3階:ミラクル・テンタクルズ

 2階と3階の間の階段。

 踊り場に到着すると、すぐにヤツらがやってきた!

 ヤバい!

 ほとんどが、知った顔!


 毎日毎日顔を合わす、言ってみりゃあ仲間たち!

 そいつらが、全員黒い植物を体に巻きつけ、不気味な顔でオレたちを襲ってくる!

 となりで道田が、大声で叫ぶ。


「マジでこいつらまで、こんなことになっちまってる! 5年2組、ぼくたちのいつまでも変わらない友情は、一体どこ行ったんだよ!」


「屋上からの黒い綿毛が、まんべんなく降りそそいでるってこったろうな!」


「おい、古住! ちょっと佐藤のヤツを探してくれ!」


「は? 何だ、こんな時に?」


「こないだ! あいつが給食当番の時! あいつ、オレの給食を少なめにしやがった! せっかくの機会だから、そん時の復讐を――」


「何だ、お前? サイテーだな、おい!」


「だって、お前、フルーツポンチだぞ? よりによってフルーツポンチの日に、あいつは――」


「今、フルーツポンチにこだわってる場合かよ!」


 さすがの土器手さんも、三階には苦戦している。

 なにしろ自分と同じくらいの背丈のヤツらが、一気に取り囲んでくるのだ。

 階段を上がるスピードが、かなり落ちてきた。


 だけど――彼女には、やはりあの技があった。


「古住さん!」


「は、はい!」


「アレをやります! 数秒間、私をフォローしてください!」


「アレって――ひょっとして、アレですか?」


「はい! アレです!」


「道田が、見てますけど?」


「しかたがありません! 今はここを突破することが最優先事項です!」


 それにうなづき、オレは土器手さんの前に出る。

 彼女のアレ――アレを出すには、たぶん一瞬の気合いのようなものが必要になるのだろう。

 その瞬間、土器手さんは無防備な状態になる。

 土器手さんをかばうオレの横に、なぜか道田も並んできた。


「おい、古住! アレって、何だ? お前ら、一体何をするつもりだ?」


「そんなの、見てりゃわかる!」


「でもお前ら、すげぇな! ひょっとして付き合ってんのか? アレのひと言でわかり合えるのは、熟年夫婦だけだって、こないだテレビで――」


「黙ってろよ、道田! オレらはそういう関係じゃない!」


「いや、お前、テレんなよ! オレは口が堅い方だぞ?」


 道田は、土器手さんをかばいながら、そんな話を続けた。

 だが、それを見た瞬間――道田の目が、一瞬にして点になる。


「!」


 オレたちの後ろで、土器手さんが何か気合いのようなものを入れた。

 すると、彼女の周囲に、ボンヤリとした黒い炎のオーラが漂いはじめる。

 あの、クモ人間の時と同じだ。


 直後、彼女の背中から――黒くて長いくだがクネクネと飛び出してくる。

 タコ足。

 それはまるで、それ自体が意志を持っているかのように、宙にうごめいた。


 土器手さんのタコ足は、やはり強力だった。


 背中からいくつも伸びたそれが、オレたちのまわりにいる者を一瞬で倒していく。

 触手の先端が、次から次へとヤツらの首すじをトンと突いていくのだ。

 3階までの階段に、あっという間に、気を失った生徒たちの山ができあがった。


「ど、ど、ど、ど、ど、土器手……お前、何? そのスゴ技?」


 道田が、一人残らず倒れた光景を見つめながら、なんとかそうつぶやいた。

 安心のため息をつき、オレはヤツに続ける。


「今のは、土器手さんの必殺技『ミラクル・テンタクルズ』だ。日本語で言うと、『奇跡のタコ足』――」


 そんなオレの解説は、真顔の土器手さんにあっさりとさえぎられる。


「古住さん。勝手にヘンな名前をつけないでください」


「すいません」


 オレと土器手さんの間に、なんともビミョーな空気が流れる。

 だが土器手さんは前を向き、階段の続きを一気に上がりはじめた。


「今はとにかく、屋上です。急ぎましょう」


 走りながら、オレは土器手さんの背中を見る。

 いつの間にか、例のあのタコ足は消えていた。

 服も破れてはいない。


 ってことは、あれは服を通り抜けて、ニュルニュルと飛び出してくるのか?

 透明な、マボロシみたいな感じ?

 でも今は、そんなことを考えている場合ではない。


 オレたちは、3階廊下の突き当たりにある、短い階段を駆け上がっていく。

 屋上に通じる、重いドアを押し開けた。


 ドアを開けると同時に、オレたちの前で、土器手さんの長い髪が宙に踊る。

 さすが屋上。

 めっちゃ風が強い。

 そしてオレたちは――そこでとんでもないモノを見た。


 それを目にした瞬間、オレと道田は、完全に体が動かなくなる。

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