一話 月 3
「――君、アスカ君!」
揺すられていることに気づき、跳び起きる。
モニターに映し出されているのは宇宙空間。外では光線が飛び交っている。戦闘中だ。
改めて立ち上がる。服を掴んでいたシャルルが巻き添えになって引っ張られた。
「わあ!? だ、ダメです、正体不明の気絶なんです! 体調も、脳に致命的な負荷がかかって――」
その唇に、唇を重ねて黙らせる。
真っ赤になった彼女だったが、俺の目を見て真顔になった。
「……シャルル、聞いてくれ。時を超えてきた。月の掃討戦で宇宙怪獣を皆殺しにしなければ、十年後にヘカトンケイルの家族全員が死んでしまう。奴らは月の下でエネルギーを溜めて、暴れるんだ。十七歳の俺が軍属になれるパターンはこれが初めてなんだ。……一匹も見逃さないでほしい。それを美以子にも伝達頼む。どんな些細な違和感も見逃さないでくれ」
頭のいいシャルルなら、これで理解してくれたはずだ。頷いてくれる。
本当は、今すぐ彼女を抱きしめてしまいたい。いい匂いのする柔らかくて小さな体を折れるほど抱きしめて、ぬくもりを感じたい。
そんなのは後だ。てか、まだ恋人ですらないのに、そんなの早すぎる。
そうだ、羽鳥の言う通り。こういうのはステップが肝心。まぁキスはしてしまったけど。
「俺は行く。家族が死ぬのなんて、三十三回も見たくないから。愛してる、シャルル」
「……。引き止めません。足枷になりたくないから。……ワタシ達を、守ってください……アスカ君」
「了解だ、ハニー」
微笑んで、俺は駆け出した。
格納庫に赴き、緑色の相棒に乗る。十年前の型だからちと古い。けれども基本設計は元から完成されてるから、違和感ない。さすがだな、シャルル。
「竜胆飛鳥、副艦長に直接連絡。緊急出撃要請!」
『こちら美以子、緊急出撃、承認します。守ってください』
「任せろ、美以子。竜胆飛鳥、緊急出撃!」
カタパルトに自分で乗って、シュートされる。宇宙用のブーストスラスターが搭載されるアーマースケイル。機動力が断然違う。背中から加速を意識することで発動するそれは便利なものの、浮遊用に作っていないので重力下では外される。
スラスターを起動させて、爆発的な推進を得る。同時に、時を縮めていく。ほぼ一瞬で、戦場に到達した。
月がすぐそばにある。宇宙怪獣を倒していたファミリーがこちらに気づいた。というか、ケイだった。
『おう、飛鳥! 長い昼寝だったな!』
「すまない、ケイ。羽鳥、ケイ、とりあえず敵を動けなくする。画面をサーマルに切り替えてくれ。熱源反応がある敵にとどめを頼む」
「……飛鳥? どうした、お前」
「どうもしないさ。では、頼んだ」
能力を併用しながら、ビームエストックで敵を貫きながら進んでいく。
『主砲、プレッシャーバースト、射撃装填! アーマースケイル隊、回避を! ……ってぇええええ!』
艦長の号令により放たれるヘカトンケイルの主力武器、プレッシャーバースト。魔術大砲と呼ばれ、超圧力を一直線上に放射する兵器だ。魔力で運用され、破壊力はピカイチ。喰らった敵はぐしゃりと潰れ、ペラペラになってしまう。
俺が敵を高速で行動不能にし、艦長がそれに気づいて追撃してくれた感じだ。
数を減らすことに奔走していたヘカトンケイルの面々だったが、あっという間に数が減ったことに気づく。
『り、竜胆君!? そ、そんなに能力使って、大丈夫なの!?』
「問題ないよ、羽鳥。ケイ、羽鳥、とどめを!」
『任せな!』
俺はどんな敵をも逃がさない。徹底的に狩りつくす。ここでやらなくてどうする。能力を惜しむな、どんどん魔力の炎を燃やせ。
斬れ。破壊しろ。運命ごと斬り拓け。本気で撃ち抜き、未来を創るんだ。
家族全員が、温かくて、安らぎを得られる生活を送れるように。
愛する二人の未来を、死ぬ気で守るために。
殺して、殺して、殺し尽くせ。それしか能がないのだから。だから徹底的にやれ。
……いつの間にか、周囲の熱源がゼロになっていた。
機体に損傷チェックを走らせる。……うわ、ひでえ。高熱を帯びてしまっている。まぁ俺用にカスタムしてないアーマースケイルなら無理ないわ。少し溶けかかってるみたいだ。しかし、冷えていくのもそこそこ早い。
「こちら竜胆飛鳥、月内部のサーマル調査を依頼したい」
『こちらシャルル、了解。今、ミイコと一緒にいるんです。……チェック終了、宇宙怪獣の輪郭無しです』
「本当か?」
『疑うならデータをどうぞ』
「念のため、別の角度に艦を移動してからも頼む」
『はい。それで、アナタが安心できるなら』
「後、シャルル。高熱に耐える素材を使ったアーマースケイルも頼む」
『ええ……サーマルで見てますけど、いつ融解してもおかしくないですから。暑いでしょうけど、落ち着くまでもう少し我慢してください』
「ああ」
温度のナチュラライザーが追い付いてないもんな。ムッとしているコックピットの中で、溜息を吐いた。額に伝っていた汗を拭う。
「……三十二回、辛い思いをしただけはあったかな」
この感覚は久しぶりだ。
未知の感覚。新鮮な景色に思わず感動する。俺は十七歳で、ヘカトンケイルの一員で……そして、仲間達が動けない宇宙怪獣にとどめを刺していく光景。
いつも最前線で戦っていたのは俺だった。敵対したことも何度かある。だから、仲間たちの動きの癖は何となく見覚えがある。
ケイは自身を硬質化できるからって前に出過ぎ。羽鳥は発火能力者で敵を爆裂させられるが触れた相手に限定される。そのせいで前に出過ぎている。両方とも前衛なんだよな。ケイは余計な装備を持たず、追加装甲を纏っている。羽鳥はビームソードではない実体剣を握っている。実体剣と呼ぶとピンとこない人もいると思うが、まぁ普通の鋼鉄で出来た剣だ。ややこしいが、未来では実体剣と非実体剣とで別れている。その剣はアーマースケイルと同様、魔力を通し、自分の体の延長上となる。相手を融解する炎の剣を彼女は使えた。手堅いケイ、爆発力の羽鳥だったな。
俺達が組む時、まだ時間跳躍を制御できていなかったためだが、時を遅れさせて、速い動きで敵視を集めつつ惑わせ、遠距離魔術ライフルを叩きこむという動きだ。
それでも――ケイたちと力を合わせても、十年後の宇宙怪獣には敵わなかった。
奴らは魔力で動く。地中、空気中、日光、月光――様々な場所に存在するエネルギーを吸って強くなる。
多分、月にいた連中は先遣隊だ。奴らは攻撃してくるだけの知能程度はある。そして、生殖能力も存在する。だからこそ……二波、三波がやってくるだろう。
火星の連中も撃退できてはいるが、果たしてそれはどれくらい持つのかは分からない。
それでも。ああ、それでも――
「良かったぁ……」
蒸し暑いコックピットの中。戦いと常に隣り合ったその場所で。
俺は初めて、落ち着いたのだった。
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