第175話 暗躍する者と呪いの魔法
ウルスマリテの先導でクロムがオランテの前に現れた際、彼を含む一同が息を吞むほどに驚いたのは言うまでもない。
クロムの歩いた後には、拘束された男2人から滴り落ちた血の痕跡が続いていた。
そのクロムの姿は滲み出る魔力も相まって、間違っても“正義”を司る側の存在では無かった。
「...閣下、只今戻りました。騒動自体は収りを見せております。後はクロム殿がこの者達の...“尋問”を行う場所を望んでおります」
クロムの意図を完全に把握したウルスマリテが、主に頭を下げながら可能な限り穏便に事を進めようとしている。
オランテの護衛に付いていたトリアヴェスパは、大の男2人、一方は完全武装の騎士を片手で吊るし上げているクロムを見て言葉を失っていた。
これが自分達の憧れの先で待つ存在なのかと。
レオントとの模擬戦の時とは明らかに違う。
クロムによく似た別の存在では無いかという、有り得ない考えが3人の脳裏を過る。
「...今は事情を聞く余地は無さそうだな。わかった。至急用意させよう。同行しても構わないか?」
「問題無い」
男達のか細い呻き声が執務室に響く中、オランテはクロムと短い会話を交わし、現時点において黒騎士と敵対状態ではない事を改めて確認した。
これからの状況次第では、砦の中に魔物とは比べ物にならない恐ろしい怪物が自分達に牙を剥く可能性が有る事を踏まえ、オランテは現状で用意出来る戦力を計算している。
ただしどう足掻いてもクロムに勝てる見込みがないという現実がオランテを追い詰めていた。
「まさかこの地下空間を造って、一番最初の使用目的が尋問とはな...」
オランテが完成したばかりの地下室に入りながら呟いた。
天井までの高さは4メートル以上あり、縦横30メートル程の空間。
各所に設置された、篝火とは異なる熱を感じさせない青白い魔道具の灯が地下室内を照らしている。
この地下室は全ての面が石材と魔鉄製のプレートの複合素材で出来ており、この空間の建設費用だけでかなりの特別予算が割り当てられていた。
その証拠に特別予算だけでは費用が足りず、伯爵家の宝物庫の中から幾つかの所蔵品の裏オークションに放出したほどだ。
その甲斐もあり、防音や環境維持を含めた魔道具の効果も抜群であり、耐久性は並みの攻撃ではヒビを入れる事すら困難な代物となっている。
今回の様に尋問に使われる想定はされておらず、本来であればまだ世に出ていない素材や武具の保管、そして秘密裏に行われる会合や取引に使用される予定であった。
地下室内にはクロムと共にオランテとウルスマリテが入室し、各種対応に奔走しているレオントは意向を固めたと見られるトリアヴェスパに対し、今後の方針の確認や様々な事項の調整を任せてある。
当初、レオントも尋問に参加しようとしたが、砦の責任者が丸ごと不在は到底容認されず、また騎士団長のウルスマリテが尋問に参加する以上、副団長としての仕事は無いと判断された。
「クロム...事情は今の段階では問わない。好きなようにやってくれ。それを見て判断する」
オランテはクロムに拘束されている者が、オスキス近衛騎士団の騎士という事実を噛み締めていた。
ウルスマリテもまた厳しい眼を拘束された騎士に向けている。
「先に伝えておく。この2人はほぼ確実に何者かの命令によって動いている諜報員、もしくは内通者だ。恐らく俺やその関連の情報を外部に漏らしていると見ている」
背腕アルキオナが騎士を更に締め上げると、意識を半ば飛ばしていた騎士が痛みで強制的に現実に引き戻された。
冷たい地下室に響く苦悶の声。
「この一般兵士が諜報員で外部との連絡役、そしてこちらの近衛騎士が監視役及び情報収集役だろう。まぁ予想はしていたが近衛騎士団に紛れ込んでいるとはな。気が付かなかったのか、ウルスマリテ」
クロムの静かな声がウルスマリテの向けられた。
彼女は拳を握り締めながら、無言で応える。
「よりにもよって...か...それでどのように尋問するのだクロム。拷問が一番早いが騎士ともなると拷問に対する厳しい訓練を受けている。苦痛への耐性も高く、体力の消耗を考えると聴取の効率はかなり悪いと思われるが」
「問題無い。では始めるか。起きろ」
クロムが尋問と言う名の蹂躙劇の幕を上げる。
この言葉と同時にアルキオナと右手の力が更に加わり、爪が更に食い込んだ騎士の鎧が軋むと同時に、右手に囚われている諜報員の男の首にクロムの指が大きくめり込んでいく。
激しい苦痛に意識を失い続ける事が叶わず、嫌が応にも現実を直視させられる哀れな虜囚達。
「まずは騎士からだな。片方のお前にもこれを同じ目に遭って貰う。抵抗するか喋るかはお前の判断に任せてやろう。良く考える事だ」
そう言ってクロムはアルキオナを自身の前に寄せ、歯を食い縛りながらクロムを睨みつける騎士の右耳を人差し指と中指の鉤爪で挟む。
そして無造作に動かされたクロムの指が騎士の耳を根元から引き千切った。
ビリという生々しい音が響き、鮮血が飛び散る。
目を見開いて大きな呻き声を上げる騎士。
そして流れる様な動作で、躊躇無く右目に抉る様に差し込まれる黒い人差し指。
「騎士は丈夫らしいからな。この辺りでは死ねないだろう。それに元より自害も含めてお前を死なせるつもりは無い。さて...お前は何者だ。誰の命令で動いている」
他人の痛みを全く気に留める事も無く、鉤爪で潰れた眼球を引き抜き、そのまま床に投げ捨てるクロム。
しかし騎士は激痛に身を震わせながらもクロムを睨みつけ、呻き声で返答した。
「喋るつもりは無い様だな。やはり外部の痛みには慣れているらしい。ではこれから本格的な尋問を始めるとするか。始まればもう後戻りは出来ない。今の痛みが安らぎに感じる程の、1秒が1日に感じる程の絶え間ない苦痛がお前を襲う事になる」
アルキオナが操作され、騎士の顔にクロムの顔が寄せられた。
クロムの赤い単眼が光り、黒い瞳が内側から浮かび上がると単眼に張り付いた。
それでも騎士は強い意志を瞳に宿したまま、口を割ろうとはしない。
「ウルスマリテ。一応警告はしておく。お前が何を思うか等、俺は一切考慮しない。ただ邪魔するなとだけ言っておく。これから始まるのは一方的な蹂躙だ。人を人として扱わない単純明快な作業になる。耐えられないのであれば立ち去る事だ」
魔鋼製のガントレットが軋む程に握りしめるウルスマリテに対し、クロムが背を向けたまま言い放つ。
ウルスマリテの身体から感情によって沸き上がって来る闘気。
だがクロムはそれを完全に無視する形で、レゾムに命令を下した。
「レゾム、仕事の時間だ。まずは適当な場所から侵入しろ。脳髄と中枢神経を浸蝕し情報を引き出し、この騎士自身に喋らせろ。死なない程度に肉を味見しても構わん。ただし何度の言うが殺すなよ」
― はぁいボス ―
アルキオナの内部を黒い液体が流動し、周囲には見えない位置から騎士の鎧の隙間に潜り込んでいく。
騎士が自分の身に何が起こっているのか把握出来ずに、ただ身体を這い回る異様な感覚に恐怖を覚えていた。
騎士の口にクロムの指が無理矢理に差し込まれ、舌を噛む事を阻む。
噛めば騎士の歯がいとも簡単に砕けるだろう。
― おへそでいいかなぁ。お邪魔しまぁす ―
レゾムの無邪気な声。
そして騎士の腹部で弾ける激痛。
レゾムが騎士の臍から腹を突き破り内部へ侵入を果たし、致命傷にならない箇所の肉を引き裂き、適当に食い散らかしながら腹部から胸へ、胸から首へと突き進んだ。
地下室に響く騎士の絶叫が冷たい空気を震わせる。
騎士の身体を文字通り、引き裂く様な激痛が容赦無く暴れ回っていた。
しかし痛みを逃がす為に身体をのけ反らせる事も出来ぬまま、騎士に許された動きは足首を痙攣させるのみ。
口に突き込まれたクロムの指で首を固定された騎士を蹂躙する、自害する事すらも忘却の彼方に追いやる極上の苦痛。
「い、一体何をしているんだクロムは...何が起こっている...」
苦痛の絶叫は聞き慣れている諜報機関の長であるオランテが呻く様に呟く。
薬品を使う訳でも無く、道具を使う訳でも無く、彼らの目から見れば先程と変わらぬ光景。
ただ騎士の口から溢れる絶叫は決して演技でも偽りでも無い、正真正銘の物だった。
オランテとウルスマリテは、自身の無知に底知れない恐怖を感じていた。
しかし終わりの静寂は突然訪れる。
ビクリと大きく首を後ろにのけ反らした騎士の絶叫が途切れ、元に戻る頃には白目を剥きながら力無く口を半開きにしていた。
― 浸蝕完了だよぉ。でも頭の中で痛いのはずっと続いているよぉ。でももう完全に精神は支配したし、壊れないから安心安心 ―
大剣の魔力を取り込んだレゾム。
不定形の精神生命体であるレゾムは、その魔力の特性を掴み、順応するのも早かった。
自身の浸蝕能力に加えて、取り込んだ大剣の汚染魔力を吸収、その精神へ影響を与えるという特性を有効活用していた。
加えて対象の意識を分離しながら記憶から情報を抜き取り、尚且つ痛覚は意識内に残すと言った芸当まで実現している。
「良くやった、レゾム。では質問しようか。お前は何者だ」
時折、騎士が痙攣を繰り返すのは意識からはみ出した絶え間ない激痛が、神経を刺激する事による反射反応である。
「おれおれれは...いししぃ司教さままの...めいれぇれいで...くろ黒騎士ししの...かかっかぁ監視ししし...いぶおぶうっぶぶ遺物...」
「レゾム。もう少しまともに喋らせろ」
― ちょいと待ってねぇボス。えっと...えとえと...ここを捩じれば...千切れないように...ゆっくり...えいっ ―
騎士の首が僅かにコキリと傾き、先程よりは聞き取りやすい口調に変わる
「...し司教様...は...偉大なる大司教げ猊下との接触をを...果たした黒騎士のの...動向を探ってておられ...」
「ラナンキュラスの関係者か。俺の何を探っている」
ここでクロムは即座にラナンキュラスを思い浮かべるが、彼女の第一印象的にこのような杜撰な方法で探りを入れて来る事はしないと推察する。
遺物に関する情報もある程度は持っている筈であり、クロム相手に危険を冒して探りを入れる利点も無かった。
得られるリターンに対し、リスクが大き過ぎる。
隣国への出立の同行を願い出てたのはラナンキュラス本人であり、最大限の警戒をクロムに対し持っている事もわかっている。
― 別の組織...特殊な諜報機関が存在する可能性もあるな。この辺りはオランテの領分でもあるが... ―
ここでレゾムから感じる魔力連鎖の気配に少し奇妙な物が含まれている事にクロムが気付く。
何処か後ろめたい様な、何かに怯える様な気配。
ただ話の流れを止めたくないクロムは、それを敢えて問わなかった。
「最初はは...っ黒騎士の奈落掌握と...い遺物の入手にに関してだだった...だが忌まわしき邪教の尖兵がが...国内に入りっ込んだと情報がはい入った...」
クロムはこの情報からラナンキュラスが大司教を務めているカルコソーマ神教と邪教認定している他宗教との対立に、遺物関連で自身が巻き込まれていると考えた。
「あれは...邪教ティラセプルクの尖兵...覇王の...遺骨...黒騎ししし...おがががててににぃぃいいいい...あがあがが...」
順調に口を開いていた騎士が突如として激しく痙攣を起こし始めた。
口調が乱れ、目や鼻、耳、穴と言う穴から赤黒い液体を流し、首を前後左右に滅茶苦茶に振り動かす。
飛び散る液体、そして騎士の肌に黒い斑点が無数に浮かび上がり、広がっていく。
黒に染まっていく騎士の身体。
その黒はクロムが良く知るモノとよく似ていた。
「レゾム。何が起こっている。途中何かに勘付いていたのはわかっている。説明しろ。それと回復が見込めないなら直ちに殺せ。面倒な事になる予感がする」
― ボスぅ!ごめんなさい!記憶の中にアイツが居たのぉ!これは“
レゾムが泣き声を上げながらクロムに説明する。
そして更に彼女の口調が狂乱へとヒートアップし始めた。
― この魔法は意識のもっと奥底...精神に融合した黒い呪いなの!何が鍵になってるかはわかんないの!レゾムも...レゾムも...一緒だからわかんなかったのぉ!ごめんなさぃぃ!アイツだ!アイツがくるよぉぉ!いやぁぁぁぁこないでぇぇ!!もう独りぼっちはいやなの!ボスぅボスぅぅぅ!!! ―
レゾムは精神攻撃の影響は受けない事を既に把握しているクロム。
彼女の悲痛な叫びを聞き流しながら、冷静に対処方法を思案していた。
「神経接続を行ったレゾムの深層意識が混乱を来している可能性が高いな。トラウマで自らを追い込んだか。全く面倒な」
クロムは右手に掴み続けていた諜報員の男をウルスマリテが居る方向へ投げた。
既に恐怖と苦痛で気を失っていた男が、冷たく硬い石畳を跳ね転がっていく。
そして何が起こっているか全く理解が出来ていないウルスマリテの足元まで転がされる男。
「ク、クロム殿!い、一体何が起こって...」
「後で説明はしてやる。そいつを逃がすな」
オランテは既に状況に付いて来れず、言葉を失い呆然としていた。
[ M・インヘーラ起動 魔素リジェネレータ稼働開始 魔力放出口解放 ]
[ 魔力回路を背腕アルキオナ経由に切り替え 個体名レゾムに対し魔力供給開始 ]
[ 魔素リジェネレータ 生成魔力濃度最大 融魔細胞活性化を確認 ]
瞬間的にクロムを中心に強烈な魔力濃度の空間が形成され、地下室を構成する石材に組み込まれた魔鉄が魔力を飽和状態になるまで吸収する。
美しく整えられていた石の床や天井が魔力飽和で変質し、黒い染みの様な模様が広がっていった。
クロムは半狂乱で泣き叫ぶレゾムに、クロムは最大濃度の魔力を撃ち込む。
― うあああっ!...あがが...あぁぁ...ぼすぅぅ...ぼ...す...いかない...で... ―
「戻れレゾム。俺に張り付いたままで構わん。今は意識を閉じて眠っておけ」
混濁する意識の中で、クロムの赤い魔力を気付け代わりに叩き込まれたレゾム。
クロムの声を聴き、彼女は何とか主の命令を遂行しようと、ほぼ無意識とも言える状態でありながら騎士の身体から自身を離脱させた。
― ご...め... ―
そしてその身に襲い掛かる様々な衝撃に精神が耐えきれず、意識を閉じるレゾム。
何とか帰還したレゾムの身体が、クロムの外骨格装甲の各部の隙間に張り付いたまま、動きを見せなくなった。
そしてクロムは未だに身体をうねらせている騎士の身体をアルキオナから解放し、石床に叩き落す。
鎧が床とぶつかり盛大な音を地下室に響かせ、騎士の身体が跳ねた。
「ある程度の情報は得た。このまま尋問を続け、レゾムと同じ様な化物の誕生を見守るか...それとも...」
「おごがぁぁおごごぉ!むごげぁぁ!」
クロムは芋虫の様に身体をくねらせ、黒い液体と解読不明の呻き声を上げ続ける騎士の成れの果てに歩み寄る。
そして片脚を高く上げた。
「ク、クロム殿!待...」
ウルスマリテの声がクロムに届くと同時に、勢い良くクロムの黒い足が騎士の頭部に叩き落される。
果実の様に叩き潰され、騎士の頭部が肉片と砕けた骨となって飛び散った。
魔力飽和で脆くなった石床にヒビが放射状に入り、その隙間に騎士の血や潰れた脳髄等が交じり合った体液がじわりと染み込んでいく。
あっけなく頭部を失った騎士であったが、未だに手足をバタつかせており、死の迎えが来ている様子を全く見せない。
このような姿になっても、終わる事の無い地獄の苦痛。
「黙れウルスマリテ。口出しをするな」
クロムは静かに彼女に告げると再び足を高く上げた。
そして今度は騎士の鎧に覆われた胸部目掛けて、足を全力に近い形で踏み抜いた。
自動的に発動した鎧の魔力防御が瞬間的に引き千切られ、クロムの魔力と激突し魔力火花が盛大に舞い散る。
踏まれた箇所がいとも簡単にひしゃげ、鎧の前面が背面に重なった。
成す術も無く潰された騎士の胸部だったモノが、鎧の隙間から肉片となって捻り出される。
そして肉体も精神も、そして尊厳も破壊され、漸く苦痛の現実から解放された哀れな近衛騎士。
既に騎士の面影を残す部分は、かろうじて原形を留めた武具のみ。
顔も無い、胸を潰された騎士は栄光の道を閉ざされ、この後に腐るだけのただの肉の塊と化した。
これを救いの死と見るか、それとも非業の死と見るか。
少なくともこの場において、このクロムの暴虐を責める事が出来る者はいなかった。
異世界ラストクルセイド ― 黒騎士と呼ばれた兵器 ― 黒堅ケトル @kurokata3710
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