今日も街の文房具屋さんは忙しい

凍花星

街の文房具屋さん

 この街には一軒の文房具屋さんがある。見窄らしい外見ではあるものの、文房具屋さんを訪ねる人はそう少なくない。


「ねえ、消しゴムある?」


 早速、三人の男の子が入ってきた。


「もちろん。ほらよ。どれがいい?」


 そう言って取り出された大きな段ボール箱の中には、沢山の形をした消しゴムが入っていた。男の子たちは熱心にその段ボール箱を漁り出した。


「僕は絶対これ!」


 鼻に絆創膏をつけたこの子が言う。


「えー? そんなのよりこっちのトラックのやつの方がカッコ良くね?」


 麦わら帽子を被ったあの子が言う。


「いいや! 絶対飛行機の方がカッコ良いね!」


「わかってないね。お前ら……この黒い消しゴムが一番消しやすいんだよ」


 二人を制して、虫取り網を片手に持ったその子が言った。


「「ふん! お前のやつは一番だせえな!」」


「なんだと!」


 男の子たちは長い議論の末、結局は最初に自分で選んだ消しゴムを手に取った。


「ありがとう!」


 男の子たちは新しい消しゴムを手に入れて、少し音の外れた合唱をしながら店を出る。テストに向けて男の子たちは張り切っている。


 文房具屋さんに、新しい商品が増えた。可愛いらしい猫の消しゴムに、消えるボールペン。星空がプリントされたクリアファイルと、ドット付きのノート。どれも子どもたちに人気のある商品になりそうだ。


 文房具屋さんの前には一人の女の子が立っていた。だが、この女の子はただ店の前に立っているだけで、なかなか中に入ろうとしない。


「どうしたんだ?」


「あ、あの……ここって……」


「文房具屋だ」


「じゃあ、オルゴールって売ってないですよね……」


「オルゴールか……ちょっと待ってな」


 店の奥に入り、随分と前から使っていなかったそれを取り出す。軽く毛布で包めれていたが、やっぱり少し汚れていた。最後に鳴らしたのはいつ頃だっただろうか。ふうと息を吹きかけ、さっと汚れを拭き取り、いまだに店の前で待っている彼女に渡す。


「わあ! すごい!」


 オルゴールを開いた女の子は目を輝かせる。他のオルゴールとは違って、これには踊るバレリーナも、回る熊さんもなく、ただの水色の箱のようだった。


「でも鳴るかわかんないからな。ほら、ここのぜんまいを回して……」


 箱の横についている小さなぜんまいを回すと、ただの箱は音の鳴る箱と変わった。


「鳴った! で、でも、これ……高い……?」


「これは売り物じゃないんだ」


「そ、そっか……」


 輝いていた目はすぐに落胆の色を映した。ふっと揶揄うように笑ってやる。


「だから金は取らないよ」


「え!? それって……」


「今からこのオルゴールはお前のものだ」


「ほんと!? ありがとう!」


 女の子はオルゴールを手にして、スキップしながら家路に着く。明日は女の子のお母さんの誕生日だ。


 文房具屋さんに、また新しい商品が増えた。綺麗な音色のオルゴールだ。踊る雪だるまに、回るコーヒーカップのオルゴール。大きなリンゴがぶら下がっているものだってあった。あの女の子がまた来店した時には、きっと目を輝かせて驚くことだろう。


 雨が降り出した。文房具屋さんの軒の下にペンギンのTシャツを着た男が入ってきた。きっと傘が欲しいのだろうが、ここは文房具屋さん。きっとこの人も入るのを戸惑うだろう。ビニール傘を用意して、彼を迎い入れようとしたが、男はズカズカと店に入ってきた。


「なあ、タバコねえのか?」


「ここは文房具屋だ」


 男は店の中を見渡して、少し嘲笑を含んだ声音で言う。


「こんなにも散らかってるもんだから雑貨屋かと思ったぜ。で、あんのか? タバコ」


「……私物だ」


「おお、ありがとよ」


 男はタバコを受け取り、そのまま背を向ける。


「傘はいらないのか?」


「かさぁ? いらねえよ、そんなもん。こんな小雨なら走って帰れる」


「……そうか」


 店をまだ出てもいないのに、男はライターを取り出し、タバコに火をつける。相変わらずの無遠慮な態度で店を出たかと思うと、男は再び振り返り、口を開いた。


「この店、雑貨屋にすべきだ。その方が売れるぞ」


「……余計な世話だ」


「助言は聞いといた方がいいぜ。特にオレのは、よく当たるぞ」


「ここは文房具屋だ」


「じゃあ、外の看板をよく磨いとくんだな。汚れちまってるよ」


 男は今度こそ店を出る。雨はすぐに止み、文房具屋さんの看板はピカピカになっていた。


 文房具屋さんに、またまた新しい商品が増えた。いろんなブランドのタバコに、よく火がつくライター。折り畳み傘に、日傘だって揃えられていた。文房具屋さんに立ち寄る客は、前よりも大人が増えた気がした。


 しくしくと悲しそうに泣いている子とそれを慰めている子がやってきた。


「すみません! テニスラケットって売ってませんか?」


「ここは文房具屋だ」


「でも、もうここの周りのお店全部回ったんです! ありませんか? 明日、試合なんです!」


「……ちょっと待ってろ」


 仕方なく、昔自分が愛用していた相棒を探し出す。


「売ることはできないが、貸してはやれる。どうだ?」


「ほんとですか! ほら、モモ! 元気出して! これでルリを見返せるよ! モモのラケット折って試合に参加できなくしようだなんて、明日の試合でボコボコにしてやるのよ!」


「ありがとうございます! 明日には絶対に返します!」


「明日、勝ってこいよ」


「はい! 本当にありがとうございます!」


 何度も頭を下げて、少女たちは嬉しそうに店を出た。明日の天気が晴天になるように、どうやら今夜はてるてる坊主を作らないといけなそうだ。


 文房具屋さんに、またまたまた新しい商品が増えた。バスケットボールに、サッカーボール。運動着に水泳帽も置いてある。少女たちから返されたテニスラケットはどこかに消え、またしばらくは陽の目を見られないだろう。


 コツコツと高いヒールを鳴らし、文房具屋さんに髪を乱雑にさせた女性が入ってきた。どうやら忙しい社会人のようで、ビシッと決まったスーツを着ている。


「髪ゴムって置いてるかしら?」


「ここは文房具屋だ」


「あら、でも看板には『文房具以外も売ってるよ』って書いてあるじゃない」


「髪ゴムは売っていない」


 女性は深いため息をつき、イラついたように髪をかいた。


「売っていないならそんな看板つけないでちょうだいよ。紛らわしい」


 そそくさと出ていかれ、店の中はまた静かになってしまった。


 文房具屋さんに、またまたまたまた新しい商品が増えた。髪ゴムに色々なコスメ道具。腕時計にメガネケースまで。他にも沢山。すっかりぎゅうぎゅうに敷き詰められた商品棚を見て、少し誇らしかった。


 少しうたた寝していると、文房具屋さんには騒がしい二人が入ってきた。青と赤のお揃いのパーカーを着た双子は店を歩き回って、議論をする。


「見て! 牛乳まで置いてある! リニューアルしたって本当なんだ!」


「前にきた時は文房具しかなかったのにな……あ、この菓子美味しそう」


「うわあ! これこれ! 僕が前読みたかった漫画だ! すごい! 全巻あるよ!」


「でも、これ結構前のやつだよ。あってもおかしくないよ」


「この漫画の主人公かっこいいよね!」


「これ主人公死んじゃうよ」


「え!? いきなりネタバレしないでよ!」


「てっきり知ってるものかと……」


「嘘だ! 絶対ネタバレしようとしてた口調だった!」


「はいはい。ごめんよ」


「もう……許さない」


「は? お前がこの前おれの分のアイスまで食べたのだって、おれは許してやったんだぞ?」


「うっ……」


「ってか、今日はゲーム機買いに来たんだろ?」


「はっ! そうだった! 文房具屋さんだけど、こんだけ色々あったらゲーム機もあるよね!」


 新聞紙を読むふりをして、聞き耳を立てていたが、予期せぬネタバレまでされてしまった。残念ながら、いくら歩き回っても、ここにゲーム機は置いていない。だが、どうやら弟の方はネタバレを嫌っているようなので、口はつぐんでおこう。


「えー! ないじゃん! ゲーム機!」


「おれは最初からないって思ってた」


「はあ? じゃあ言ってよ!」


「ほら、他の店行くぞ」


 兄に連れられて、双子はさっさと出ていってしまった。まだ読んでいない漫画だったが、盛大なネタバレを面食らって、少し悲しかった。


 文房具屋さんに、またまたまたまたまた新しい商品が増えた。最新のゲーム機に、パソコン。タッチペンに、コントローラーも詰め込む。ついに床にまで商品を並べて、文房具屋さんは今日も来客を待つ。


 杖をついた老人が入ってきた。だが、このゲームには途中停止ボタンがない。ゲーム画面に目を向けたまま、老人に話しかけられる。


「万年筆ありますか?」


「そこら辺にあるよ」


 今にも敵にやられてしまいそうなのだ。どうしても顔を上げてやることができない。ボタンを押す指を早めて、さっさと優勝をする。熟練の技となってきたこのゲームスキルにかかれば、勝利など時間の問題であった。


 しかし、せっかく顔を上げても老人はどこにもいなかった。帰ってしまったのだろうか。ここは文房具屋なのだから、自分で探せばいいものの、随分と短気な人だ。ゲームには飽きて、頬杖をついて客を待つ。


 しばらくして、小さな女の子を連れて、一人の青年が入ってきた。青年の鼻には絆創膏があり、腕にはまだ治りきっていない瘡蓋があった。


「ほら、挨拶して」


「こんにちは! にいにのおすすめのけしごむ、かいにきました!」


「すんません。俺、昔からこの店使ってて、ここの消しゴムがやっぱり一番だと思ったんすよ。あの黒いやつ。ありますか?」


「あるさ。だってここは……」


 文房具屋だから。


 そう口にしようとした。でも、店を見渡したら、言えなかった。床にあるのはゲーム機やパソコン。そこの棚にあるのは、コスメ道具で、ここの棚はお菓子や飲み物。あっちには運動用の様々な用具があっても、やっぱり文房具はない。このカウンターの裏にだって、あるのは多種多様なタバコのみ。あの消しゴムが詰められていた段ボール箱はとうになくなっていた。


「け、消しゴムは……」


 ないことを告げようとしたら、女の子は急にしゃがんで、床のそれを拾った。


「あ! みて! ねこちゃんのけしごむ! かわいい!」


「ああ、このシリーズか……兄ちゃんも昔、これの飛行機のやつ使ってたんだよな……だけど、やっぱりあいつの言う通り、黒いやつが一番消しやすかったんだよな……売り切れっすか? あの黒いやつ」


「う、売り切れだ……」


「そうっすよね……あれ人気っすもん……じゃあこの消しゴムでお願いします。レイ、ちゃんと最後まで大切にネコちゃん使うんだぞ」


「うん!」


「ありがとうございました。ほら、レイ、挨拶」


「ばいばい! 文房具屋さん! また来るね!」


 女の子は選んだその消しゴムを嬉しそうに持って、仲良く青年と手を繋いで店を出て行った。


 今日も街の文房具屋さんは忙しい。

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今日も街の文房具屋さんは忙しい 凍花星 @gsugaj816

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