エピローグ

祈り

 小さい頃の私は、孤独だった。父も母も、研究に明け暮れる日々。私は世話役として与えられたアンドロイドと、ただ時間を浪費していた。

「どうしたらお父さんとお母さんは私を見てくれるとおもう?」

 子供ながらの漠然とした問いに、アンドロイドに搭載されたAIはどう計算したのか、

「沢山お勉強をして、褒めてもらおう!」

 と言った。

 私には答えが導き出せなかったから、その答えに従うことにしてみた。沢山勉強をして、本を読んで、学年トップの成績を維持した。やがて全国模試でも好成績をとり、父や、母と同じ宇宙事業への道を志すようになった。

 褒められたい、という感情はとうに消え、両親と肩を並べて歩きたいと、そう切望していた。

 高校を卒業して、月面都市にある研究室に通うようになったころ、父と母の訃報を知った。木星軌道上の惑星探査に赴いた父と母の乗った調査船が、ウイルスによってほぼ壊滅したというニュースはたちまち世界を震撼させ、同時に私の心を蝕んだ。生還者は二名。一縷いちるの望みを託して待ち望んだ速報は、言うまでもない。

 全てが無駄だったと、パソコンに表示された彫心鏤骨ちょうしんるこつの論文を消して、惑星に関する情報を集めた。同時に、宇宙にある資源を搾取しようと躍起になる人々の醜い欲を、おぞましい傲慢さを知った。私の両親はこの欲望に殺されたのだ。こんな産業は廃れたほうが良い。人間は、生まれ育った地球という星を大事にして、親と子が一緒に愛し合って暮らすべきなのだ。

 私の意志には関係なく、宇宙産業はどんどん加速していく。そんなとき、スペースデブリが問題になっているということが発表された。

 これだ、と思った。

 デブリが増えれば、宇宙産業は廃れるとまではいかないだろうが、必ず円滑には進まなくなるだろう。それだというのに、スペースデブリ課が始動したという噂を聞いたときは、頭を抱えたものだ。だが同時に、懐に潜り込むチャンスだと、好機に捉えた。

 スペースデブリ課として活動するさなか、ふとデブリボックスに関する資料に触れる機会があった。かつての記事を読み返していると、一つの疑問が浮かんでくる。

 調査船はほぼ壊滅。生き残りは二名。その二名は誰なのか、どこで何をしているのか。スペースコロニーの総務課のセキュリティは強固だったが、乗組員の名簿までは難なく辿り着いた。どちらもまだ若い月面人ルナリアンだった。調査船に月面人が二人もいるのはどちらかといえば珍しい。他のみんながデブリボックスではなく、木星探査に注目するなか、私は揣摩臆測しまおくそくで月面人の二人を調べた。データベースに潜りそのログを見たとき、鳥肌が立った。そのデータは改竄されていたのだ。彼らは月面人でもなんでもない、ただの地球人だった。

 私に与えられた使命というものが、明確に分かった瞬間でもあり、今日こんにちに至るまでの復讐の発端ともいえる。

 不意に、椅子にしていたものが動いた。座り心地の悪さを覚えて立ち上がる。椅子を蹴飛ばすと、それは呻き声をあげてこちらを見上げた。

「ようやく、お目覚めね」

 私の問いに男は答えない。いや、答えられない。口元に貼られたガムテープのせいだ。私は遠慮なく、ガムテープを引きはがす。

「き、きさま! なにをするんだ!」

「それはこっちの台詞よ。仕事をしくじって、一体どこへ逃げようっていうわけ?」

「仕事って……そうか、お前がベスタか」

「もうその名前は捨てたのよ」

 舌なめずりして答えると、男は後ずさった。手足がロープで縛られているせいで、まるで芋虫のようだ。

「俺を、消すつもりだな」

「消すだなんてもったいない、もっといい使い道があるわよ」

 男は一瞬ほっとしたような表情を見せたが、辺りをきょろきょろと見渡して何とかこの場から逃れようとしている。いい歳した男が、こうも慌てていると面白おかしい。

「あなたは全くもって私の期待に応えられなかった。ウフルも、オリオン司祭も捕まったわ。アンドロイドたちだって一年にたった一度、人事異動のタイミングでしか不正に集められなかったのに、全てが水泡に帰したわ」

「ちっ、次は上手くやるさ。だからこのロープを解いてくれ」

「次はないのよ、

 積み上げてきたものを壊された喪失感で、思わず冷たく言い放つとジオテールは寒いわけでもないだろうに、ぶるぶると震えだした。

 私は反デブリ派の犯罪組織の一人としてスペースデブリ課に配属となり、影からその活動を妨害した。時には何も起こらず、時には英雄リモンチクの機転によって躱され、数多くの裏工作が不発に終わった。だが唯一、致命傷といえる策が2204の悲劇だろう。懇意にしているアカデミーのメインコンピューターを使わざるを得なかったが、カタログデブリのデータ改竄は奏功して事故を誘発した。結果としてスペースデブリ課のプロジェクトは凍結し、私の望む宇宙産業停滞の濫觴らんしょうとなった。

 だが野望のためとはいえ、自分のしたことによって人が死ぬというのは寝覚めが悪い。ならば自分ではなく、他人を利用してうまく立ち回ればいい。だが、折角積み上げた人材を、ジオテールのミスによって失った。

「俺をどうするつもりだ! 金ならある、いくら欲しいんだ」

「あなた以外にも駒はいるのよ」

「くそ、ここはどこだ!? 俺は地球に逃げるんだ!」

「ここはスプートニクの中よ。あなたはこの広い宇宙のデブリになってもらうの」

 にっこりと微笑むと、ジオテールは蒼白になり、凍り付いたように動かなくなった。

「ジオテール、あなたがアンドロイドの機能を過小評価しなければ、デブリボックスに落ちたスリーズは死んでいたでしょう。そうすれば反デブリ派の非難が澎湃ほうはいと宇宙に広がり、デブリ課は失墜したというのに」

「あれは、仕方がなかった! それに、どちらにせよウイルスに感染して死ぬと思ったんだ」

「ふふっ」

 確かにスリーズが生還したのは青天の霹靂へきれきだったが、思わず冷笑が零れる。

「何が可笑しい!」

「な……そんな馬鹿な」

 探査船の生還者はただの地球人だった。しかし、月面人であったため感染しなかったという虚偽のレポートが提出されている。わざわざそうまでしてウイルスによって壊滅したということにすることに意味があるのだ。考えられることは、二つある。一つは、デブリボックスでの採集は不可能、あるいは難航すると思わせて人々の意識を木星探査へと移すこと。もう一つはデブリボックスにある資源を独占するために作った法螺話ほらばなし

 私はその両方だと考えていたが、カグヤが回収してきたベルカの視覚映像には、荒廃した土地と淀んだ水、そして今まで捨てられてきたデブリの残骸しか見当たらなかった。それを加味して採掘道具も脱出ポッドに積むよう指示はしていたが結局それをベルカとストレルカは使用しなかったので、まだ全てを調べつくしたとは言い難い。だがあの様子では、資源という資源もなさそうに思える。

 資源は取りつくされたのか、あるいはもっと他の何かがあるのか。結局今回の一件で何も掴むことができなかった。

 私は再びジオテールを蹴り飛ばして行き場のない憤りをぶつける。呻き声を上げながら前進していくのを見届けて、扉を閉めた。振り返ったジオテールが辺りを観察して悲鳴を上げた。そこがエアロックだと気づいたのだろう。エアロックの開閉操作もこちらから可能だ。

「くそ! だせ、出してくれ!」

 もう特に話すことはない。

 モニタールームに戻って重たい眼鏡を持ち上げる。ハッチが映し出されたモニターを見ると、ジオテールは鞠躬如きっきゅうじょとしてこうべを垂れている。いくら金を持っていたって、死んだら無意味だ。なんと滑稽な姿だろう。

 私は三つ編みを片手で弄びながら、ハッチを開ける。宇宙に新たなデブリがまた一つ、生み出された。

 今後も宇宙開発と並行してスペースデブリは増え続けていくだろう。数多の星々の資源を喰らい、デブリを撒き散らす様はまるで獰猛どうもうな獣だ。生まれ育った地球でさえ、いまや気候変動や大気汚染、海洋汚染と様々な問題を抱えている。人はいつになったら己の傲岸ごうがんな態度に気付くのだろう。私にとってはそれが、人類滅亡の序章ではないかと危惧している。

 欲をかいた人間が、おごりや矜持きょうじを捨て、ただ家族と笑って過ごせる日々が続くことを、ただただ願ってやまない。

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デブリ・ボックス 霧氷 こあ @coachanfly

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