目が覚めると、灰色の天井が広がっていた。寝転がっていることがわかり、立ち上がろうとすると腕で体を支えることができない。ぼやけた視界で腕を見ると、付け根からなくなっていた。肩がうねうねと動くだけだった。痛みはない。切り口は少し盛り上がりを見せているが綺麗だった。

 背後には巨大な“9”の文字が聳えている。玄瀬は自分が時計になったことを理解した。首を持ち上げると自分の股間の奥に全裸の美奈穂が見えた。初めて見る茂みに、玄瀬の下半身はおもむろに立ち始め、視界を阻んだ。何とか落ち着かせようと違うことを考えるが下半身はなかなか静まらない。

 右側からすすり泣きと笑い声が聞こえてきた。両腕を切断された大鳥が秒針と化して一秒ずつ玄瀬に向かってくる。ぶつかると思い顔をそむけたが大鳥は玄瀬の背中を通過していった。

 あと三十秒もすれば大鳥と美奈穂は再会してしまう。血の巡りが活発になった下半身がもう一回り固さを増した。濁った色の感情が身体の奥に渦を巻き始める。高校生のときに味わったものと一緒だ。でも、大鳥が美奈穂に近づけるのはほんの数秒だけ。俺は重なるときにたっぷりと美奈穂を愛することができる。そう理解はしているのだが、会える回数が多い大鳥が羨ましい。

 二人を視界に入れないように顔の位置を戻すと天井の真ん中がゆっくりと左右に開き、玄瀬たちを見下ろす人影が見えた。黒いシルエットは岡崎に違いなかった。どうやらこの人間時計は床に置いた状態であり、上から見下ろして確認するものだとわかった。最も人間時計は実用的なものではなくあくまで芸術作品なのだろう。

 玄瀬は笑みがこぼれた。もう少し我慢すれば美奈穂と重なることができる。もうSNSを見て手の届かない美奈穂のことを思う必要が無いのだ。

「美奈穂、愛してる」

 玄瀬は呟いた。美奈穂の返事はない。もう一度大きく呟くと、再び笑みがこぼれた。これを言える日をずっと待っていたのだ。玄瀬は再度股間越しに美奈穂を覗き込んだ。大鳥はすでに美奈穂を離れ、再び玄瀬へと向かっている。美奈穂の足の指先がわずかに動いた。

「かわいいな」

 玄瀬はまた下半身を固くして、美奈穂と重なったときにどんな手順で愛するかを考え始めた。


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人間時計 佐々井 サイジ @sasaisaiji

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