陽の宿る場所
藍﨑藍
陽の宿る場所
夜の静寂を切り裂くように、彼らは歩きつづけていた。大地にはうすく水が張っており、彼らが進むたびに水のはねる音がひびく。
父は背中でねむる娘をちらりと見た。規則的な寝息は安らかで、自然とほおがゆるむ。
世界は塩にのみこまれた。人が到達したこともない東の果てには、まだ塩にのみこまれていない場所があるという。
東へ。東へ。人は
しばらく足元を見たまま歩いていると、一人の老人がすわりこんでいるのが見えた。父と娘に気がついたのか、老人はつかれた表情で手をあげる。どうやら動けなくなったらしい。父は娘をおぶったまま、やるせない思いで会釈した。
このあたりが「死の谷」とよばれるのにはわけがある。東に進めば進むほど、文明地から遠ざかるからだ。人もおらず水や食料もない場所で動けなくなれば、待ちかまえるものはただ一つ。
一歩一歩、大地をふみしめるたび、老人との距離は離れていく。夜の闇のなか、水のはねる音だけがひびく。
目をさました娘は父の背中でがみじろぎした。娘はねむたげに目をこすっていたが、はっとしたように父の肩をゆらす。
父がその場にしゃがむと、娘は勢いよくかけていく。父をふりかえり、天を、そして大地を順に指さした。
「ねえ見て。どこまでもお空がつづいてる」
空に輝く星々は、一面塩におおわれた大地にうつっていた。天から星がふりそそぎ、地面に落ちた星もまた、足元できらめいている。
父は娘の頭をなでて笑みをうかべた。
「この星は丸いと聞いたことがあるよ」
娘はきょとんとした顔で首をかしげる。
「まるい?」
世界が塩におおわれるまで、人は東の果てをめざさなかった。東の果てはがけになっており、一度落ちてしまえば生きて帰ることはできないと言われている。
「きっとうそだろうけどね。ずっと歩きつづけて、いつかこの場所にもどってくるなんておかしいだろう」
「でも、お空と地面はつながってるよ」
男はほほ笑み、娘のひたいをもう一度なでた。男は娘の手をそっとにぎる。娘の小さな手のぬくもりを感じながら、彼らは何も言わずに歩きはじめた。
闇につつまれ星をふらせていた空はやがて白みはじめる。天と地が二つにわれ、その境界が姿をあらわした。星は陽にのみこまれ、深い青空は大地に影をうつしだす。
娘は男の手を強くにぎり、地平線をじっと見つめていた。男もまた、太陽のまばゆさに目を細め、大地をふみしめている。
そこには音も言葉もなく、光と静寂だけがあった。
そして陽はのぼり、人はまた東へ進む。陽の宿る場所をめざして。
陽の宿る場所 藍﨑藍 @ravenclaw
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