第7話 中ボス

「ああ、本当に出たわねー。この、初見殺しの中ボスモンスター!」


 信じたくは無かったが、それはこの廃坑がダンジョンと化し、主人公たちが訪れた時に現れるはずのモンスターだった。そう、シナリオ上では私──エルがテイムするも、操りきれずにエルを殺すことになるモンスター。


 ──あーあ。私、本当に主人公用のシナリオルートに乗っちゃってるよ。まあ、でも逆に考えれば、ここでこの中ボス倒しちゃえばいいんだもんね。私の死亡ルート、回避だよね、たぶん。


 そんなことを考えている間に、レーゼが飛び出す。


「お嬢様! お下がり下さい!」

「あっ、レーゼ、ダメよっ」


 走り出したレーゼに声をかけるも、その時には、レーゼは既に中ボスモンスターのすぐ近くにいた。


 私はレーゼに伝えていなかったことを後悔する。正体不明のモンスターが主人公シナリオ上の中ボスだと、思いたくなかったのだ。


 そんな私の後悔をよそに振るわれたレーゼのショートソード。それが、中ボスモンスターのプルンとした体にめり込んでいく。


「──えっ。ぬ、抜けないっ」

「すぐ離れて! レーゼ!」


 中ボスの正体はヒュージスライムだった。

 必死にショートソードを抜こうとしていたレーゼの腕が、プルンとその身を震わせ体を伸ばしたヒュージスライムに取り込まれてしまう。そのまま、レーゼの腕を上っていくヒュージスライムの体。


「な、何ですかこれ! き、気持ち悪い──」


 スライムはこの世界では非常に珍しいのだ。ゲームでは、ここのボスとしてしか登場しない。

 そしてスライムらしく、物理攻撃は無効だ。メインシナリオでも、主人公がテイムモンスターに属性攻撃をこのタイミングまでに覚えさせておかないと完全に詰むという初見殺しのボスだった。


 なので、レーゼが何も知らずに斬りかかってしまったのも仕方ない。


「バウバウ=バウ! ピチュピチュ! レーゼを!」


 私の掛け声にテイムモンスターの二体が動く。

 先制したのはピチュピチュだった。

 ヒュージスライムに半身まで取り込まれてしまったレーゼの直近まで、ひとっ飛びで近づくと、ばっと羽を広げる。


 次の瞬間、その羽にまとわりつくように炎が走る。その場で錐揉み回転をするピチュピチュ。羽にまとわれた炎が渦となりヒュージスライムへと襲いかかる。


 レーゼを取り込んだ部分を切り離すようにヒュージスライムの体を炎の渦が焼ききっていく。


 ──早速、火の属性を上げる特訓の効果が出たわね! 素晴らしい『火焔旋風』だわ。あ、『火焔旋風』を使えたってことは既にピチュピチュは『ヒクイドリ』に進化したのね


 どうやらゲームと違って進化のエフェクトが出ないようだ。現実は分かりにくい仕様してるわねーと思わずため息をつく。


 そうしているうちに、スライムの体液まみれになったレーゼが地面に倒れ込む。

 しかしまだヒュージスライムはその身を『火焔旋風』で削られたとはいえ、健在だった。


 再びその身をレーゼへと伸ばすヒュージスライム。レーゼを完全に取り込み、消化するつもりなのだろう。

 そうして失った自身の体を補填し、残った骨をスケルトンとして、こちらにけしかける。


 そんなヒュージスライムの目論見は当然うまくいくわけが無かった。


 倒れこんだレーゼの、直ぐそばを駆け抜ける一陣の風があった。それは全身に風をまとったバウバウ=バウ。


 ──あれは『疾風鎌鼬』! そっかー。バウバウ=バウも進化してたのねー


 そのまま、バウバウ=バウがヒュージスライムへと体当たりする。

 その効果は絶大だった。


 バウバウ=バウのまとう風に触れるそばから、まるでミキサーにかけられたかのように細切れに飛び散るヒュージスライムの体。


「あっ──」


 飛び散ったヒュージスライムの体液を、私は後ろに下がってかわす。

 しかし、レーゼはあいにく倒れこんだままだった。消耗しているようで立つのもままならない様子だ。


 そこへ襲いかかるヒュージスライムの飛び散る体液が、無事だったレーゼの体の残り半分に降りかかる。


 ──レーゼ……あとで拭いてあげるからね……


 全身べとべとになってしまったレーゼから視線をそらすとちょうどバウバウ=バウの『疾風鎌鼬』がヒュージスライムに止めを刺すところだった。


 ◆◇


 私はバウバウ=バウによって止めを刺されたヒュージスライムの残骸に近づいていく。


 ──もしこれが主人公ルートのシナリオ通りなら、「アレ」をドロップするはずよね。逆に、それさえ無かったらシナリオは進まないから主人公ルートに乗らないで済んでいることになるんだけど……


 そんなことを考えながら足元を見回す。キラリと光の反射が目にはいる。

 私はこっそりため息をつきながら拾う。


 それは鍵だった。手のひらにすっぽり収まるぐらいのサイズの鍵。メインシナリオで主人公が手にするはずのそれが、いま私の手にあった。

 この廃坑の奥に隠されたドアの鍵。その先には、ヒュージスライムを錬成した錬金術師の研究室があるのだ。そこで主人公はその錬金術師の悪巧みを知り、その野望を挫くために──というのがメインシナリオの始まりとなる。


「……お嬢様、それは?」


 そこへようやく起き上がったべたべたのレーゼが鍵を見つめる私に声をかけてくる。


「レーゼ、大変っ。いま拭いてあげますね」

「いえ、そんな。お手が汚れます……」


 身をくねくねさせて逃げようとするレーゼをがっちりと確保し、私は断固とした態度でレーゼの全身を拭きあげていく。

 しばらくべたべたとの攻防のすえ、なんとか見れる姿になるレーゼ。


「ふう、なかなかの強敵でしたー」

「……お、お嬢様──」

「あ、で、この鍵ね。まあ、言うなれば私の新しい運命、みたいなものね」


 そう告げる私を不思議そうに見つめるレーゼ。バウバウ=バウとピチュピチュもそんな私とレーゼのところへと近寄ってくる。


「バウバウ=バウとピチュピチュもご苦労様! とっても素晴らしい活躍だったわ!」


 私は労りながら二匹を撫でてあげる。


 ──まあ、このまま主人公ルートに乗っちゃうのもありよね。私がこれを手にしてるってことは本物の主人公が現れない可能性が高いし。何より、放っておくとめんどくさいことになるしね。ま、皆がいてくれたら、きっとメインシナリオも、楽勝でしょ。


 そう楽天的に考えて、私はモブ悪役ルートから主人公ルートに乗り換えを決めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪役モブテイマーは超ポジティブ~ザコモンスター達を神獣に超育成してたら破滅シナリオ回避楽勝!あれ、主人公ルート入りしたみたい? 御手々ぽんた@辺境の錬金術師コミック発売 @ponpontaa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ