屋上:真っ黒な球根の上から
そこには――よくわからない巨大な何かがうごめいていた。
な、何だ、これ……。
真っ黒で、めちゃくちゃデカいボールみたいなカタチ。
それは、どう見たって植物だった。
その球体のアチコチから伸びた、ツルのようなものが動く。
土器手さんのタコ足と似たようなムーヴだが、こちらはかなりのゴン
一本一本が、大人の男の人の腕の太さくらいある。
この巨大植物――直径は、三メートルくらいあるだろうか?
とにかく丸くて、炭のように真っ黒。
似ているものがあるとすれば――それは球根だ。
理科の授業の時に、見たことがある。
球根は屋上のド真ん中にいて、下のあたりからは無数の根っこが伸びていた。
その先っちょはコンクリートの床に突き刺さり、しっかりとその場に根付いている。
球根の芽が出る部分に、ボンヤリと、人影のようなものが見えた。
それを見て、オレたち全員はボーゼンとする。
そこには、一人の女の子の姿があった。
――みちるちゃんだ。
最初オレは、みちるちゃんが謎の巨大球根に食べられてる真っ最中だと思った。
だが、それは違っていた。
みちるちゃんは、食べられてるわけじゃない。
彼女の腰から下、つまり下半身が、その巨大球根そのものだったのだ。
巨大球根の先端にくっついたみちるちゃんが、オレたちにほほ笑む。
昨日花壇で会った時と同じ、小学2年生の笑顔だった。
「ヴルトゥーム……」
土器手さんが、小さくそうつぶやく。
聞き慣れない言葉。
ひょっとしてそれが、この巨大球根の本当の名前なのだろうか?
土器手さんに名前を呼ばれ、みちるちゃんはさらにフレンドリーな笑顔を浮かべた。
「土器手さん。それから古住さんでしたよね」
顔つきは小2だが、みちるちゃんの喋り方は昨日とはまったく違っていた。
なんだか、大人の女の人みたいだ。
いくらオレでも、この姿カタチを見ればわかる。
みちるちゃんは――人間ではなかった。
つまり、宇宙生物。
あの夜、青い隕石から飛び散った、破片のひとつ――。
「あなたは、宇宙からやってきたのですか?」
土器手さんの問いに、みちるちゃんがさらに大人っぽくほほ笑む。
笑顔の彼女の向こうで、黒いタンポポの綿毛が、止まることなく噴き出し続けていた。
それは相変わらず空にフワリと舞い上がり、そこら中を真っ黒な闇に染めている。
「そうだよ。私は、宇宙からやってきた。あの、青い隕石に乗って」
「あの青い隕石は、UFOか何かなのですか?」
「ううん。隕石は隕石だよ」
「じゃあ、なぜあなたは、あの隕石に?」
「私が住んでた星のそばを、あの隕石が通りかかったの。だから乗った。宇宙を飛行しながら軌道計算したら、地球に到着することがわかってね。ラッキーだったよ♪」
「ラッキー? それは、なぜ?」
「私、ずっと地球に来てみたかったんだ」
「地球を、知っていたのですか?」
「うん。知ってた。昔、私の仲間が地球に住んでたことがあるんだ。その者が私に、色々と地球のことを教えてくれた」
「地球のことを……」
「地球って、とっても住みやすい星だね。私、来れて良かったよ。言葉もすぐに覚えることができたし」
「きみは――地球を征服しに来たのか?」
オレが聞くと、みちるちゃんが片方のまゆ毛をわずかにつり上げた。
え?
今、ちょっとキレました?
なんかマズい質問でしたか?
「征服? まさか。私は、そんなことはしない。私はただ単純に、地球に住みたいだけ」
「だったら……なんでみんなをこういう風に操るんだよ!」
「操る? 操るって、何?」
「自分の思い通りに、他人を動かすことだ! たとえば、今きみがやってるようなことだよ!」
「あぁ。でも、それって……何か問題なの?」
「問題なの? って――そうだよ! 問題だよ! 大問題だ!」
オレは一歩前に出て、みちるちゃんに続ける。
「地球人はみんな、自分の意志で生きている! 自分がやりたいことは、自分で決めるんだ! 誰かに操られて動くとか、そういうのは絶対に違う!」
「でも……それって、操られる方が悪いんじゃないの? 生き物として、弱いんだ」
「そうじゃない! 操られる方が悪いんじゃなくて、自分の思い通りに他人を操ろうとするヤツの方が悪いんだ! それがこの地球のルールだよ!」
「この地球の、ルール……」
「もしきみが、ホントにこの星に住みたいんだったら、きみはこの星のルールを守るべきだ! マジな話!」
「そんな……今の私のやり方の方が便利じゃない? この人たちはみんな、私の思い通りに動いてくれる。それのどこが悪いことなのか、私にはぜんぜんわからないよ」
その時、オレは、前に土器手さんが言っていたことを思い出す。
『彼らが言っていることも、やっていることも、我々人間には意味がわからない。行動と思考に、理由がない』
なるほど……。
それが、つまり、これってわけか……。
「ということは――」
オレとみちるちゃんの会話に、今度は土器手さんが割って入る。
「みちるさんは、地球人を操るこの行為を、今後も続けられるというわけですね?」
「もちろんだよ、土器手さん。だって、そうした方が便利だもの。この星の人全員が、私の言うことを聞くんだ。ううん。この地球全部が、私自身になるんだよ」
「そうですか……でしたら……」
土器手さんが、本気の目を、みちるちゃんに向ける。
気がつくと、土器手さんの背中から、あの黒いタコ足がニョロニョロとうごめきはじめていた。
「私は、あなたを倒さなければなりません。この地球は、みんなが平等に、自分の意志で生きていく世界なんです」
「えっと……土器手さん、それって、私と戦うってこと?」
「はい。この星は、この星に住む者たちのものです。突然、外宇宙からやってきたあなたが、好きなようにコントロールしていい場所ではありません」
「土器手さんは、私に勝てるつもりなのかな?」
「わかりません。ただ私は……人類の敵を倒すのみです」
土器手さんとみちるちゃんが、屋上でにらみ合う。
オレと道田は、そんな二人を、見つめていることしかできなかった。
って言うか、道田は、さっきからずっと屋上の床にへたり込んでいる。
たぶん、腰が抜けていた。
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