旅立ち……旅立つよね?
『出られたよ』
努めてなんでもないように、パティアに声をかけた。
「レイさん!出られたんですね!おめでとうございます!……何か叫んでませんでした?」
『ん?ああ、ちょっと興奮しちゃっただけ。気にしないで』
なんで叫んだかなんて分かってもらえるわけがないし、言えない。まあ、もっと仲良くなれたら話そうかな。
『でもこれで確定。私は街じゃなくパティアに縛られた幽霊になった、ってね。街からは出られたけど、やっぱりあなたからは離れられなかったから』
「そうでしたかー。完全に自由ではないんですね」
しょげるパティアに、門番が不審の目を向ける。おかしな独り言を言いながら百面相するエルフがいたら、そりゃ怪しむ。
『と、とりあえず出ようよ!』
「はい!」
門を出て少し歩き、パティアは街を振り返った。私も街を見た。
街は変わらず、そこにあった。私とパティア、二人で守った退屈な日常と共に。
「さようなら」
『さよなら……』
別れを告げたパティアは街に背を向け、ずだ袋を背負い直す。そして振り返らずに歩き出した。
『で、これからどうするの?てかそもそもなんの目的で旅してるの?』
「うーん、悪い人とか魔物とかをやっつける旅です!」
世直し旅!?どこぞの御老公みたいだ。……あの人、なんて名前だったっけ?
「でも今後は、レイさんが自由になる方法を探したいですね!」
『いや、そんな気にしなくてもいいけど……結果的には街から出られたし』
「いえ、元はと言えば私の未熟さが招いたことですし!責任は取らないと!」
まあ、それもそうと言えばそうだけど……
『でも取り憑いた霊を剥がす方法なんて私も知らないよ。なにかあてがあるの?』
「うーんと……無いです!」
無いのかい。
『じゃあついででいいよ。あなたのその世直し旅のさ。私は憑いてくだけだし、せっかく二百年ぶりに外出られたんだから色々見て回りたいし』
「なるほど〜、分かりました!」
内心ウキウキなのを隠して、さもなんでもないように言ってしまう。だってそんなあからさまにはしゃぐような歳でもないし。身体は十歳だけど。
や〜でも正直、楽しみだな〜。今まで本でしか見たこと無い所に行けるなんて夢みたい!どこに行こう?パティアに頼めばどこでも行けちゃう!迷っちゃうなあ!
ルンルン気分の私を引き連れながら、パティアが街道とは別方向を指差した。
「じゃあ、まずは山に行きましょう!」
『山?山に何しに行くの?』
嫌な予感がした。
「なにって、修行ですよ!修行!」
『えっ!?』
「今回の件で私もまだまだ未熟だと痛感しました!それにレイさんも私の魔法は洗練させなきゃ、練習あるのみって言ってましたよね」
『ええ!?私そんなこと言って……』
宿での一幕が脳裏をよぎる。
『使えてないよ。ただ魔力を垂れ流してるだけ。弱くてももっと洗練させなきゃ。練習あるのみ!』
『言ってたわ……』
「でしょう?だから山に行って拳と魔法の修行です!これからずっと一緒なんですし、レイさんも頑張りましょう!」
『待ってそんな……』
悠長な、と言おうとして気が付く。私もパティアも、しなきゃいけないことは何も無い。時間に追われてもいない。それに、パティアは長命種。私は幽霊。まさか……
『や、山籠りって、何日くらい?』
頼む頼む頼む!一生のお願いです!単位が“日”であってください!
「うーん、二十年くらいは欲しいですね!」
『に、にじゅうねん……!』
出所した直後に実刑判決を言い渡された気分……。
二十年て。二十年て!
エルフの感覚では二年くらいのつもりなんだろうけど!いやそれでも長いけど!こちとら寿命がなくても時間感覚は人間のそれなのに!
『せ、せめて半年くらいにならないかな……?』
「とんでもない!私が気を使いこなせるようになるまで何十年とかかったんですよ!?短いくらいです!」
『いやでも……じゃあ一年!魔法なら私が教えられるでしょ?一年でなんとか!』
「うーん……それでもちょっと。あ!じゃあ間を取って十年でどうですか?最初の半分ですよ」
『うん?半分……半分ねぇ……』
五割引に惑わされたのが、私の命運を分けた。
「はい!いいですね!十年で!」
待てい!
『……いやいやいや良くないって!十年も長いよ!詐欺師のやり方!』
「修っ行!修っ行!」
パティアは目をキラキラさせて腕を振り上げている。ダメだコイツ、聞いてない……まさか、パティアって……
『し、修行バカ……!?』
「レイさん、行きますよ!楽しい修行の始まりです!強くなりましょう!」
ああ!パティアが山の方に!ひ、引っ張られる!抵抗できない!
『待って!準備!準備があるでしょ!?食料とか!』
「準備はもうできてます!山の修行は自給自足が基本ですよ!必要なものは最低限の道具と……」
『道具と?』
……何?
「生き抜く覚悟です!」
ない!覚悟準備できてないよ!生きてもないよ!
『イヤーっ!せめて!せめて本を!本を読ませてーっ!』
「山籠もりには不要です!さあ、行きましょう!拳と魔法の冒険が待ってます!」
冒険じゃないでしょ!?……ああ、街が!私の街が遠ざかっていく!あああ、読みかけの本が!退屈で素敵な日々がーっ!
『たすけてーっ!』
抵抗すらできず、修行バカのエルフに引き摺られて行く私。自由を先送りされた幽霊の断末魔は、青く広い空にただ吸い込まれていくのみだった。
■
その後……。
山籠りした私とパティアは狩猟採集生活の中で鍛錬を重ね、魔物と戦い続けた。そして数年かけて、独自の戦闘法を編み出すに至る。
魔法拳――
それは実戦格闘技と魔法を組み合わせた、まったく新しい近接戦闘術……
魔法拳を会得した私たちは山を降り、行く先々で色んな出会いと戦いを経験する。
でもそれは、また別のお話。
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マジカルフィスト! 〜チート転生した最強魔力の地縛霊が武闘家エルフに取り憑いたら〜 暮寝イド @gureneidou
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