第12話 サラマンダー?
「!? 獅子島さん! 古川さん! 湖の様子がっ!?」
水汲みと水浴びを終わらせてから幾らかの時間が経った頃。
突如、湖の水がブクブクと異常なほどに泡立ち始めた。
なんだ!? 何かが湖の奥から出てこようとしているのか!?
俺はすぐ獅子島さんに呼び掛ける。
「おう。見えてるぜ坊主。なーんか、居やがるなあ」
「ええ。こちらも既に気付いています」
しかし、獅子島さんと古川さんも既に湖に注目していた。
獅子島さんは薙刀を。古川さんは武器がないから素手ではあるが、両者とも構えていつでも動けるようにしている。一切油断している様子はない。
流石に人生経験が豊富なだけあり、二人とも俺よりも遥かに反応が早かった。
「これは……お二人共、警戒してください! ヌシです!」
そして古川さんが叫んだその直後。湖の水が盛り上がった。
「あ、あれが……湖のヌシ……ッ!?」
湖の中から飛び出してきたそのモンスターを見て――俺は言葉を失った。
どこかぬぼーっ、とした表情。ヌメリ気を帯びた真っ赤な体表部分。
まるで顔の半分が裂けているようにも見えるほど巨大な口の中には、歯らしき物がまったく見当たらない。もし噛まれても食い千切られる事はなさそうだけど、代わりに一瞬で呑み込まれる事になるだろう。安易に近付く事は出来そうにない。
全身を水の中から出したそのモンスターは――のんびりとあくびをした。
「って、これどう見ても真っ赤なオオサンショウウオじゃないですか!?」
「言ったじゃないですか。貴方が想像するサラマンダーとは違う、と」
俺の渾身の叫びに、真面目な口調で生真面目に反応を返す古川さん。
いやいやいや! 貴女最初サラマンダーって言ったじゃないですか!
――俺は内心、彼女に激しくツッコミを入れた。
サラマンダーと言えば長年ファンタジー系の娯楽作品――例えばアニメや小説などに登場してきた炎の精霊! 時にはドラゴンと同一視される事もある超大御所!
そんな存在の名前をこんな奴に付けるとは思わないじゃないですか!
こんなの全然サラマンダーじゃないですよ古川さん! どうなってるんですか!?
「これなら最初からオオサンショウウオと言ってくれればよかったのでは!?」
「いえ。お二人にも私の気持ちを味わっていただきたくて」
「気持ち!? 気持ちってなんですか! これでどんな気持ちが味わえると!?」
「貴方がさっき言った事です。これオオサンショウウオじゃないですか、と。私もその名前を聞かされた時、雨竜さんと同じ気持ちになりました。お揃いですね?」
「あれかぁああああああっ!!! 確かに言いましたけど! 言いましたけど!」
――だからって俺達まで微妙な気持ちにさせなくてもよかったのでは!?
その気持ちを直接古川さんに吐き出す事が出来ず、俺はとてもモヤモヤした。
「坊主に嬢ちゃん。――構えな。どうやら奴さんが動き出すみてえだぜ」
そんな風にわちゃわちゃしている俺達に、獅子島さんが警告してきた。
何かが起きる事を察し、瞬時に武器を構える俺達。
次の瞬間――騒ぐ俺達に気付いたヌシが、けたたましく咆哮した。
『――――――――――ッッッ!!!!!』
大音量。ドラゴンほどの威圧感こそなくても、肌にビリビリくる。
これは呑気に言葉を交わしている場合じゃないと俺は意識を切り替えた。
「先制を取ります! 獅子島さん、続いてください!」
「おう! しっかり決めろよ、坊主!」
「あっ、雨竜さん! 獅子島さん! 待ってください!」
攻撃される前にヌシを打ち倒すべく、俺は真っ先に奴の下へ走った。
後ろから古川さんが何かを言っていたが――気にするのは後だ!
「はぁああああああああッ!!!」
一気呵成。ヌシを切り刻もうと鉈を力強く振り下ろす。
しかし――ブヨ~ン! と。鉈はヌシの皮膚に弾かれた。
「は、ぁ!? なんだこいつの皮膚! 鉈の刃がっ、滑る!?」
「お、おぉ!? オレの薙刀が通らねえぞコイツ!?」
見れば、獅子島さんの薙刀もヌシの皮膚に跳ね返されていた。
ブヨ~ン! と、まるでゴムのようにヌシの体表部分が弾んでいる。
なんだこれ!? こいつ一体どんな皮膚をしているんだ!?
「気を付けてくださいお二人とも! ヌシに刃物は効きません!」
後方から聞こえた古川さんの言葉に俺達は顔を顰めた。
刃物が効かないって……どうしようもないじゃないか!?
俺も獅子島さんも武器は刃物しか持ってないのに!
「そいつを先に言って欲しかったぜっ、嬢ちゃん!!」
「まったく、同感ですっ!!」
「言う前に出て行ったのはお二人ですよ!」
少し前の行動を責められ、俺と獅子島さんは揃って苦笑した。
そう言えばそうだった。それは責められても仕方ない。
彼女からすればどう考えても悪いのは俺達だ。
「一度戻ってきてください! ヌシの倒し方を教えます!」
「了解だ! 坊主、一旦戻るぞ!」
「分かりました獅子島さん! 合わせてください!」
「おうよ! 坊主こそしくんじゃねえぞ!」
「はぁああああああっ!!!」「オォオオオオオオッ!!!」
タイミングを合わせ、目元の辺りに一斉に攻撃を叩き込む。
――すると、ヌシは目を瞑り顔を逸らして俺達の攻撃を躱した。
よし、これでいける!
「今だ! 森に隠れるぞ坊主!」
「はい! 獅子島さん!」
そうして出来た隙こそが俺達にとっては最大のチャンスだった。
ヌシの目が閉じている内に急いで森の中へと駆け込む。
次に奴が目を開けた時には――俺達の姿は何処にもなかった。
『――――――――――ッッッ!?!?!?!?!?』
俺達の姿を見失い、頻りに顔を動かし辺りを探すヌシ。
そんな奴の姿を、俺達三人は樹の陰から伺っていた。
「……ふぅ。どうにか隠れる事が出来ましたね」
「おぉ。奴さんオレ達が消えて慌てふためいてらぁ」
「ヌシの倒し方を説明します。お二人ともこちらへ」
「それで古川さん。ヌシの倒し方を教えて貰えますか?」
「もちろんです。これを見てください」
尋ねると古川さんは頷き、懐から何かを取り出した。
それを俺達にも見えるように差し出してくる。
彼女の手にあるのは――どう見てもただの草の塊だった。
これがヌシの倒し方、なのか……?
どう見ても草の塊にしか見えないけれど。
「これはなんですか……?」「草の塊、に見えるが……」
「はい。これは防衛軍内で『草爆弾』と呼んでいるものです」
草爆弾。確かに彼女はそう呼んだ。この草の塊にしか見えない物体を。
もう一度言うが、彼女の手の平に乗っかっているのは草の塊だ。細長い線状の草を恐らくは炎樹の樹の葉っぱで丸く包み、それを何かの蔓で縛っているだけの物。
これが爆弾? これもダンジョンの不思議という事だろうか。
「草爆弾? 見た目の割りに偉く物騒な名前してるなぁ」
「これがヌシを倒すのに必要が道具なんですか?」
「その通りです。これは炎樹の森から材料を集めて作りました」
そう口にする古川さんは何処となく誇らしげだ。
「いつの間にそんな事してたんだ嬢ちゃん」
「お二人が水筒草を取りに行ってる間に、ですね」
俺達が離れてる僅か3~40分程度の間にそんな事までしていたのか。
それ、古川さんは相当忙しなく動いていたんじゃないか? だってあの時間は彼女が水浴びをする為の時間でもあったんだから。時間、足りなくない?
「いいですか、お二人共。この草爆弾は名前の通り爆弾です。この球を形作っている蔓を解き、一定量以上の水分に触れさせると爆発する仕組みになっています。これを口の中に放り込んで爆発させれば、ヌシ――サラマンダーを倒す事が出来ます」
「それ、俺達が持っている最中に爆発……なんて事になったりしませんか?」
例えば蔓を外した途端ドカーン! ……とか。
十分有り得そうで怖いんだけど。
確か人間って身体の半分以上が水分で出来てるはずだろ?
「問題ありません。この蔓には爆発を抑制する効果があって、この蔓が付いている限りはどれだけ水に晒しても一切爆発しない事が分かっていますから。それに、人体の水程度でも爆発はしません。防衛軍で一通り確認してますので安心してください」
「なるほどなぁ。簡単な割にはよく出来てる。よく思い付くもんだ」
草爆弾を一通り眺め、獅子島さん感心したようにうんうんと頷いた。
そして古川さんから草爆弾を受け取ると、何故か俺に差し出してきた。
……ほわい? どうして俺はこれを差し出されたんだろうか?
「坊主。お前さんが奴の口に爆弾を投げ込め。オレが囮をやる」
「えっ、いいんですか? 戦局を左右する重要な役目なのに」
「オレ達三人の中で一番動けるのは、間違いなく坊主だからな。なら坊主にこいつを託すのが一番勝率が高い。それにな……オレはお前さんを信頼してるからよ」
「そうですね。私も異存有りません。雨竜さんならやってくれるでしょう」
獅子島さんと古川さん。二人は揃って俺への信頼を口にしてくれた。
……この信頼は裏切れないな。裏切る事なんて出来ない。
「獅子島さん、古川さん……! ……分かりました。そういう事なら俺が責任持ってあのオオサンショウウオの口に草爆弾を投げ込みます。期待していてください」
「そら、こっち見ろデカブツ! オレが相手してやろうじゃねえか!」
作戦開始。大声を出しながら獅子島さんが森から飛び出していった。
ヌシの注意を引く為、大仰な身振りで存在感を示している。
『――――――――――ッッッ!!!!!』
そして目論見通り、ヌシは獅子島さんに狙いを定めたようだった。
爪を振るい、噛み付こうともしてしているが、どちらも失敗している。
……よし。獅子島さんが頑張っているんだ。
俺も負けずに頑張らないとな。
「ヌシは予定通り獅子島さんの方に行ったか……。じゃあ俺も、この草爆弾を奴の口に放り込んできます。古川さんは狙われないよう、ここで待っていてください」
「はい、雨竜さん。どうかお気を付けて」
「安心してください、必ず成功させてみせますから!」
古川さんに見送られながら、俺も森の樹々の間から飛び出した。
獅子島さんが注意を惹き付けてくれているお陰で、ヌシはこっちを見ていない。今のうちに背後に周り込めば、容易にヌシに接近する事が出来そうだった。
「わははっ! どうしたどうした、図体の割りに攻撃が大した事ねえぞデカブツ!」
『―――――ッ!!! ――――――――――ッッッ!!!!!』
「わははっ! 図星を突かれて怒ったか!? 随分と余裕がないな! ええ!?」
一方獅子島さんは更に視野を狭める為か、ヌシに対して挑発を繰り返していた。
ヌシはそれに激怒して乱暴に攻撃を行っているが――スカッ、と。獅子島さんにギリギリで躱される所為で一撃も当てられていない。それで更に怒りを増している。
「うわ、すっげ。獅子島さんめちゃくちゃヌシを挑発してるじゃないか」
あの人もそこまで余裕がある訳じゃないだろうに、凄いな。
俺も負けてはいられないな。彼の為にも早めに終わらせないと。
「ふぅ。頼むからあんまり暴れてくれるなよ? ……うわ、ねちゃっとしてる」
そしてヌシのすぐ傍に到着した俺は、そのままヌシの身体を登り始める。
ヌシの身体はやたらネトネトしていて、正直気分のいいものじゃなかった。多分、そういう粘液のようなものを身体から出しているんだろう。
滑りやすく、ヌシ自体が頻繁に動く事もあって、とても登り辛かった。
「う、うぉおおおおおっ!? ――っまずいッ!!!」
それでも踏ん張って身体の上部に着いた訳だが――直後。
ヌシが大きく動いた。一気に十メートル近い距離を。
移動による影響でヌシの上から転げ落ちそうになった俺は――咄嗟に、鉈を近くの物……ヌメヌメの身体に突き刺す事で耐え凌いだ。かなりギリギリではあったが。
しかし当然、そんな事をすればヌシに気付かれる事になる。
俺が自分のミスを理解したのは、手遅れになった後だった。
『――――――――――ッッッ!?!?!?!?!?』
「くっ……!? 暴れるな、暴れるんじゃ……ないッ!!!」
大暴動に大騒動。ひたすら暴れまくるヌシの上でただ耐え忍ぶ。
くそっ……! 掴みづらい身体しやがって!!
「――坊主、大丈夫か!?」「雨竜さん!?」
「大丈夫です、問題ありません! 心配しないで!」
そんな俺を心配して獅子島さんと古川さんが声を掛けてきた。
けれど俺は大丈夫です、と二人を安心させるように頷いた。
実際、まったく動けないというほどではなかった。
ヌシが暴れ回る所為で動きづらくはあったけれど。
「お前もいい加減暴れすぎだ。これで大人しく――しろ!」
俺は暴れ回るヌシの頭の上になんとか移動し――
――そして、蔓を解いた草爆弾を口の中に放り込んだ。
ははは! やってやった! 俺はやってやったぞ!
達成感に満たされ、ヌシの頭の上ではしゃぐ。
だが戦場で油断して無事で済むはずもなく。
次の瞬間。異物を呑んだヌシが激しく頭を振り回した。
「ぐっ、――うわ!? がはっ!」
手を放していた為バランスが取れず、容易くヌシの上から振り落とされた。
勢いよく地面に叩き付けられる。――強い衝撃が俺を襲う。
ぐぅ……っ! あんの野郎、容赦なく振り落としやがって!
ちょっとは上に乗ってる人の事も考えろってんだ、まったく!
「坊主っ!?」「雨竜さん!」
「俺は大丈夫です。それより……やってやりました」
獅子島さんと古川さんが急いで駆け寄ってくる。
俺はそんな二人にグッ、とサムズアップをした。
そして数秒後――凄まじい爆発音が鳴り響く。
見れば、ヌシの口から煙が上がっていた。
『――――――――――ッッッ!?!?!?!?!?』
悲鳴。断末魔。そうとしか言えない悲痛な鳴き声が響き渡る。
しかし……5秒もしない内に、鳴き声は止まった。
轟音を立てながらヌシの身体が崩れ落ちる。
一分近く待っても、起き上がる気配がない。
どうやら湖のヌシ――サラマンダーを完全に討伐したようだった。
「討伐完了、ですね。……お疲れ様でした」
ふぅ。一息吐いて気を抜く。身体が今にも崩れ落ちそうだった。
……あぁ。中々大変だった。よく頑張ったよ、俺。
「よくやった坊主!」「おめでとうございます雨竜さん」
「あはは、ありがとうございます二人とも」
バシバシ背中を叩きながら褒めてくる獅子島さん。
それとは対照的に、静かに祝ってくる古川さん。
そんな二人からの称賛を、俺は笑顔で受け入れた。
うん。この人達が褒めてくれるなら、頑張った甲斐もあったな!
「さて。では私は少し失礼して……」
戦闘終了後。そう言って古川さんが何故かヌシの亡骸の下へ歩いていく。
う、うぅん? どうして今更ヌシの方に行こうとするんだろう?
「何処に行くんだ嬢ちゃん?」
「……古川さん? どうかしたんですか?」
首を傾げて尋ねる獅子島さん。
俺も彼女の名前を呼び尋ねる。
しかし彼女の返答によって度肝抜かれる事になった。
「ヌシは美味しいですから。解体しようかと思いまして」
「か、解体? 美味しい? え、何を言ってるんですか?」
「ま、まさか食べるつもりのか? そいつを?」
聞き間違いだろうか、と俺は自身の頬を抓って確認してみる。
痛い。……という事は彼女の言葉は幻覚じゃないのか!?
まさか本当に食べるつもりでいるのか古川さん!?
オオサンショウウオだぞ!? オオサンショウウオ!
その辺のチンケな珍味とは訳が違うだろう、詳しくは知らないけど!
というかそもそもモンスターって食べられるものなのか!?
「はい。せっかくの食糧ですからね。無駄には出来ません」
「そ、そうなのか……」「美味しいんですか、オオサンショウウオ……」
笑顔でそう言う古川さんに、俺と獅子島さんは何も言えなかった。
う、うん。もう好きにしたらいいんじゃないかな……?
どうせ今の俺たちに食料が足りていないのは事実な訳だしね?
オオサンショウウオくらいきっと食べられるさ。きっとな。
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