでしょうか?」
「さぁ。それはあなたにお任せするけど?」
「みちるさん。あなたのことが好きな女の子がいるんです」
「昨日、花壇の前でお話しした、和美ちゃん?」
「はい」
「あの子はとてもいい子だね。でもあの子も、これから私のために動くことになる。可哀想だけど、私がこの星に暮らすということは、そういうことなんだ」
「あの、みちるさん」
「いつまでその名前で呼んでくれるんだろう?」
「私とひとつ、賭けをしませんか?」
「賭け?」
「はい。私は今、この瞬間、あなたを倒すことができます。でもあなたを倒せば、和美さんがとても悲しむのです」
「すごい自信だね。で? その賭けって、何?」
「私が勝ったら、私の言うことを聞いてください。つまり、私の操り人形になるのです」
「――それは面白い」
みちるちゃんが、不敵に口の端っこをつり上げる。
「つまりあなたが私に勝ったら、私はあなたの言うことを何でも聞けばいいんだね?」
「いえ。違います」
「違う?」
「はい。あなたはあなたの好きなように生きればいい」
「どういうこと?」
「私があなたに勝ったら、あなたはこの地球に住んでもいい。でもそのために――あなたはこの地球のルールを守ってください」
「へぇ。土器手さん。あなた、面白い人間だ」
「受けていただけますか?」
「その賭け、なんだか面白そう。オッケー。じゃあ、それで戦おう」
「ありがとうございます。それでは――戦いを再開しましょう」
そこから先は、目で追うのがやっとだった。
一瞬、その場にしゃがみ込んだ土器手さんが、ものすごい勢いで球根のてっぺんにジャンプする。
そのあまりの跳躍力に、みちるちゃんも思わず目を見開いた。
こ、これ、もしかして……土器手さん、勝てるんじゃないかな?
その時、オレはそう思った。
だがみちるちゃんは、やはり宇宙植物だ。
決して、一筋縄ではいかない。
飛びかかっていく土器手さんが、みちるちゃんの上半身に手を伸ばした瞬間――みちるちゃんの背後から、例の黒い綿毛が一気に噴き出した。
その勢いは、これまで見たものとは、まったく違う。
まるで下から突き上げてくる突風のようだった。
土器手さんは、みちるちゃんのそんな攻撃をまったく予測していなかった。
黒い綿毛に視界を奪われ、1秒くらい、ひるんでしまう。
その隙を、みちるちゃんは見逃さなかった。
下から鋭く伸びてきた根っこが、土器手さんの体を思いっきりはじき飛ばす。
それはまるで、バットでジャストミートされたボールのようだった。
根っこの直撃を受けた土器手さんが、空高く舞い上がっていく。
屋上から十メートルくらいの高さまで、あっという間にはじき飛ばされていった。
こ、この高さ、かなりヤバいぞ!
オレは一瞬にして、空中に浮かんだ土器手さんの位置と、屋上の広さを比較する。
マ、マズい……。
これ、土器手さんが落ちるのは――屋上じゃない。
そのさらに下、校舎の横の、単なる地面だ。
百パーセント、即死コース。
た、助けなきゃ!
そう思った瞬間、オレの体はすでに動いていた。
土器手さんが吹っ飛ばされた方向に走りはじめる。
真っ黒に染まった空から、落下してくる土器手さん。
全力で必死なオレは、そんな彼女の姿がスローモーションで見えてくる。
根っこに、はじき飛ばされた衝撃だろうか、土器手さんはなんだか目がうつろだった。
体全体が、力を失っている。
このままじゃ、土器手さんの体が、下の地面に叩きつけられる!
ヤ、ヤバい!
ヤバいぞ!
だがオレにできることにも、トーゼン限界があった。
落ちてくる土器手さんを、オレは追う。
彼女を、なんとか助けようと――。
素早く、オレは屋上の落下防止フェンスに飛び乗った。
だけど……ダメだ……。
オレの力じゃ、彼女を助けられない……。
だけどオレは――やはり、そうしないわけにはいかなかった。
「土器手さん! 土器手さん! 目を覚ましてください!」
腹の底からの大声で、オレは彼女に向かってそう叫ぶ。
だけど落下途中の土器手さんは、まだボンヤリとした瞳で黒くなった空を見つめていた。
マズい……。
このままじゃ、彼女はマジで、まっすぐ地面に落ちることになる。
オレはフェンスからさらに身を乗り出し、肩が外れそうなくらい、思いっきり、土器手さんに向かって手を伸ばした。
「土器手さん、しっかりしろ! ざ、ざけんな! このままじゃ死ぬぞ! 土器手 みく! オレの手を! オレの手を取れ!」
オレがそう叫んだ瞬間――土器手さんがハッと目の焦点を取り戻す。
落ちながら、オレの方を見た。
オレと彼女の間にただよう時間が、一瞬、止まる。
土器手さんは、地面に向かって落下しながら、オレにわずかにほほ笑んだ。
そのほほ笑みは、今まで見た土器手さんの表情の中で、一番子どもっぽいものだった。
な、何ですか、土器手さん……。
あなた、そんな、マジで小5の女の子の顔で笑えるんですね……。
素敵です。
できたらたまには、そんな風にオレにほほ笑みかけてくださいよ……。
オレと土器手さんの間に、不思議な何かが生まれた。
それが一体何なのか、オレにはよくわからない。
だけどそれは、オレと土器手さんの間の空気を、おだやかにあたためていった。
それは、オレが今まで感じたことがない、なんだか謎な感情だ。
次の瞬間――オレの手に、何かが巻きついてくる。
ふと見ると、それは土器手さんの背中から伸びた、例の黒いタコ足だった。
初めて触れる、土器手さんの背中からのタコ足。
それはヌルッとしていたが、それほど不快なものではなかった。
タコ足が短く縮んできて、気がつけば土器手さんがオレの目の前にパッと姿を現す。
「ありがとうございます、古住さん」
そう告げると、土器手さんはオレの真横のフェンスに足をかけ、それを土台にド派手なジャンプを見せる。
今度は、さっきよりはるかに高い空中まで飛んでいった。
「みちるさん! 約束は、守っていただきますよ!」
かなりの高度から、土器手さんがものすごいスピードで降りてくる。
それは……まさに天女……。
美しき黒い羽衣をまとった、天女の姿……。
「土器手……みく……」
みちるちゃんの声と同時に、土器手さんが球根のてっぺんに着地する。
みちるちゃんの体を、後ろから羽交い絞めにしていった。
土器手さんのタコ足のすべてが、みちるちゃんの上半身を締め上げていく。
土器手さんに掴まれ、まったく身動きがとれなくなったみちるちゃんが、苦しそうに空に手を伸ばした。
勝負は、完全についている。
たった今――土器手さんは、みちるちゃんを殺すことも生かすこともできた。
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