光る☆小早川さん

まさかミケ猫

光る☆小早川さん

――感情が高ぶると、身体がめっちゃ光る。


 高校でクラスメイトになった小早川こばやかわさんは、世にも珍しい「心理発光体質」というものを持っており、けっこうな有名人だった。この体質が確認されたのは、なんと世界で三人目。その仕組みは未だ謎に包まれており、先日も教育番組で特集が組まれていたほどだった。


 とある七月の月曜日。

 小早川さんはいつものように、僕の隣の席に座る。


「おはよう、月島つきしまくん。それ何の本?」

「小早川さん、おはよう。心理学の本だよ」

「へぇ、心理テストとかのやつ?」


 そう話す小早川さんは、ピンク色に光っている。

 そうなんだよ……最近の彼女は、僕と一緒にいる時は常に薄っすらとピンク色に光っていて、会話をしているとどんどん光が強くなっていくんだ。だから授業中の教室が、なんかいかがわしい空間みたいになっちゃうんだよね。困ったなぁとは思うんだけど。


 僕は読んでいた本を鞄にしまいながら答える。


「心理テストよりはちゃんとした本かな」

「ふーん。将来は心理学を学びたいとか?」

「いや、興味本位で読んでるだけだよ」


 色と感情の関係、みたいな資料を最近よく読んでるんだよね。

 なにせ小早川さんが放つ光の色には、彼女の感情が反映されるみたいだから。怒っている時には赤く光るし、悲しんでいる時には青く光る。隣の席の僕としては、それを正確に把握したいと思ってるんだよ。


 先日も、割と大きな騒動が起きたばかりだ。

 というのも、席替えのクジ引きで僕と離れることになった小早川さんが、めちゃくちゃ青黒く絶望してしまったんだよね。あの時は焦ったなぁ……結局は気を利かせたクラスメイトが席を交換してくれて、僕の隣に返り咲いた小早川さんの機嫌はV字回復することになり、それから数日間は喜びの黄色に輝きまくってたんだけどね。

 なお、このクラスでは生徒も教師もサングラスを常備していて、眩しいときは掛けてヨシという暗黙のルールが存在する。


「ごめんね、月島くん」

「何が?」

「その……すっかり小早川係みたいな立場になっちゃって。他の人とあんまり話せないでしょ」


 そう話す小早川さんは、少し青みがかっている。

 しょんぼりしてる感じかな。


「僕は別に気にしてないけど」

「そう?」

「小早川さんが正直者で助かってるよ。そもそも僕は人付き合いが上手い人間じゃないから、小早川さんくらい分かりやすい方がいいんだ」


 僕がそう言うと、小早川さんのピンクがぐんと強まる。それと同時に、クラスのみんなが一斉に僕を睨んできた。ごめんなさい。


「あ、あのね月島くん。私たちけっこう仲良くなったし、そろそろ下のニャマエで呼びアウアウ」

「めっちゃ噛むじゃん」

「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 今度は赤く光ってるけど、これは怒りじゃなくて恥ずかしい時の赤だね。

 僕たちがここまで仲良くなったのは、入学したての四月、とある出来事がきっかけだった。


  ◆   ◆   ◆


 小早川さんは入学前から有名人だった。

 だから、同じ高校に通うと分かってから、僕はちょっと楽しみにしてたんだよね。感覚としては、テレビでよく見る芸能人に会える、というのに近いかもしれない。


 だけど、まさか同じクラスになるとまでは思っていなくてね。初めて会った時の彼女は、緊張のせいか濃い緑色の光を放っていた。


「小早川 秋穂あきほです。ご存知の方も多いと思いますが、私には心理発光体質というものがありまして――」


 挨拶をする小早川さんは、努めて冷静に振る舞おうとしているようだった。


 彼女が高校入学を決めるまでに、世間では色々な議論が巻き起こった。

 というのも、彼女は小学校はどうにかこうにか卒業したけれど、中学では周囲の生徒と馴染めずに、一年生の途中から自宅学習をしていたらしい。高校に関しても、当初は通信教育を検討していたみたいなんだけど。


『私も……普通の青春を過ごしてみたいんです』


 不安そうにそう語る彼女の姿は、全国ニュースで普通に垂れ流されたため、世間では彼女に同情的な意見が大半を占めるようになった。とはいえ、周囲の生徒への影響もある話なので、各方面の専門家を交えた議論は長らく白熱していたようだ。

 その後も紆余曲折はあったけど、小早川さんは無事に高校入学を果たした。


「――ご迷惑をおかけすると思いますが、なるべく感情を抑えるよう気をつけますので、よろしくお願いします」


 小早川さんが挨拶を終えると、クラスメイトは温かな拍手で彼女を迎え入れ、ひとまずは無事に高校生活が始まった。


 しかし、現実はなかなか厳しいものだ。


 なにせクラスメイトもまた、自分の高校生活を平穏に過ごせるか不安に思っている時期だ。小早川さんと接する際にはどうしても慎重になるし、一歩引いた関係になるのも仕方がなかったのだと思う。

 その上、当初は興味本位の上級生も次から次へと教室を訪れて、ジロジロと不躾な視線を向けてきたりもしていた。彼女の光はだんだんとうんざりしたような紫色に染まっていき、それは教室の居心地を格段に悪くしていったのだ。


 四月の終わり。帰り道の公園で彼女を見かけたのは、本当に偶然だった。ベンチに座っている彼女は、憂鬱そうな藍色の光を放っている。どう見ても健全な精神状態とは思えない。


「小早川さん、大丈夫?」


 僕がそう話しかけると、彼女の色は一気に警戒のオレンジへと切り替わる。


「誰ですか?」

「クラスメイトなんだけど。月島 優人ゆうと

「か……顔は見たことある気がします」

「そりゃあクラスメイトだからね」


 気まずそうな紫。

 まぁ、僕は影が薄いからね。積極的な性格でもないから、友達作りレースは完全に周回遅れだし、小早川さんに覚えられていないのも当たり前だろう。


 僕は彼女とは別のベンチに腰掛け、話を続ける。


「想像してた青春と違うなぁって」

「……嫌味ですか?」

「いや、僕自身の感想。実は中学までずっと、僕は病院で暮らしてたんだけどね。元気になって退院したから、高校からは普通の青春を送るぞぉ――なんて意気込んでたんだよ。入学前までは」


 現実ってどうしてこんなに厳しいのかな。

 とりあえず分かったのは、普通に学校に通ったとしても、待っているだけで自動的に友達ができるわけではないということだ。まぁ、それはそう。これに関しては、別に誰が悪いわけでもない。


「もし僕が心理発光体質だったら、たぶん小早川さんと同じ色をしてるんだろうなと思って、なんか放っておけなくてね……それで話しかけてみたんだ」


 そうして僕が話しているうちに、小早川さんの光はだんだんと薄い黄色っぽい色に落ち着いていく。とりあえず、悪い色ではなさそうでホッとしたよ。


「私と同類、というわけですか」

「失礼ながら、めっちゃ親近感が湧いてる」

「ふふふ。なるほど」


 そうして話をしていれば、彼女の心も少しずつ解きほぐされていったようだった。正直、コミュニケーション能力に不安がある僕にとって、目に見えて感情が分かるのはすごく助かるんだよね。


「もし小早川さんが良ければ……あんまりこういうのは言葉にするものではないかもしれないけど……友達になってくれると嬉しいんだ」

「私でいいんですか?」

「もちろん。逆に、僕で大丈夫?」

「ダメなわけないです。嬉しい」


 黄緑色になった小早川さんがにっこりと笑うので、僕も釣られて笑ってしまう。

 とりあえずその日は、人生初のハンバーガーショップに行って、なんだかんだと話をしながら楽しい時間を過ごした。翌日からは教室でもよく話をするようになって、僕らの距離は少しずつ近づいていったのだった。


  ◆   ◆   ◆


 夏休みも間近になると、クラスのみんなはどこか浮足立っているように見えた。それは小早川さんも同じだったようで、高校からの帰り道もウッキウキに全身を光らせていた。楽しそうだね。


「月島くんは」

「あれ。下の名前で呼ぶんじゃなかったっけ」

「ゆ、ゆゆゆゆゆゆゆ優人くんは」

「ごめん。まだちょっと早かったかもね」


 とりあえず、もうしばらくは苗字呼びが続きそうかな。なにせ、お互いに友達初心者同士だ。焦らずゆっくりやっていけばいいよ。


「ゆ……月島くんは、夏休みの予定はあるの?」

「予定はないよ。友達と遊びたいとは思ってるけど」

「え、友達いるの?」

「目の前に一人だけいるよ。それ以降、追加の友達ができる気配は微塵もないけどね」


 まぁ、その一人だけの友達は、めっちゃ光るんだけどさ。


「秋穂の体質だと、どういう場所だったら遊びに行けるんだろう。映画館は無理だよね。水族館も出禁だって言ってたし。花火大会とかは周りの迷惑になりそうだからなぁ……秋穂?」

「な、ななな名前、名前呼び?」

「うん。そろそろ切り替えていこうかなと思って。あぁ、秋穂の方は慣れてからでいいよ」


 僕がそう言うと、小早川さん――秋穂は小走りで僕の横に来て、手をギュッと繋いできた。なんかすごく濃いピンクの光を発してるけど、大丈夫?


「もう無理、無理無理、気持ちが溢れちゃうよ」

「こらこら。我慢する約束だよね」

「だってぇ……どうせ私の気持ちは月島くんに伝わってるんだからさぁ。もういいじゃんかぁ」


 君はそう言うけどね。僕らはまだまだ青春初心者なんだからさ。あんまり急ぎすぎるのは良くないと思うんだよ。

 それに、まずは友達の立場で楽しめることを楽しみ尽くして、次のステップに進むのはそれから――そう言い出したのは秋穂の方だったと思うけど。


「だってぇ、ズルいズルいズルいズルい!」

「ズルい?」

「ズルい! 私はどうやっても光っちゃうから気持ちがバレバレなのに、月島くんの気持ちは分かんないんだもん。月島くんも気持ち見せてよ! 光って!」

「えぇぇ……」


 まぁちょっと、光るのは体質的に無理だけど。

 他の方法で何か気持ちを示せないかなぁ。


 そうして立ち止まって考えていると、秋穂は目を閉じて口を突き出し、待ちの姿勢に入った。

 だからさぁ、先のステップに進むのはまだ早いんだってば。あと、めちゃくちゃピンクに光ってんじゃん。すれ違ったお婆さんがニコニコ笑ってたけど。


 とりあえず僕は、秋穂の頭を抱え込むように抱きしめる。


「月島くん……?」

「心臓の音。どう?」

「…………ドクドクしてる」

「それで納得してくれると嬉しいんだけど」


 そう言うと、彼女は「うぅぅぅぅぅ」と呻きながらしばらく僕の心臓の音を聞き続けた。その後で、全身で不満と欲情のマーブル模様を描きながら、ポコポコと僕の胸を叩いてくる。まぁ、嬉しそうでもあるんだけどね。


 例年よりも暑い夏。道端に咲いた向日葵は、なんだか照れくさそうに、僕たちのことをジッと見つめている。

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