第3話 初めての特訓
「ふーん。ここはとても良い場所かもしれないわ、バウバウ=バウ」
「バゥ?」
ひととおり周囲を見回り終えた私はワクワクとしながらバウバウ=バウに話しかける。
伯爵家の令嬢に相応しく無いテイマーという忌み職を授かったことで、追放されて来た、伯爵領内でも特に辺鄙なこの地。近くには魔石の廃坑山と、そこでかつて働いていた人々が少しだけ残っている寂れた小さな村落。
断片的とはいえ前世の記憶を思い出す前の普通の令嬢だった頃であれば絶望していたであろう場所だ。
しかし、今の私にとっては理想的だった。
近くには豊かな森と豊富な水源に支えられた川、それにほどほどの大きさの湖までもあったのだ。
何よりもフィールドの属性に富んでいるのが素晴らしい。
火と地の属性の廃坑山。
水の属性の湖と川。
水と風と地の属性の森。
「これはこの仔の育成がはかどるわー」
両手の指をワキワキさせながらバウバウ=バウをどの順番で鍛えようかと楽しく妄想する。ここが元のゲームの通りなら、テイムモンスターの育成はかなり奥が深いのだ。
──これは、腕がなるわ~。セーブとリセットが出来ないのは痛いけど。でも逆に考えれば緊張感があっていいかも?
「バウっ!」
当のバウバウ=バウが少し離れたところから吠えかけてくる。
そちらは私の新しい家のある方向だった。
「あ、そうね。結構時間が経つし、レーゼが心配してるかも。教えてくれてありがとう!
お礼に特訓メニューは少し手加減してあげるわね! 」
「バゥゥ……?」
不思議そうに鳴くバウバウ=バウを連れて、私は急いで家へと帰るのだった。
◆◇
「ただいまー」
「……」
「うわー。すごい、見違えるように綺麗っ」
「お掃除をする時間が沢山ありましたので」
「ああ、遅くなってしまってごめんなさい、レーゼ。この家の周りはとっても充実してたわ!」
「エルファネットお嬢様……」
「うん? なに?」
「いいえ、何でもございません。あの、今日のお夕食の食材が足りませんので、近くの村へ顔見せがてら行って参ります。留守をお願いできますか」
「わかったわ! バウバウ=バウとお留守番してるわね」
「バウ……? 何ですか」
「バウバウ=バウ。この仔に名前をつけたのよ」
「バウバウ!」
「あー、その、素敵な名前、ですね?」
「レーゼ、次に村に行くときは私も連れてってね」
「……わかりました。それでは行って参ります」
そうして出掛けていくレーゼ。なぜかとても慈しむような不思議な笑顔を私に向けてから出ていった。
「レーゼ、何か変だったね……」
「バウ?」
「ま、いいわ。レーゼが帰ってくるまでさっそく特訓を始めましょうか!」
「バウ!」
「家が見える範囲なら、外に出てても大丈夫よね」
そうして私は家から一番近くの木立の並ぶ場所までくる。
──よし。ちゃんと家は見えてる見えてる。これなら留守番してるのと一緒よね。
育成で一番大切なのは属性だった。
森は水と風と地の属性を帯びている。
特にライラプスへと進化させる予定のバウバウ=バウには、風の属性を帯びさせる必要があるのだ。
「さあ、バウバウ=バウ! 特訓よ!」
「バウ!」
私の掛け声とともに厳しい厳しい特訓が始まった。
「よっこいしょ」
仔犬のバウバウ=バウを抱っこすると、私は一番近くの樹に近づいていく。
「落ちないよう、しっかり掴まるのよ!」
そのまま、自分の頭の上にバウバウ=バウをのせると、木登りをしていく。
「スカートって、こういうとき邪魔よねー」
この体で木登りのするのは初めてだった。すぐに息が荒くなる。苦労しながらも、ようやく登ったてっぺんの枝へ。
「ふぅ、よいしょっと」
私は枝に腰掛けると、頭に乗っけていたバウバウ=バウを隣に下ろす。
枝に四足の脚で上手にバランスをとるバウバウ=バウ。
そこから眺める景色はなかなかのものだった。そのままその場に留まって、絶景を眺める私とバウバウ=バウ。
はた目には高い木の枝の上とはいえ、ただ、座っているだけに見えるだろう。
しかし、これがバウバウ=バウの特訓として正解なのだ。
ゲームの時、木登りというテイムモンスター用の特訓メニューがあった。
木登りは、筋力と風属性を向上させる特訓メニューなのだ。だがよく考えてみると、不思議なことに気がつく。
筋力が上がるのはわかるが、何故、風属性が上がるのか。
不思議に思ったとあるプレーヤーが、ゲームを解析したらしい。
するとどうやら、森の中の風の属性は、高い場所ほど属性濃度が濃く設定されていた。
そしてテイムモンスターが特訓している間に、木の高い場所に滞在していると、その時間に応じて風属性が上がっていくのだ。
そうやって、はた目には一見、のんびり景色を眺め続けるだけの時間が過ぎていく。
「ゲームに準拠してるなら、ガンガン風属性が上がっているはずなんだけど。何か感じる? バウバウ=バウ」
「バウ!」
試しに問いかけてみると、任してとばかりに返事をするバウバウ=バウ。
次の瞬間、バウバウ=バウが尻尾をくるりとひるがえす。
すると、つむじ風が巻きおこり、私の前髪を吹き上げる。
「わっ! すごいわ! バウバウ=バウ!」
「バウー」
ちょっと、どや顔気味のバウバウ=バウが可愛い。
「特訓は順調ね! でも上がり幅を数値で確認できないのはもどかしいわねー」
「え、エルファネットお嬢様っ! なんてところに!」
その時だった。私の名前を叫ぶレーゼの声がする。
「あ……これは不味いかも」
どうやら、レーゼが村から帰ってきたようだ。
「今、おりますー。さあ、バウバウ=バウ」
「バウー」
私がまた頭に乗せようとしたところで首を横に振るバウバウ=バウ。
そのまま尻尾を激しく振ると、バウバウ=バウは木を駆け降りていく。
「え、きゃっ」
「おお、さっそくつむじ風を使いこなしてる。なかなかやるわね」
巻き上がる風を巧みに姿勢制御と落下速度の減速に使って、楽々とバウバウ=バウはあっという間にレーゼのすぐそばの地面に降りたってしまった。
その勢いに、レーゼが可愛い悲鳴をあげる。
「お、お嬢様っ! これはいったい……」
「ごめんねー。大丈夫だからー。すぐ降りますー」
レーゼの驚きの声に応えると、私もえっちらおっちら木の幹に掴まって降り始めるのだった。
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