宝箱
亥之子餅。
宝箱
交番勤務の高原は、不満を溢しながら懐中電灯を左右に振った。
「はぁ……こんな平和な街なのに、なんで毎日見回りしなきゃいけないんですかね」
「阿保か。無駄な文句垂れるな」
上司の赤城が𠮟る。警察官になって間もない高原は、二十五年勤めの赤城の叱責に黙るしかなかった。
すると、ふと赤城が問いかける。
「高原、お前はなんで警察官の道を選んだ」
「あぇ?」
急に質問を投げられて、思わず変な声が出る。
「僕は……んーまあ、誰かの役に立てるかなぁと思って」
「……誰かのねぇ」
「すみませんねぇ、ぼんやり生きてて」
「そういう先輩はどうなんですか? 警察官になった理由」
不服そうな高原が問いかける。
「こんなルーティンワークなら、警察官じゃなくたってできるじゃないですか。先輩は今の仕事をどう思ってるんです?」
「…………」
赤城はしばしの間考えていたが、不意に歩みを止め、眼を閉じて呟いた。
「仕事のあと、少し付き合え」
***
赤城の運転する車は、やがて彼の住むマンションで停車した。何も言わず、赤城はシートベルトを外して車を降りる。高原も慌てて続いた。
赤城は高原を待つ様子はなく、コツコツと灰色のコンクリートの階段を上っていく。
「なんでまた自宅まで?」
追いついた高原が訊く。だが赤城は平然として突っぱねた。
「別に、部屋には上げねえよ」
「え? じゃあなんで……」
疑問はあれど、とりあえずついていく。
着いた先は、屋上だった。
取り囲む柵に手を置いて、二人は周囲を見渡した。
そこに広がっていたのは、宵闇にキラキラと煌めく街の灯り。
行き交う車のハザードランプと、家の窓から漏れる暮らしの光。
四角い街のなかに詰め込まれた人々の輝き。
ああ、まるで――――。
高原が声に出すより先に、赤城が独り言のように呟いた。
「警官の代わりならいくらでもいる」
言いながら、赤城は背中のリュックを前にしてごそごそと漁った。そして、取り出したものを高原の目前に差し出した。
それは高原が飲んでいる、甘い缶のコーラだった。
「だが、お前の代わりはどこにもいない」
そしてもう一本の缶を自分で空けながら、一際優しい声で呟いた。
「お前だけの『守る理由』を持て」
コーラを不味そうに呷る赤城を横目に、高原は持ち上がる口角を抑えられなかった。
<了>
宝箱 亥之子餅。 @ockeys_monologues
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