プロローグ 出会い 3
目を覚ますと、見覚えのない天井が見えた。
どこだここ。白い天井……単純な連想で病院が出てくる。確かに少し変な匂いもするし。
起き上がってみる。体は……動くな。周囲を確認。病院というよりは、保健室みたいな感じ。簡易な白いパイプのベッドが六つ並んでいる。私学の俺の高校はこんな感じだったので違和感ないけど、そこそこ広いよな。公立の中学は……ベッドが二つだったのを思い出す。
そこで何やらパソコンとにらめっこしている、見覚えのある姿。
「……あれ、君……」
癖のある金髪に大きな碧眼、白いぷにぷにしてそうな肌に小さな背丈というその姿。服は白衣に、白いブラウスの上に若草色のセーター、黒い色のスカートという格好。伸びる足周りを包んでいるのは白いタイツ、小さなローファー。子供にしては少しませた服装だな。スカートに心ばかりのスリットが入ってるし。
そんな彼女はこちらに気づきもしないので少し悲しくなった。だが、何をしているのか気になっていたので、立ち上がり、モニターを覗き込んでみる。
――竜胆飛鳥。地球生まれ。十七歳。男性。
そこには何故か、幼稚園や小学校の名前はなく、見知った中学校からの少年の歴史が並んでいた。俺の経歴のようなものを調べているらしい。
「……おかしいです。適格者の印が刻まれているなら、データベースに載っているはずなのに」
「何見てるんだよ」
「ひょわぁああああああああっ!?」
椅子から転げ落ちて、目を見開く彼女。しかし、こちらを見た瞬間に、笑顔になった。
「あ、よかった! 目が覚めて! いや、心配してたんです! 民間人を巻き込んでしまった挙句に植物人間とか洒落になりませんから!」
確かに洒落にならんが、なんかホッとするところが違う気がするぞ。
さておき、向き直る。首を傾げているその女の子は抜群に可愛い。こんな子見たことない……まるで妖精だな。いや、天使か? 貧弱な俺の語彙を恨んだけど、まぁそれはどうでもいいや。
「ここどこ?」
「魔術戦艦ヘカトンケイルの医務室です。戦いの後、気を失ったアナタを、ホクトさんが連れてきてくれたので、メディカルチェックを済ませてここに。異常ありません。ですが、一つ問題が」
「問題? 何それ」
「質問です。ふとした瞬間に、自分の意思とは関係なく物が動いたり、火のないところから発火したり、ありませんか?」
「……ないけど」
「うーん。何もしてないけど濡れてるとかは?」
「俺男だし」
「そ、そっちじゃないです! そ、そういう何か、超常現象に思い当たる節は?」
顔を真っ赤にして怒っているが、冗談はともかくとして、そんなことは――
「……時間が遅くなってる時があるんだ。さっきアイアンスケイルに乗った時もそうだった。全力を出すと、時間が緩やかに時を刻む――どころじゃすまないという認識がある」
「……。結論から言いましょう。アナタは、魔術師なんです」
「魔術師?」
言葉では聞いたことある。RPGゲームとかでは定番だが主人公には据わらないジョブだ。大体MPを消費する代償に剣士の攻撃より高威力な魔法を放つ存在。まぁ言いたいのはそっちじゃないんだろうけど。
こちらの考えていることは伝わっていないらしく、オウム返しに訊ねた言葉へ、更に頷きが返された。
「ええ。魔力を糧に、非現実なことを実現させる人間の種類です。今現在、重力操作、硬質化、重量増加、念動力と位置移動、それから元素結実まで確認されていますがまぁ、昔の超能力者を想像してもらえれば。にしても……時間操作……? そんなものが……」
「元素結実って?」
「炎やらを出す力のことだ」
よっ、と片手をあげて部屋に入って来たのは北斗だった。レシート通り、千円と少しの額をこちらに握らせてくる。加えて、お握りを食べていた。それも一つこちらに渡してくる。
「とりあえず食え。腹減ってちゃまともに頭動かんぞ」
「……分かった」
それを頬張る。シーチキンにマヨと鰹節、醤油が中身にあった。表面も程よい塩気で、美味い。
「これ、北斗が?」
「いや、幼馴染が。その元素結実も、オレの幼馴染の能力なんだよ」
「北斗も能力者なのか?」
「ああ、まあな。ここにあるアーマースケイルは魔力に反応して――」
「自分の体のように、魔力や魔術を発動させることができる。戦い見てるところから察するに、硬質化と重量増加だな、北斗」
喋っていてハッとした。そういえば、北斗は思い切り殴りにいっていた。殴られた後の敵の軌道を見ても、今だからなるほどと思える。拳の硬質化に重量化ならば、宇宙怪獣をそのまま拳で倒せるのも納得がいく。
……それを確かに俺は見ていたが、そう分析まではしていなかった。なのに、今、俺はまるで当たり前のように認識していた。魔術師ですらなかった人間が、軍属でアーマースケイルにも詳しくないはずの人間が、だ。
北斗は驚いており、少女は不審そうに目を細める。
「……魔術師すら知らなかった人間の知識ではないですね。でも、分かりました、大体。ワタシ、そこそこ頭柔らかいので」
「マジか。俺どうなっちゃったんだ?」
「アスカ君。多分、アナタは未来から来ています」
「……マジで?」
あまりにも素っ頓狂な現状の可能性に、思わず訊ね返す。しかし、彼女は本気だ。本気で、俺を未来から来た人間だとそう確信しているような、硬質な輝きの瞳を向けてくる。
「マジです。考えるに、その紋章は未来のアナタが刻んだものでしょう。そして、何かが原因でアナタは時間を巻き戻した。時空跳躍と仮に呼称しましょう。その時空跳躍にはデメリットがあった。記憶が無くなるわけではないが、断片化する……と捉えたら、丁度そんな感じになりますね。アイアンスケイルの操作がトリガーになって、断片化していた記憶が結集しつつある……と考えるべきです。紋章は魔力の流れを人工的に作るものです。それは肉体がその時から若返ったところで変化はしません」
「ちょいタンマ。過去に戻る時、俺の肉体って若返るのか?」
「聞いていると、自身が体ごと過去に転移するタイプではないです。そういうタイプは時間跳躍というより、パラレルワールド作成に似たようなものでしょうか。枝、分岐、ルート……そういった別世界へと跳ぶことができる、というタイプではないはずです。何故なら、アナタが二人存在しないことが言えます。ここが、アナタがいないはずの世界線という可能性もありますが、それだと記憶の断片化に理由が見つかりません。なので除外してもよいでしょう。アナタは、自意識と共に肉体も若返っていると考えるのが自然です。ですが、妙なのですよ。アナタは十二歳から、この世界に存在する、ということになっています。中学生から存在を始めているんです」
ひやりとした心の感覚。確かに、俺は幼少の頃の記憶がない。
「……恐らくですが、一度、十二歳にまで遡っているはずです。一般的に、時間を遡ると記憶は消えるでしょう。肉体が若返る、それは脳もその範疇だからです。ですが、アナタには時間跳躍に対して抵抗――いや、耐性があった。よって、記憶は断片化のみで済み、未来の記憶は潜在的に眠っているか、バラバラになっているか……そのどちらかになります。よって断言しましょう、アナタは未来人です」
「……」
良く分からないが。とりあえず彼女の頭を撫でてみる。
「……なぜ、よしよしを……?」
「いや、頭いいんだなーって」
「おい、飛鳥。彼女は二十一歳だぞ。シャルルロッテ・クランディウム博士。アイアンスケイル設計者の一人で、魔力学の権威。ガチモンの天才だ」
「へー、偉いねえ」
「全く話を聞かないですね……」
「北斗も、冗談やめろって。こんな可愛い子が俺より年上なわけないだろ。つか北斗よりも年上とかねーだろ。はははっ、やだな。俺が冗談通じる奴だからよかったものの……。…………。…………マジ?」
こくりと頷く二人に、内心冷や汗だらだらだったが、まぁそれはいいや。深く考えない方がいい。無理だって無理。諦めろ。現実を知ろうぜ。
「ワタシが気性の荒い女性なら、ビンタでした」
「えらくスンマセン……。いや、年をとっても可愛いなんてお得だな!」
「お酒を買う時、確実に拒否されます」
「あ、ああ」
「バスも電車も映画も遊園地も、何もかも子供料金。でもいいんです。店員に勧められるお子様ランチでお腹いっぱいな成人女性なんです、ワタシ」
しょんぼりしている彼女はひたすらに幼女だったが……まぁ俺もここで彼女を弄るほどツワモノではない。
「いや、でも。一人の女性として尊敬するよ。俺ですら把握してない状況に推論をあんなに素早く、それに真実味まであるように立ててくれるなんて。しっかりしてるなあ……俺なんかよりよっぽど大人だよ」
「……まぁ、それほどでも、ありますが」
あるんかい。
胸を張る。体は小さいのに、そこそこのボリュームがあるその胸元が微妙にアンバランス。
「んじゃ、俺はこれで。医療処置、ありがとうございました!」
「ああ……そうだった、話してませんでした。アナタは学生には戻れません」
「は?」
「魔術師、挙句にあの操縦をヘカトンケイルの誰もが目撃していました。アナタの実力は証明されてしまったのです」
「……つまり?」
「これからアスカ君は軍属になります」
「えええ!?」
軍属!? マジで!? 俺単なる高校生なんですが……と言いたいところだけど、実際に戦えてしまったし、紋章もあるし……。
この紋章、意味のある人間とない人間がいるらしい。その魔力を持っている人間しか意味がない、ということなのだろうけどさ。硬い言葉だと、適格者と呼ばれているそうだが。
だからって……いきなり過ぎる。
「……」
「悩んでるかね、若人よ!」
「は?」
やって来たのは、ピンク色の髪をした女性だった。二十代……前半、だとおもうけど。なんか白い軍服を着ている。大きな胸元には勲章があり、顔を見れば面白そうだなあとでも言いたそうな顔でこちらを覗き込んでくる。金髪幼女は頭を抱え、北斗も一匹だけ陸に打ち上げられて今にも死にそうな魚でも見るような顔で憐れんでいた。
「君がヒーロー君だね!」
「は? ヒーロー?」
「カッコよくお姫様のピンチに現れ、颯爽と敵を片付けてくれるヒーロー! カッコいい! イケメン! いやそんなにイケメンじゃないかな。眼鏡が野暮ったいなー」
とか言いながら眼鏡とられた。そして「えい」とか言いながらゴミ箱へシュートされる。
「あ……相棒ぉぉぉぉ――――っ!?」
「つか、度が入ってないじゃん。なんで掛けてたの?」
「オタクといえば黒髪メガネだろうが!」
「決めつけー。髪染めたりコンタクトだったりするオタクもいるでしょー。知らんけど」
「知らんのかい!」
「この微笑みに免じて許してぴょん!」
「何だろう、釈然としない感が臨界超えてる!」
「まーまー。そうだほっちゃん」
「その呼び方やめてくださいッス、艦長」
大よそ似つかわしくない呼称に北斗が顔をしかめる。
え!? ていうかこいつ艦長なの!? 色々ヤバくね!?
本人はそんなことは些末だと言わんばかりにスルーし、首をひねっている。
「こいのぼりの歌思い出せないんだよー。ジャパンに来るから、覚えたのに。屋根より……なんだっけ?」
「えっと、高低差、だったような? 屋根より低い……オレの腰?」
「おお、日本人らしくプライド投げ捨て謙虚な感じだね!」
「やめろ! 日本の童謡をそんな悲しい草臥れた社畜みたいに変化させんじゃねえよ! 屋根より高いこいのぼりだから!」
「ところでりんちゃん」
「それは俺か!? 俺のことか!? 話全く聞かないなこの人! なあ天才博士、なんとかしてくださいコイツ」
「無理です。それは無責任星、適当王国に住むワガママプリンセスですから。ルール無用、理屈は通じず、強引で気まぐれ。ある種の自然災害ですから」
「いやん照れちゃう!」
博士は物凄く頭痛を堪えていそうな顔をする。多分、理解できないんだろうと思う。
つか、『それ』って……人間扱いしてねえな最早。いやそれよりもだ!
「なんでそんな奴が艦長やってるんだ! 冗談じゃないぞ!」
「冗談で済めばよかったですね。日本国軍大将のご息女だからという理由です」
親馬鹿だ! いや馬鹿親なのか! どっちでもいいけど日本大丈夫!?
そんな俺の不安を余所に、本人はニコニコしている。すっげえ楽しそうだな。そのつよつよメンタルが心底羨ましい。
「うふっ! 災害レベルの可愛さだよん!」
「艦長……だっけ? 見た目通りの年齢じゃないのか、あんたも」
「こらー!」
「うごぁああああああああ――――っ!?」
思いっきりアッパーを喰らう。痛いんだけど。非常に痛いんだけど。でもよかった、身体能力は女性にしては高いが常識的だ。
「女の子に年は聞かない! それが! 大宇宙の誇り!」
うん、意味わかんねえわ。早々に理解するのを諦めた方がいい気もする。
「私、りんちゃん気にいっちゃった。そんな遠慮なく女の子に突っ込むなんて、気持ちよくなっちゃった!」
「主語を明確にしろ! ほら、博士真っ赤になってんじゃん!」
「わーいわーい、何想像したの~? シャルルちゃん、女の子に突っ込んで気持ちよくなるものってなーんだ! ぐふふ、いやらしいですな!」
性質悪いなこいつ。こいつとか言っちゃいけないんだろうけど。すげえ艦長だ、今までに見たことも聞いたこともないケース。
ギリギリと苦虫を噛み潰したような顔をする博士。
「くっそ、敢えて死ねとは言いません。地獄に行ってください」
「それは私達皆で行くんだよ。……竜胆飛鳥。君も、地獄に付き合ってもらうよ。でも、寂しくはさせない。私達は家族みたいなものだから。……新しい家族を守って。私達も、貴方を守るから。このヘカトンケイルという家の、家族になってくれない?」
急に真剣な顔をする艦長。テンションの落差で風邪ひきそうなのはともかく、考える。
……家族か。
俺にはあまり縁のないものだと思っていた。
祖父がいたくらいで、その祖父からも好かれてはなかったし。妹と一緒にいると、鬼のような目を向けてきたし。妹からもからかわれて。いい思い出はない。
だから、家族を守りたいという感情を、俺は持てない。その事実だけが、冷たく胸の中を通り抜けていく。
けれども、冷えていく感覚とは裏腹に、握られる手。
温もりにハッとしてその方向を見ると、真剣な顔をしている……幼い、博士の姿。
感じたのは、熱い感情だった。熱い何かが心に染みこんでくる。その想いに対して、愛しさと懐かしさと切なさが、ぐちゃぐちゃとない交ぜになっていく。
「……お願いします。いてくださいませんか? ……アナタを巻き込んでしまったのはワタシです。責任を取る必要があると思います。ワタシに、ここでの暮らしのサポートなどをさせてください。それに、記憶を取り戻したいなら……協力を惜しみません。ワタシがいた方が、色々便利だと思います。それに、あの力――その能力。研究もしたいですし、いてくださると、心強いです」
そう言われ、感情に捕らわれかけていた脳みそを再起動させる。
柔らかく、小さな手。この手でたくさんの命を救っているのを認識して、なんだかいたたまれない気分になる。こんなに小さな女性が頑張ってんのに……俺は何してんだよ。
こんなうだうだと。まるで戦う理由を他人に求めているみたいだ。果てしなくだせぇ。
「…………ちなみにこれ、断ったらどうなるの?」
「軍属の秘密を知ったから、とりあえず幽閉かな! 最悪始末って感じ?」
至極明るくそう言われて、何だかげんなりする。
そうだよ、深く考えない方がいい。無理だって無理。諦めろ。現実を知ろうぜ。
もう、逃げ場なんてないだろ?
――覚悟は、決まった。俺から、俺の意思で、選択することは一つだけ。
そうしなければならないと、俺の中の何かが言っている気もするし。
「分かった。……所属するよ。戦う」
そう言うほかに、どうすればいいんだ。大人しく幽閉されたくないが、彼らの腰にあるのは拳銃だ。撃たれてもかなわない。
嬉しそうにする艦長、博士、そして北斗。北斗は肩を強引に組んできた。制汗剤の爽やかな匂いが漂う。
「おう、同世代の男がいなくて寂しかったんだよ! よろしくな、飛鳥!」
「よろしく、北斗先輩」
「ケイでいい。みんなそう呼ぶ。このお堅い博士以外は。てか、何で飛鳥は下の名前で呼ぶんだよ」
「なんだか、アスカ君は親しみやすいというか……。何故でしょうか、初めて出会った気があんまりしないというか。考えるより先に、アスカ君って呼んじゃうんですよね」
なぜかそこが引っ掛かるものの、結局ツッコミどころでもないし、スルーしてしまう。
好意的にみられているとポジティブな解釈をするとして。
「よーし、新しい家族の歓迎だー! 今日はパーティーだわね!」
はしゃいでいる彼女を、俺を含めた三人が微妙な温度の視線で眺めるのだった。
……こんなんが艦長でいいのかなあ、マジで。
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