一話 月 1

「えー、任務が決まったよん! ヘカトンケイルファミリー、いいね?」


 会議室で行われる、乗組員ほぼ全員――ここでは乗組員をファミリーと呼称される――が参加しての任務通達。


 いないのは、この艦を操縦する、もう一人の天才だという女の子と、食堂で働く面々くらいだ。


 もう一人の天才とはまだ会えていないけど、十三歳くらいらしい。副艦長にして操縦士、更にオペレーターも時に担うそうだが。彼女の負担半端ねえ。


 艦長――栗林ルナは、電子モニターをタップした。落書きと共に、月の絵がポップする。


 石や岩などの下層部分に住居があり、緑地化に成功している。人が住んでおり、日光が当たらないためか、色の白い月人と呼ばれる人種が生まれていた。


「我らで月面に蔓延る宇宙怪獣の掃討を行うことになりました! 皆で月の皆を助けよう! おー!」


 ファミリーの面々は拍手をしているけど、俺はこっそりケイに訊ねる。


「それ、どれくらいヤベェの?」

「うーん、誰か死ぬんじゃないか。前任の戦艦エッケザックスが消息不明になってるし」

「うわぁ……いででっ!?」


 艦長が耳を引っ張っていた。いつの間に近づいてきたんだよ、音とか聞こえなかったぞ。


「弱気は、ダメ! ね? やればできる! 人間はこうして空も飛べた! だから、不可能とか、無理とか、できないとか、そういうのはないの!」

「そうだよ新入り! 前向きに前向きに! そういう不安なの伝播するからさー!」


 何やら黒髪の女の子がぺしぺしと俺の背中を叩いてくる。痛い。背は普通くらい、スタイルも普通くらいだけど、何とも勝気そうな顔をしている。可愛いと綺麗の中間くらいの顔立ちは間違いなく美少女なんだけど、苦手なタイプだ。


 えっと、名前を覚えるのは苦手じゃない。確か、羽鳥さくらだったか。


 ケイが彼女を引っぺがしてくれる。


「やめろ、さくら。いいんだよ、こういう奴もいた方が冷静になれるだろ」

「いや、ケイさぁ、危機感持つべき。他人のモチベは下げちゃダメだよ! しかも素人なんだよ? フォローされる側が前向きじゃなくてどうすんのさ」

「みんながアッパーになっちまったらそりゃもう狂気だ。止める奴が一人くらいはいる。しかも素人が不安になるのはたりめーなんだよ。それにお前も見たろ、こいつの腕はもうオレらよりすげえの。心強いだろ」

「止めてくれるのは、シャル博士とか……いるじゃん」

「あの人も大分熱量あるから。たまに感化されてんじゃんか、艦長に」

「うーん……やっぱダメ! 君! 竜胆君だったよね。これからマイナス発言禁止!」


 一方的に向けられる感情に、思わず反感を持つ。我ながら賢くない。はいはい言っとけばいいのに。


「禁止される覚えはないよ。あんた、俺の上官ってわけじゃないでしょ」

「ああ、オレ等は同格のパイロットだ。悪いな、飛鳥。これオレの幼馴染なんだが、何かと押しつけがめんどくせーんだ」

「こら、ケイ! どっちの味方なの!」

「どっちの味方でもねえよ、めんどくせえ。艦長、続きを」

「え? ないよ!」

「「ないのかよ!」」


 俺とケイのツッコミがハモった。


 ふとモニターに別の映像が差し込まれる。


 翡翠色の髪に蒼色の瞳。人形みたいな女の子が、ひたすらだるそうにつぶやく。


『艦長の説明に補足すると、我々は慎重に索敵を行いながら三日間かけて月に向かいます。パイロットの皆さんはいつ出撃があってもいいように、想定は第二待機。ああ、昨日乗った人もいましたね。改めて認識の共有を。第一待機は行動制限なしの心持ち、第二待機は食事などの生活行為を除いてパイロット待機ルームで待機、臨戦待機は既にアーマースケイルへの搭乗後、内部で待機。分かりましたか?』

「すげー分かりやすかった」

『よかった、馬鹿にも分かりやすいように噛み砕いて』

「おい!?」

『冗談です』


 とんだお茶目な性格らしかった。いや、表情は鉄面皮だが。もう少し笑ったりしてくれ。冗談だって分かりにくいことこの上ないから。


「君、昨日のパーティーでもいなかったよな」

『会場の映像は見てましたよ、竜胆飛鳥さん。わたし、コミュ障なもので』

「そうは見えんが」

『ああ、昨日のシュミレーターも見てましたよ。パイロット適性Sは高いですね、ドン引きです。操作精度Sというか、一応設けてあった上限を叩いてるの怖すぎです。まだパイロットをやって間もないのにこれは怖い。積極性Fは仕方ないですねー、まだ人類を守るとかピンとこないでしょ? 判断力Aは高い数値ですが、一対一の時に援護を待たずに突撃するので減点になりました。魔力S+の判定ですが測定不能、魔術査定S+と天性の魔術師ですね。何でも博士からの報告によれば、時間への干渉ができるとか。どんだけ設定盛ってるんですか、転生ものじゃないんですよ?』

「いや、そんなこと言われても……」


 意外な口数の多さに驚く。そしてこいつは、多弁過ぎて他がコミュニケーションを上手く取れないという典例だろう。すげえ喋るじゃんオタクくん、とはまた少し違うが。


『それでは、そう言うことで。ああそうそう、竜胆さん、後で操舵室に』

「分かった」

『補足は以上です。解散してください』

「ありがとねー!」


 皆、もう話は終わったとばかりに、各々配置についていく。


 いや、艦長が締めるんじゃないの? 副艦長の補足だけでいいの? いやあれ以上議論することも特にないんだけどさ。


「操舵室、分かるか?」

「ああ、大丈夫。艦長が無駄な案内してくれたから」


 女シャワー室を楽園と称し、女性更衣室を禁断の花園とし、男性更衣室を薔薇園とアピールして機械整備士のおっちゃんに怒鳴られていた。そんな彼に「そんなに反応して、やましいことでもあるの?」と楽しそうに訊いていたその鋼というには強過ぎるメンタルだけは見習いたいところではある。いや、それはともかく、そんな印象的な案内だったので場所は大体把握できてしまっていた。


 ちなみに、本来軍属なので上官に対して敬語は当たり前なのだが、艦長自らが敬語はいらないと宣言しているので俺やケイなどはほぼ使っていない。でもやっぱり使う人が多数派ではある。


 それはさておき、ケイに手を振って別れ、一人で廊下に行く。既に発艦したらしい、少し浮遊感があった。しかし、すぐに艦内のGハーモナイザーが重力や浮力を地球の地上程度に調整してくれる。だから、何でこんなこと知ってんだよ、一般人が。


 眉唾だが、ホントに未来から来たのかな、俺。


「えっと」


 操舵室についた。硬質な金属のドアに可愛らしいファンシーネームプレートが貼り付けられている。『らみいのお部屋』とあるが……猛烈に入りたくない。


 しかし、こうしている時間も無駄なので、呼び出しのベルを押す。


「どうぞ」

「えっと、竜胆飛鳥だ」

「だからどうぞって言ってるじゃないですか。さっさと入ってきてください」


 どうやら俺の頭の回転が遅いらしい。いや分かんないよ普通。


 仕方がないので扉を開けた。


 黒色の軍服を着た彼女がこちらを向いた。手には紋章があり、輝いている。コンピューターとリンクしているのか、艦内の見取り図らしきものがあり、全て緑色のラインが奔っていた。


「なるほど、精神回路式のコンピューターか。複数ある中継器から全体を見ることで、どこの個所にエラーや損傷が起こっても感知される。そして、感覚がリンクしているからどこから衝撃があったとかを可視化できる。痛覚はリンクしてないっぽいな、初期型は痛覚までリンクしちゃったってケースがあったらしいが。操縦方法は……今はオートか。その操作式は精神感応型だから、複数のことを処理できる人間を置いておかなければならない。求められるのは膨大な量の情報を処理し、的確に捌かなければならない、情報処理能力。なるほど、天才だね」


 彼女は驚いていたが、俺もすらすらと口にしたことに驚いた。いや、何だ精神回路式とか精神感応式とか。そんなもん聞いた覚えすらないけど。


 ――でも、何故か知識として、俺の中にある。口にした瞬間に、全ての意味が理解できてしまう。


 このヘカトンケイルに来てから、こんなことばかりだ。自分が自分じゃなくなっていくような、そんな感覚さえある。


 そんな俺を、不審そうに眺める彼女。


「……自分で言ったのに、それを知らなかった。そう言う顔ですね。アホみたいですが、今これが事実ですから。なるほど、博士が言っていた未来から来た人間……」

「ピンとは来ないけど、自分で自分を疑いたくなるよ」

「そりゃそうでしょう、自分で知らなかったはずの知識がさも当たり前のように口から出てくるのですから。怖いと思います。ああ、申し遅れました。わたし、森羅美以子と申します。艦長はらみいって呼びますけど、ぶっちゃけあの電波はどうしようもないです」

「んじゃあらみいは論外として、だ。森羅さんでいいのか?」

「……。いい人ですね。わたしのような年下にも、ちゃんとレディ扱い。好きに呼んでください」

「じゃあ副艦長」

「その呼び方は寂しいです」

「……君が決めてくれ」

「ではみいちゃんでよろしくお願いします」

「お、おう。分かったよみいちゃん」


 ちなみにだが、艦長にしろみいちゃんにしろ、面白い色の髪が多いのは、人間の遺伝子を弄れることで産まれてくるこの髪の色や目の色などを決められるデザインベイビーのブームの片鱗だ。街に行けば、もっと奇抜なカラーの髪の毛も珍しくない。


 ちなみに俺は黒髪だ。面白くはないところではある。


「みいちゃん、何で俺をここに? 俺に何か問題があったのか?」

「いえ、わたしとあなたの問題です。これは博士が」

「博士?」


 金髪幼女を思い出す。いや、本人が心読み取れたら小さなグーパンが飛んできそうだ。萌え萌えだ。


「なんでも、わたしには理解者が必要らしいです。そして同時に、あなたにも、理解者が必要なのだそうです。定期的に、二日に一度はわたしのところに来てください。博士がそう仰ったので」

「随分博士を慕ってるんだな」

「そりゃまあ。わたし、孤児なので。博士に拾われて、四歳の時には読み書きができ、そして九歳で通信大学卒業してました。働きたいといいましたが、ダメと言われて、やさぐれつつ棒付きキャンディーを舐める日々でしたが、この艦を操作できる人間が必要ということで、黙ってエントリーして、合格。渋々認めてくれた感じです」


 結構波乱万丈な人生送ってらっしゃった。ぼんやりと記憶のある四年半を送っていた俺とはえらい違いだ。つかグレて咥えるのはココア味のシガレットにしとけよ。可愛いかよ。


「ん、博士から連絡。繋いでいいですか?」


 頷くと、モニターに博士の顔が映った。こちらをみてニコニコしている。


『うん、二人とも一緒ですね! どうですか? 仲良くなれそうですか?』

「いや、会って数分で仲良くなれそうかどうか分かるのは怖いですよ、博士」

「同感だな」

『可愛くないですよ、二人とも。ワタシとしてはですね、アスカ君に是非ミイコと友達になってほしくてですね!』

「穴があれば何でもいいって言ってましたよ」

「誰がどこでだ!」

『そ、それは節操がなさ過ぎると思います! ちくわにでも欲情してください!』

「待てや耳年増! 真っ赤な顔で何言っちゃってんの!」


 さすがの思春期でもちくわに欲情はしねえよ。


「竜胆さん、待ってください。博士は普通に年増では?」

『二十一歳を年増呼ばわりしない!』

「わたし達十代ですから。ねー?」

「ねー!」

『く、くう、義理とは言え娘に裏切られるなんて……!』


 心底悔しそうな表情も可愛いなあ。和む。


 というか、背丈はみいちゃんの方があるし。悲しい現実だな。いやロリの背比べだけど、博士の方がよりミニマムだ。バストサイズは博士だけど。


「そういや博士のことは何て呼べばいいんだ?」

『あー、博士で』

「竜胆さん、シャルルって呼び捨てで呼んであげてください。イケボで」


 無茶振り過ぎるだろ。しかし応えてこそのエンターテイナー。頑張ってひねり出す。


「……シャルル」

『っ!?』


 シュボッっと顔を真っ赤にする彼女。どうしたんだ、一体。


「博士は男性から名前を呼ばれたことがないので、照れています。ラブな意味での男性免疫ゼロなんです」

『て、照れるでしょ! 照れるでしょ!? だ、だって……ワタシ、いっつもチビやらロリやら言われてましたし……そ、そんな……な、名前で、なんて……!?』


 面白い反応だ、もっと呼んでみよう。


「可愛いね、シャルル」

『ひぁあああっ!?』

「小鳥のさえずりのような可愛い声、もっと聞かせてほしいな」

『か、か、かか、可愛いだけなんて、ボキャブラリーに、乏しいです!』

「そういうシャルルの怒った顔も、すごく綺麗だ。まるで宝石のようだよ」

『や、やめ、ううう……!?』

「どんな表情も魅力的で、俺をそんなに困らせないでよ。お姫様」

『~~~~っ!?』


 あ、切られた。


「面白いでしょ、博士」

「めっさ楽しいな」

「というわけで、母共々、よろしくお願いします」

「こっちこそ。頼らせてもらうよ、みいちゃん」

「というわけで、はいどうぞ」


 貰ったのはキャンディーだった。個包装の青い飴。体に悪そうなカラーに少し躊躇する。


「ソーダ味です」


 そう言われると何で安心してしまうんだろうか。思いつつ、それを口の中に放り込む。スッキリとした甘さと爽やかな風味が広がる。


「ありがと。俺は、えと、パイロット待機ルームか?」

「ええ。格納庫の近くにありますので。あ、そうだ。通信端末見せてください」

「ああ、ケータイだな。これ最新機種なんだよ」


 家から送ってもらっていたカード式のそれを何やら読み取り、返される。最新機種マウントはスルーされた。


「どうぞ」

「なんだそれ。何やったんだ?」

「いつでも連絡できるように、みいちゃんで登録しておきました。休暇とか、遊びにだったり、ゲームだったり、付き合ってくれると嬉しいです」

「わかった。深夜三時ごろに死ぬほど寒い一発ギャグとか送るから覚悟しとけ」

「メルボムでよければ返しますけど」

「いや破壊するなよ……」

「壊れないと修理屋が仕事しないじゃないですか」


 すげえ理屈だ。まるで敵がいないと戦争にならないからと他国侵略を開始する悪の組織みたいだ。


「それじゃ、また」

「おう」


 ソーダ味の飴を舌で転がしながら、俺はパイロット待機ルームに向かった。

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