ドラキュラ
ぽんぽん丸
ドラキュラ
私がドラキュラになろうした原因は生来の睡眠の問題からである。
小学生の頃にはもう訳もなく深夜まで起きていた。小さい時分に真っ暗な部屋を一人で抜け出すことは出来なかった。安心な我が家を夜闇に奪われてただ怯えて睡魔がやってくるのを待って過ごした。
私のヒーローは朝の戦隊モノでもライダーでもない。彼らは暗闇から救ってくれなかった。1人で耐えた気怠い朝になってやっと明るい言葉を投げてくる。私には受け取り方がわからなかった。
中学生になる頃には親に隠れてテレビを見て過ごすようになった。深夜番組は私にはまだ早い大人な笑いを教えてくれた。草彅剛とユースケサンタマリアが、タカアンドトシが、オードリーが私を救って夜闇を照らした。
当然に私の学生生活は散々なものだった。寝不足でない日はなかった。例え私に学問の才能があるとしても無意味であることは明白である。目の下に消えない隈をこしらえた秀才はいない。まして日の下で体育なんて。何をしても私が能力を発揮することはなかった。
いつも眠そうな奴が口を開けば繰った笑いを下手くそにやろうとするのだから友達もいない。私は深夜番組に救われながら、世の中から疎遠になっていったのだった。
大人になった私に真っ当な仕事はなかった。だが大金を稼げるようなきちんとした夜の仕事をする度胸も能力もない。
定職に就かずに夜間のコンビニバイトや単発の工場作業、深夜清掃の仕事が私の生業になる。
30歳になろうとしたころ母親の電話に出た。近況を知らせて楽しくやっていると伝えた。母はこう言った。
「お父さんと私が身を削って育てた子どもはまともな人間にならないってこと?朝起きられないからなんて理由でまた明日も深夜のコンビニで働くんだ。大学まで行かせたのにね。人間らしい暮らししないんだ。お日さまにあったたらいけないのかしら?夜中に私達の苗字の名札を付けて誰にも名前を呼ばれずに暮らすんだ。私は外で元気に暮らす息子を育てたはずなのに。ドラキュラでも拾って育てちゃったのかな。だから隠れて暮らすのかな。にんにく食べさせてごめんね。お昼に遊園地に連れ出してごめんね。楽しくなかったよね。でもお母さん知らなかったから。」
私の人生は楽しかった。生きていて幸せだった。大人になると友達を作る必要はない。深夜番組やラジオを聴けばいつでも子供の頃のヒーローに会える。1人は快適で幸せ。その日まで。
私はそれから眠れなくなった。もうずっと眠れなくなった。夜や昼も関係なかった。ずっと。
そんなだから仕事は出来ない。学生生活の昼間のような不健康さが、大人の私の夜の暮らしにもやってきてしまった。
ポストはすぐ赤い封筒でいっぱいになった。遮光カーテンに守られて録画した深夜番組を眠らず見る。賃貸の管理会社の人がドアを叩く。初めは怒って家賃の催促したのに、怒鳴りながら私の顔を見て、穏やかに生活保護をすすめてくれた。
私はドラキュラになることにした。夜闇に紛れて人の血を吸ってみることに。
試してみたがコウモリになって飛び回ることは出来なかった。歩き回って背後から忍び寄り腕を首に回して捕獲することにする。
なかなかちょうどよい人は見つからない。私は1週間夜の町を歩き回って探した。
深夜2時、ブルーライトの街灯が私を照らす。黄色人種の不健康な肌に青いライトが当たるとより不健康に白くなる。両手を妖しく広げてみた。半袖のTシャツから伸びた腕が自分のものでないように綺麗に思えた。私は腕を振り上げブルーライトの街灯へと伸ばして眺める。私は初めて何かに照らされた。半袖Tシャツのドラキュラは幸せだった。
ようやくターゲットを見つけた。暴れるし歯が尖ってはいないから布地越しにはきちんと刺さらない。でもわずかに血の味を感じたと思う。がそれどころではなくてあまり憶えていない。
力加減がわからなくて目一杯に腕を締めた。齧りついた時までは悲鳴をあげたが、彼の力が静かに抜けてしまって私は怖くなった。首をほどいて脇の下に腕を差し込んで道の端の自販機のところまでなんとか引きずる。座らせもたれかけさせる。
自販機の光が私達を照らした。彼の肩に刻んだ私の歯型を衣服に滲んだ血染みで確認できる。ぐったりした彼の青白い顔も照らした。もういよいよだと感じた。私は彼の肩に手をかけておいおいと声をかけながら揺らした。
両肩を強く握ったからきっと彼は痛かったのだろう。「痛」と言って起きた。
彼は私の顔を目を丸くしてまじまじ見た。みるみる血色が戻って、それから大声をあげて飛び上がる。怪物でも見つけたみたいに駆けていった。
私はいよいよ怪物になった。同時に人間らしく不安になった。
録画したマツコ・デラックスの話を聞かなければならないのに、家に帰れば警察官がいて私を捕まえるだろうから帰れない。
もう朝が近くに来ている。でも町を歩く。せっかくだから人間として最後に行きたい場所を考えてみた。
朝日に照らされた満員の電車は人間の匂いがする。ようやく到着してからも人間の間を押しつぶされながら歩く。駅から出てしまうと強烈な太陽が直接私を焼いた。自宅の遮光カーテンが懐かしい。
燃えて消し炭になる前に私は歩みを進める。テレビ局の建物は思っていた何倍も大きい。
私のヒーローも想像の何倍も大きくプリントされている。今季からお昼の帯のMCになった。深夜の頃とは違う満ちた笑顔に朝の日差しがよく似合っている。
ドラキュラはいよいよ1人になって泣いた。
ドラキュラ ぽんぽん丸 @mukuponpon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます