第13話 束の間の休息

 夜の遅い時間になった事もあり――ダンジョンでは常時太陽が出ているが――、俺達は湖の近くにキャンプを設営した。焚火と簡易の寝床があるだけの簡素な物だ。

 そこで食事を作る為、炎樹の森から食材を手に入れようとした……のだが。


「どうぞ食べてみてください。美味しいですよ?」


 解体を終えた古川さんが、ヌシの肉を食べればいいと主張したのだ。

 これがあるのだから、わざわざ探しに行く必要はない、と。


 俺達は取って来る、と言ったのだが……彼女は一歩も譲らず。

 話し合いの結果、彼女がヌシ肉で料理を作る事になった。


 そして現在――俺と獅子島さんの前にが並べられている。


 意外にも見た目は白身魚のそれに似ている。大分魚っぽいというか、切り身に見えるというか。……少なくとも、見た目に対して嫌悪感を抱くという事はない。


「どうぞ? 食べてみてください」

「う、うっす。いただきます」

「ふぅむ。これも一つの経験か……」


 笑顔で催促され、俺と獅子島さんは恐る恐るそれを掴んだ。


 ……うん。笑顔の古川さんにびびったとかそんな事実はないから。

 俺がないと言ったらないんだ。……いいね? 分かったか?


 ふぅ。出来れば箸があればよかったんだけどな。

 生憎と、ここにそんな便利な物は存在しない。


「………………」

「………………」


 数秒それを見つめ――覚悟を決めて一気に口の中に放り込んだ。

 もぐ、もぐ、もぐ。としっかり口を動かす。


 ――瞬間。ピキーン! と、俺の脳裏で何かが光った。


「美味しい! 結構いけますよ、これ!」

「あぁ。中々いい味してんなあ、こいつは」


 意外や意外。口の中に広がる美味に、俺は思わず口に出していた。

 隣を見れば、獅子島さんも頬を緩めてヌシ肉の料理を褒めている。


 見た目と同じく味の方もかなり白身魚っぽかった。

 淡泊であっさりしていて、しかし確かに美味しい。


 けど、ちょーっとだけ違うような気もしている。

 なんだろう、ほんの少しだけ白身魚とは風味が違うような?


 まあどちらにしてもとても美味しい事だけは事実だ!

 これだけは間違いない! 大絶賛してもいい!


 ただ、……一つだけ惜しい部分がある。調味料だ!


 ヌシ肉料理は白身魚に似ているだけあって、味がかなり薄い。もちろんそれでも美味しい事は美味しいんだけれど、やっぱりなんだか物足りない部分がある。

 せめて醤油! 醤油さえあればもっと美味しくなっただろうに!


 ここがダンジョンでさえなければより美味しい料理が出来たはずだ。

 それだけがひたすらに残念でならない。他は十分満足している。


「そうでしょう? 私のお気に入りなんですよ」


 ただ、俺達が料理を褒めたお陰で古川さんは気を良くしたらしい。

 料理を作ったのが彼女という事もあり、自慢気に胸を張っている。


「防衛軍内部でも特に人気の食べ物なんですよ? ほとんど流通していなくて、私もまだ数回しか食べれた事がないくらい、売り切れるのが早いものなんですから」

「へえ。これってダンジョンの外でも食べられるんですか?」

「外で、ですか? ……うーん、それはちょっと難しいかもしれません」


 尋ねると、古川さんはとっても渋い顔をした。


 ……なんだろう? 俺はそんなに難しい質問をしただろうか。これだけ美味しい食材なんだから、外でも食べたいと考えるのは極自然な事だと思うけれど。


「……どうして、ですか? 何か問題でもあるんでしょうか?」

「坊主、オオサンショウウオはニッポンじゃ特別天然記念物に指定されてんだよ。だから政府から特別な許可でも貰ってない限り、食べる事は出来ねえんだ」

「その通りです。まあ一部では調理して出す店舗もあるようですが……」


 理由を聞くと、横から獅子島さんが説明してくれた。

 絶滅仕掛けてるから政府が禁止してるんだ、と。

 一部。補足のような情報を古川さんが付け足した。


「うん? 確かにオオサンショウウオならそうでしょうけど、これはあくまでヌシの肉ですよね? こっちを民間に卸したりする事は出来るんじゃないですか?」

「いえ。残念ながら現行の法律はそこまで融通が利くようには出来ていません。法的にはヌシの肉もオオサンショウウオの肉と見做されてしまいます。私達防衛軍の人間が自分達で取ったものをこっそり食べる分には、黙認されていますけどね」

「そうなんですか……。なんか、勿体ないですね。こんなにも美味しいのに」


 これだけ美味しいんだから売り出し方次第で人気が出ると思うんだけど。

 ……まあ仕方ないか。幾ら美味しくても法律で禁止されてるんじゃあな。流石に法律を破ってまで売れとは言えないし、こればかりは法律が変わるのを待つしかない。


「ええ。なので私、雨龍さんには期待してるんですよ」

「期待? どうしてですか?」


 唐突に、古川さんがそんな事を言ってきた。

 期待? 俺は彼女に期待されるような事を何かしただろうか?


「攻略に成功した時ダンジョンがどうなるのか定かではありませんが。もし攻略後にダンジョンが維持され、更に無害化された場合。産出されるあらゆる資源を継続的に利用可能になる。そうなれば、動きの遅い政治家たちも動かざるを得ないはず」

「なるほどなあ。モンスターは時間が経てば復活するから……」

「どういう事ですか? 獅子島さん。その、よく分からないんですけど」


 何か凄い事を言っている古川さんと、納得したように頷く獅子島さん。

 二人だけで何かを分かり合っている。俺にはさっぱりなのに。

 そんな俺を見かねてなのか、獅子島さんが分かりやすく説明してくれた。


「いいか坊主。ダンジョンの産出品ってのはな、どれも一定時間が経つと必ず復活するように出来てんだ。モンスターだとか資源だとか、ってのは一切関係なくな?」

「へえ、いいですねそれ。ならダンジョンがあれば資源取り放題じゃないですか」


 無限に資源が取れるなら、ニッポンの状況はもっとよくなるはず。

 現状そうなってないのは……モンスターが障害になってるからか?


「おうよ。そしてそれはもちろん、ヌシにも適応される訳よ。つまりオレ達が倒したあのヌシもいつかは必ず復活してくる。そうすると……どうなると思う?」

「つまり――ヌシが食べ放題になるって事ですか!? 復活する度に!?」


 それって最高じゃないか! ヌシの肉が幾らでも食べ放題だなんて!


「その通りだ! ……もちろん、全部が全部完璧に狙い通り行く訳はねえから、何かしら都合の悪い部分ってのは出てくるだろうが。それでもダンジョン丸々一つ分の資源が手に入るんだ。ウチの国にとっちゃあ、随分と大きい事だろうよ」

「ええ。確実に上層部は大騒ぎするでしょうね。あとはマスコミの人達とかも」


 それは騒ぎにもなるはずだ。資源が一気に増えるんだから。


「そしてダンジョンが有用だって話になったら、お偉いさん達もダンジョンを残すべく動くだろうよ。例えば――ダンジョン産の肉を使って商売するとかな?」

「なるほど! それで法律を変えるって話が出てくるんですね!」


 ダンジョンが有用だと分かれば残そうと動き出す人達が出てくる。

 その人達に法律を変えてもらって外でも食べられるようにする、という事か。


「とはいえ、だ。世の中には攻略反対派なんて連中もいるから、実際どうなるかは分からん。……まあ、その大半は被害を受けた事のない連中な訳だが」

「攻略反対派、ですか。そんな人達がいるんですね。……馬鹿ですか?」


 攻略反対派って……現実が見えていない人が結構多いのか?

 ダンジョンは攻略できるならした方がいいと思うけど。


「わははっ! そうだな。自分達の利益ばかり考える大馬鹿どもだ。だから大抵どこでも嫌われてる。……言ってる事自体は分からんでもないがあ。かといって、それを被害を受けた事がない奴の方が珍しい今の時代に言うのは、馬鹿としか思えん」


 獅子島さんはとても複雑そうな表情で、そう言った。

 なんだろう。見知らぬ誰かに対して言っているというより、明確な誰かを思い浮かべているような……? もしかしたら身近にそういう人がいるのかもしれない。


「まあつまりですね。ダンジョンを無害化する事が出来れば利用方法は幾らでもある訳ですから、その時にはきっと法律も変わるはず。変わってくれると期待しておきましょう。私も出来れば、ヌシ肉が定期的に食べられるようになって欲しいですし」


 パン、と手を叩き。空気を切り替えるように古川さんが言った。


「まあ、こればっかりはその時にならにゃあどうなるか分からんな」

「その為にも、今回の攻略は成功させないといけませんね」

「はい。私達でヌシ肉が気軽に食べられる未来を作りましょう!」


 燃える黒水が静かに波紋を広げる湖のほとりにて。

 それからしばらく、俺達は各々が欲しい物について語り合った。





「……それにしても。ダンジョンに入ってから災難が続きますね」


 ぽつり、と。俺は思っていた事を口にした。

 それに、そうだなあ、と獅子島さんが反応する。


「リザードマン、ドラゴン、ショットガンスネーク、サラマンダー? どいつもこいつも厄介なモンスターばかりだったなあ。年寄りの身体にゃあちょいと堪える」

「思えば俺達、ずっとモンスターと戦っていませんか? 気のせいですか?」


 たった二日間の間に四回なんて、幾らなんでも多すぎる気がする。

 そう言うと、一番ダンジョン事情に詳しい古川さんが頷いた。


「流石にずっとという事はありませんが……確かに頻度は高いかもしれませんね。少なくとも、現時点で防衛軍が一週間に遭遇したモンスター数を超えていますよ」


 ちなみに防衛軍は一週間で四回です、と親切に教えてくれる古川さん。

 ……うん。まったく親切にはなってないけれど、教えてくれるのはありがたい。情報というのはとても大事だからな。とても助かる、かもしれない。……多分?


「……はは。ダンジョンに入って二日目でそれって。ドラゴンとショットガンスネークの時なんて明確に死を感じましたし、先が思いやられますよ。まったく」

「わははっ。まあそういう巡りの下に生まれてきたんだろうよ。なに、気にするこっちゃねえさ。確かにオレ達がダンジョンに入ってから災難続きだが、今こうして五体満足でいられてるんだ。なら、これからも諦めなきゃどうにかなるだろうよ」


 それに坊主の力がありゃあ、大抵の不幸はどうにでも出来るさ。

 落ち込む俺の肩を叩き、獅子島さんがそう励ましてくれた。


「そうですね。雨龍さんは力強い方ですから。何があっても大丈夫でしょう」

「は、ははは。何かある可能性は否定してくれないんですね……」





「それじゃあ、あんまり長話してもあれだしな。そろそろお開きとしようや。明日はトカゲどもの村に行くんだ。体調は万全にした方がいい。そうだろう、坊主?」


 戦ってる最中に居眠りなんてまずいもんな、と獅子島さん。

 当然、俺はその提案に頷いた。睡眠はとても大事だ。


「もちろんです。明日はいよいよリザードマンの村に挑む訳ですから。連中がどれだけいるか事前に把握出来ていない以上、こちらの備えは絶対に怠れません」


 俺だけじゃなく獅子島さんと古川さん、二人の命にも係わるんだ。

 そこら辺は絶対に手を抜く事は出来ない。常に万全にしなければ。


「であれば、夜の番は私が行いましょう。ダンジョンは常時明るいとはいえ、敵がいつ来ないとも限らない。一般出のお二人には夜警の経験なども恐らくはないでしょうから、今回は防衛軍の訓練で慣れている私が行うのが最適だと思いますが」

「夜警……そっか、そういう事も考えなきゃいけないのか……」


 彼女の言葉にハッとした。そうか、そういう可能性もあったのか。

 ここはダンジョンだ。いつ何処で敵が出て来たってまったくおかしくはない。それは寝ている間だって同じ事で、警戒は常にしていなければならなかった。


 ……待てよ? という事は昨日、まさか無警戒で眠っていた事になるのか?


 いや。本職である古川さんが気付けないとは思えないが……。

 そう考えて彼女に視線を向けてみると、口元に指を立て微笑まれた。


 そうか。つまり昨日も密かに警戒してくれていた、という事か。少なくとも俺が見ている間に眠そうにしていた事は一度もないから、まったく気付かなかった。

 彼女は恩人だ。タイミングを見てお礼を言っておかなければいけないな。


「すまねえな。頼んでもいいかい? 嬢ちゃん」

「すみません。お願いします、古川さん」

「ええ、任せてください。防衛軍の人間としてお二人に快適な睡眠を保証します。安心して眠ってくれて大丈夫ですよ。何かあればすぐに起こしますから」


 どん、と自身の胸を叩き力強く宣言する古川さん。


 とても心強い。彼女が見張ってくれている場合と自分で夜の番をした場合とをそれぞれ想像して比べると、安心感が段違いだ。きっと安らかに眠れる事だろう。

 彼女でもどうしようもなかった場合、それは仕方がない事なんだ。


「それじゃあ、俺は先に眠らせてもらいますね」

「ええ。安心して見張りは私に任せてください」


 お言葉に甘え、焚火を見ながら俺は寝床に横になった。

 目を瞑る。パチパチと焚火の音が耳に入ってくる。


「おやすみなさい、二人共」

「おう。おやすみ、坊主」

「おやすみなさい、雨龍さん」


 二人と挨拶を交わし数分後。俺の意識は暗転した。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

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ダンジョンの贄 ~ニートの俺はダンジョンを鎮める生贄に選ばれてしまったけれど、力に目覚めたお陰で簡単に攻略が出来そうだ~ 雨丸 令 @amemal01

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