魔術戦艦ヘカトンケイル

鼈甲飴雨

プロローグ 出会い 1

 ――『幸せ』とは何か。


 俺――竜胆飛鳥は考えていた。というのも、それが学業を本業とする俺に出された宿題であったからに他ならない。


 地球、それも日本という国では、学歴や生まれが人生を大きく左右する。金持ちの息子やイケメン美女なら人生イージーコースだし、高学歴ほど金のいい仕事に巡り合える確率が高い。少なくとも俺はそう思っていて、自分の容姿を見てイージーコースではないなあ程度の認識はあった。そこまで自惚れてない。自分に対して完全無欠な自信があるやつはしこたま羨ましい。ああなりたくはあったが、憧れている存在には近づけるのかもしれないけれどもなることができないというのが現実だ。


 ともあれ、学生の本分は、勉強し、友達という横のつながりを増やし、様々な挑戦をすることに尽きる。


 そう言ったのは俺の祖父だったが、まぁそんなことわかっちゃいるけど実践するにはメチャクチャハードルが高い。求められてる普通が崩壊前のバベルの塔さながらの高度を誇っている。そんなもん元の高さが知れないって言うかもしれないが、ただの比喩だ。総じて現実的ではないという意味に他ならない。無理だって無理。諦めろ。現実を知ろうぜ。


 とりわけ、俺の趣味らしい趣味がゲームやアニメ鑑賞といった、いわゆるオタク系なものだから、昔気質の祖父からは軟弱だとされている。おもっくそギャルな妹には何も言わないくせに。不公平極まりない。


 閑話休題。


 今回喰らったのは、『幸せ』についての考察についての課題の再提出。そう、再提出なのだ。


『幸せ』とは何かちゃんと書いたのに再提出とか。あんまりだ。


「……ふむ」


 自室のパソコンデスクに向かい、高解像度モニターに映るファイル。パソコンを操作し、原稿をダブルクリックで開く。


 読み返してみる。


『幸せとは、二種類あり、自分で噛み締めるパターンと、他者が勝手に決定するパターンがある。例えば独身の工藤先生からしてみれば、結婚はさぞ幸せに映ると思うが、これは他者からの押し付けられた価値観なのではなかろうか。

 独り身が悪いことだとはどうしても思えない。人付き合いには金がかかるし、男女交際ともなれば更にかかる。工藤先生の癇癪持ちやら性格の悪さやらは一切関係なく、単にコスパが悪いともいえる。

 幸せは自分の手でつかみ取るものだ、と祖父は言っていたが、幸福を感じられるのであれば、自分でつかみ取ろうが押し付けられようが、結局のところどちらでも良いのではないか。

 結論に入るが、幸せとは単なる人間の感情の一つに過ぎず、噛み締める時は一瞬で、けっきょくそれは体に馴染んで消えていく。息スッキリタブレット的な奴に似てるのではないか』


 ……独り身のところを突っついたから怒られたのかな。


 なんせ深夜、眠くなりながらどうでもいいことを書いたので、今読み返してもこんなの書いたっけとなっている。


 さて、幸せについて本気で考える時間だ。


「やめた」


 三秒で諦める。ちょっと考えただけで出る幸せについての考えなんてどうせ突っ返される。ならばいっそ、本当に思っていることを書けばよいのではないか。


 キーボードに指を躍らせる。


『幸せは何か一つに打ち込めるものがあること。

 それ以外に何も見当たらなければ、余計な感情は浮かばない。ただそれを高めることに集中できるから。集中できるのは好きだから。幸せを感じる時は、好きなことに時間を割いている時だ。

 何か一つ、これと言う譲れないものが一つくらい人生にあるものだと思う。それらは趣味や恋や愛や部活やら遊びやら仕事やらと言葉を変えるが、本質は違わないと思う。

 打ち込めるものがある。つまり、それが幸せだ』


「これでいいか」


 短いが、簡潔な仕上がりだと思う。そもそも、俺優等生じゃないし。再提出ならこれくらいで大丈夫だろう。根拠のない自信だけど、長文をぐだぐだと書きなぐるよりはマシ……のはずだ。


 そこいらの問題が片付くと、ふと自分の状態に気づく。腹減った。


「コンビニ行こ」


 財布と玄関の鍵をポケットに突っ込み、外に出る。五月の爽やかな夜風に当たるが……それとは違う人工の風に、目を細めた。


 見上げると、そこには船が浮いている。魔力システムが構築され、車も空を飛ぶ時代。それでもまだ普及しきらずに、車は地面を走ることが圧倒的多数。航空車なんてごく一部の特権階級や金持ちしか持たない。


 ――魔力の発見により、人類は劇的な進歩をすることになった。


 どういう類のエネルギーなのかは分からない。ただ魔力の元――魔素はどこにでもあり、魔石と呼ばれる隕石がそれを吸収し、それが膨大なエネルギーを産むのだという。


 それに応じて、戦争の質も変わった。変わらざるを得なかった。


 外敵――宇宙からの刺客にして怪物、宇宙怪獣という壮絶に頭の悪いネーミングの敵によって。


 非常に独特としか言えない、硬質の昆虫のような、爬虫類の姿のような、蝙蝠の翼のような。まぁそんなどこかで見た素材の完成形。さながらキメラのような姿の敵は、硬く、強く、何故か熱光線まで吐きやがる。各地がやられ、世界中に大混乱を巻き起こした敵は、今も尚、どこで現れるか分からない。


 宇宙怪獣との戦争にシフトし、各国が新エネルギーの魔力を用いて開発したのが、ロボットだった。厳密にはパワードスーツらしいが、まぁロボットだ。


 人型汎用パワードスーツ、アイアンスケイル。直訳で鋼の鱗。


 金属の表皮は鱗の模様のような網目になっている。これは熱光線を弾く加工なのだそうだ。これがアイアンスケイルの名前の由来だ。


 それを搭載する戦艦も次々に生み出されている。


 中でも、今上空を飛んでいるのは――魔術戦艦ヘカトンケイル。防壁にはアイアンスケイルと同様の加工が。この地球を守る十二の艦隊の一つ。近々、火星に遠征に行くらしいが。あそこも近年、魔力装置などによる自然管理装置で緑化に成功しているらしい。


「……?」


 あれ。


 俺、何で今、懐かしいって思ったんだ?


「……思い出せねーや」


 思い出せないといえば、右手のこれもそうだ。


 手の甲にある紋章。丸が三重になっているこの紋章は、いわゆるキーだ。


 魔力式の航空車などを運転することができる資格。加え、アイアンスケイルの起動と操縦もできるらしいけど。何故、この紋章があるのかが分からない。


 十二歳以前の記憶が曖昧だ。そこで何かあったのか。俺の両親がいないことと関係があるのか。それは分からない。けれど、一緒に祖父の家で暮らしていた妹にはなくて、俺だけにこれがある。何の意味があるんだろうか。


 操縦の仕方は思い出せる。でもなぜ操縦できるのかが思い出せない。


「……ま、いっか」


 ああいう軍属と関わることはないだろうし。


 平穏に生きればいい。尖らずに、凡人をやればいい。


 適度に褒められ、適度に怒られ、適度に楽しみ、適度に苦しむ。


 打ち込めるものがあればいいんだけど、そこそこ多くの人はそれを持ち合わせない。誰にでも持っていると幸せについての考察に書いたのだが、そんなもの、俺みたいな半端なオタク学生ごときが持っているはずがない。


 アニメを見ていると、何故か泣けていた。何故か虚無を感じて。何をしてもそうだった。本当に、自分がここで、何をやっているんだろう感が強過ぎて、打ち込めなかった。


 だから、考えずにできる作業とも呼べるゲームをポチポチとやっている。


「さむっ」


 五月とは言え、まだ頭だ。少し肌寒さを覚える。そんな中、行ったコンビニで、誰かが倒れていた。


 男だった。黒髪は蛍光灯によって奥にある茶色が浮かび上がっている。目つきは鋭いが、あからさまに気力がない。さながら、真っ白に燃え尽きたボクサーだ。結構でかいし、体格もいい。


 年の頃合いは俺と変わらない。十八歳くらいかな。俺は高校二年生。彼は三年くらいに見える。この頃合いの一年は大きい差だ。あどけなかったあの子もグッと大人になるからな。


 まぁいい。ほっとけほっとけ。死にはしない。


 ……で、流せればどれだけ楽だったのか。賢くないと分かりながらも、無視できなかった。


「……あの、大丈夫ですか?」

「……は、腹が……」


 言って、お腹をさする彼。


 そして、腹の虫の大合唱が深夜のコンビニ前で響くのだった。





 コンビニで廃棄寸前で値引きされてる弁当、カップ麺、ホットスナックのからあげちゃん、コーラ。


 それらを豪快に腹に収める彼を横目に、俺も鮭のお握りを頬張る。


「んがっ、ぐっ。っかー、うめえなあオイ! ありがとな、えっと……」

「竜胆飛鳥」

「んじゃ飛鳥、サンキューな! いや、今度返す。今日は財布持ってき損ねたから。いやー、いつも艦内ではフリーなもんだからさぁ。いや、近々月に遠征するんだが、その前にコンビニ飯が懐かしくなって来たはいいんだが、楽しみ過ぎて一日飯抜いてたのが災いしてぶっ倒れちまったってわけよ。お前は救世主だな、救世主。ありがとうな、飛鳥!」


 いきなり名前呼びかよ。無礼だと神経質な人間はきれるかもしれないが、人懐っこい笑みを浮かべる彼にそういう気持ちはあまり湧かなかった。


「お金はいいよ、別に」

「んなわけにはいかねえ。返すから、連絡先教えてくれ」

「つってもな。俺もアドレスとか電話番号とか覚えてないんだよ……」


 スマホを持っていき損ねていた。現代人失格だ。

 微妙な顔をする彼は、しばし考えていたが、指を鳴らした。


「んじゃあれだ。うち来いよ。そこで払うから」

「いや、いいんだよ。千円くらいだし」

「ダメだ、借りっぱなしじゃ男が廃るだろ!」

「路上で腹減って動けなくなるよりはなあ」

「うっ……!? い、いや、それは……」

「ははっ、うそうそ。払ってくれるなら貰うよ。どこに行けばいいんだ?」

「おう」


 停まっていたバイクの座席に乗っていたヘルメットを装着する彼。格納スペースにあったもう一個を投げ渡してきた。そしてカードキーを差し、右手をかざす。その右手には、三重の丸の紋章――。


 起動するバイク。航空車だ。浮いてる。


 またがる彼は、親指を立てて後ろのシートを示した。乗れということらしい。


 ヘルメットをかぶって、それに跨る。


 野郎の腰に手を回したくないが、落ちてもかなわない。しっかりとそうしたところで、浮力を得たバイクが発進する。


 高く高く。まるで、空へと向かうように。


 いや、ぶっちゃけ空じゃん。でも何も言えないし。


「……え?」


 思わずそう呟くが、無論聞こえず。


 俺は何故か――魔術戦艦ヘカトンケイルの艦内へと、入っていった。

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