第2話 名付けバグ
あの激しい頭痛はどうやら、前世の記憶を思い出すために引き起こされた物のようだった。
あのまま、痛みに身を任せていたら、たぶん今の私の意識は完全に消えていただろう。それが不思議と直感的に理解できる。
しかし私が抵抗したからか、幸いなことにそんな事態にはならずにすんだ。その代わり、思い出せた記憶は断片的なものばかりだった。
──それでも、その断片的な記憶でわかったことも、沢山あるわ。まさかこの私がゲーム風異世界へ転生をするはめになるとはね……
「しかも、悪役モブテイマーのエルか~」
「バウ?」
「──あ、さっきはありがとね! おかげで助かったわ」
私はお礼にハウンドドックの仔をわしわしと撫でてあげる。前世の世界の犬に比べると、かなりの剛毛な感触だ。
そのまま撫でながら、私は断片的な記憶を確認していく。
──前世の名前とか、何してた人とかは思い出せず、と。この世界の元っぽいゲームも、名前はダメ。エルについては……。確か主人公たちが、最初に訪れる坑山ダンジョンに出てくるボスモンスターをテイムしていた、テイマーだっけ。
断片的な記憶を繋げ、私は少しづつ知識を手繰り寄せてくる。
──なるほど、エルがゲームで出るのは名前だけね。主人公たちが廃坑山ダンジョンに来たときには、すでにボスモンスターに殺されていると。追放されて闇落ちして、廃坑山をダンジョン化させるも、結局自分のテイムモンスターに殺されてた悪役モブテイマー、エル。
ゲームシナリオ通りならまあ、私の未来はどうにも冴えないものになる。
「……うーん。私ってモブ過ぎて、なんだか情報、少なめねー」
「バウ?」
思わず漏れた独り言に律儀に反応してくれるハウンドドックの仔。
私は再び撫でながら、前世の記憶と今世の知識を擦り合わせていく。
この世界のテイマーは、かなり特殊な立ち位置にあるのだ。基本的にはモンスターと関わりの深い忌み職。私が追放されたのがまさにいい例だ。
しかしゲームの主人公もテイマーなのだ。
彼女は周囲からの偏見をはねのけ、テイムしたモンスターとともに世界を救う英雄となる、というのがゲームのメインストーリーだった。
エルは、主人公と対比させて、テイマーが忌み職で迫害される存在だとプレーヤーに分かりやすく示すために用意されたキャラとも言える。
「よしっ。思い出すのはこれぐらいで、ま、いいかなっ」
私の将来の展望と、新しい記憶のなかのエルの情報については、いったん保留にしておくことにする。
そしてそう簡単に決めたこと自体が、少し前の私だったら考えられないことだった。何せ本来の私はもっとうじうじと悩むタイプの人間だったのだから。
それが前世の記憶の断片のせいか、私はいつの間にか、かなり楽天的になっていた。
楽天的ついでで、そんな性格の変化についての違和感も、いったんまとめて保留にしておく。
「バウっバウっ」
まるで元気になった私をみて喜んでいるかのように私の周りを駆け回るハウンドドックの仔。
「そうそう、名前をつけてあげるのが途中だったよね」
私の、前世の記憶と意識が戻りかける切っ掛けとなったテイムモンスターへの名付け。
意識を保つのに必死で、すっかり途中になってしまっていた。
「ここが本当にあの世界なら、名付けバグが効くかもしれないし。よし、さっそく名付けちゃいましょうっ」
とりあえずすぐに使えそうなゲームの知識があるのは現状、ラッキーだった。
──これがうまくいったら、やらないといけないことに、試したいことが、いっぱい増えるかも。
「たしか、ハウンド系のテイムモンスターの場合はバ行の繰り返しの単語を……」
私の周りを楽しそうに駆け回っていたハウンドドックの仔犬が、なになに、なに始まるのと私の足元へ駆け戻ってくる。
「──君の名は、バウバウ=バウよ」
私は足元の仔にバウバウ=バウという名を授ける。まるで名前をもらったことがわかるかのように、バウバウと楽しそうに吠えるバウバウ=バウ
「──あら、なにもおきない?」
私がおかしいわね、と首を傾げた次の瞬間。バウバウ=バウの頭の上にステータス画面のようなものが開く。
「あ、出たわ出たわ!」
私は思わずふんすと鼻息荒く両手でガッツポーズをしてしまう。
その私の仕草を、かつての私を知っている人が見たら驚いたことだろう。
私は鼻息荒いまま、現れたステータス画面に目を通す。
それはゲームの時のままのバグ仕様だった。テイムモンスターごとの一定のルールに乗っ取った名前をつけた時に一度だけ現れる、このステータス画面バグ。
そこでは、そのモンスターの裏設定を弄れるのだ。
「まず進化先としての、神犬ライラプスを解放するでしょ……成長は速度と攻撃力に特化させて……やっぱりピーキー性能こそが正義よね……」
私は急いでバウバウ=バウの隠しステータスを弄っていく。
「──よしっ! こんなもんでしょう」
「バウバウ!」
私のやりきった顔に、バウバウ=バウも嬉しそうだ。
「これからもよろしくね。未来の神犬ライラプスさん。これから、ビジバシ特訓よ!」
「バウっ」
「いい仔ねっ! よしよしっ」
任せてとばかりに元気良く返事を返すバウバウ=バウをつれて、私は改めて周囲の確認に向かうのだった。
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