とある新聞部の日常

R.みどり

とある新聞部の日常

「いやあ、にしても今日は暑いねえ」

私は、松戸、久留里とともに階段を上がっていた。横を見ると、誰もいない校庭が広がっている。今日は、集金の日。いつもなら、校庭に運動部がいるのだが、月に一回の集金で今は校舎で納付中。まあ、関係ない話だ。

……ってか、暑すぎない?! 今日はエアコンが効いている校舎でさえ多少の暑さを感じた。つまり、エアコンのない文化部の領域はこの世のものとは思えないほど暑いということを暗示している。文化部の隔離の文化だけは早く終わってほしい。文化部が活動している文化部の館──文化館──は、3階建て。新聞部は2階。1階にはなんとトイレが付いている。いやあ、お得ですねえ。わざわざ校舎に戻らずに生活できるんですよ。そう、冷気を浴びずにね。通販かっ! 

暑さのせいか、ボケとツッコミとメタ発言が渋滞している。こんな暑い環境下で活動すると精神異常だけでなく、よくわからないところから汗が噴き出すという身体的症状も出てくる。

「そうですねえ。あと少しの辛抱です。扇風機エリアまで頑張りましょう……」

松戸が励ましてくれた。

気がつくと、ドア前までなんとか辿り着いていた。私は電気を点ける。

「ん…?」

松戸と久留里が先に入る。するとすぐに、前方から悲鳴が聞こえてきた。

「うわああああ」

「どうした!」

私は(物理的な距離はなかったため、心だけ)急いで、悲鳴の元へと向かった。二人は新聞部の領域で、固まっていた。

「わあ……っ」

我ながら情けない声が出た。

そこには、新聞部員の死体があった。

彼は、三つのイスをベッドにして、仰向けになっていた。腕がだらりと垂れ下がっている。中央にあるテーブルには、血で染められた新聞紙が置いてあった。「猛暑で悲鳴!?文化館はいつ救われるのか」という文字が見える。今回発行する予定の新聞紙のようだ。部室には、窓側のテーブルにデスクトップパソコンが中央のテーブルにノートパソコンがそれぞれ置かれている。両方の電源が点いていた。

「どうしたんですか? そんな大声だして」

後ろから、ゆったりとした声が聞こえた。応えようと思ったのだが、思うように声が出なかった。

「ああ……えっと、これは……ゴホン」

姿を現したのは荒川であった。荒川は、この状況を瞬時に処理したのだろう。歯切れが悪くなる。ふと、何を思ったのか、荒川はタオルを近くのテーブルに置いて、死体の元へ向かった。

「もう死んでますね」と一言。

この殺伐とした空気の中で、場違いな雰囲気を醸し出した荒川。

「やはり、死んでいたか……救命措置を取ろうか」

「それは、必要ないでしょう……」

沈黙が流れる。

「これからどうしましょう。ここから捨てて、転落死に見せますか?」

これは、荒川……ではなく、久留里からの言葉であった。なんだこの子?! なんとも物騒な物言いだなと思いつつ、言葉を探した。

「えっと、久留里さんの提案は置いといて、一旦状況を整理しようか」

「ええ。まず、死亡したのは三鷹凶神くん。高校一年生。彼は、毎日遅くまで働いていました。死因は……テーブルと彼の額、近くに置いてある新聞紙に血が付着しています。この状況からみて、なんらかの形でテーブルに額をぶつけたあと、なんらかの力が加わり、イスに横たわったと考えられますね」

松戸がまとめてくれた。

「過労死の可能性が高いな」

私がおもむろに呟いた。新聞部は決してブラックなどではないのだが、三鷹は生前かなり熱心に新聞研究をしていたため、夜遅くまで居残ることが多かった。そう新聞部は決してブラックなどではない。彼自身の問題だったのだ。

「それはないんじゃないかなと。疲労といってもそんな死ぬまで働いてはいないでしょう。この肉が後ろから頭を強く打ちつけられて死んだのが妥当なんじゃないんですか」

肉……肉ねえ。久留里は病んでいるのだろうか。

「まあ、久留里さんの指摘が正しいでしょう。過労死は現実的ではありません」

「彼は我々よりも先にこのノートパソコンで作業をしていたと考えるのが妥当だろう。……では、なぜ先に作業をしていたのか」

そう言いながら人差し指を胸の前に突き出した。私はゆっくりと現時点での謎を呟きながら、整理をする。

「高崎先輩、そんなこともわからないんですか? 答えは簡単、簡単」

久留里はナチュラルに煽るのが得意なようだ。

「今日が印刷日だからです」

久留里はどこか勝ち誇った表情で、言い放った。

「ああ」

皆が、納得した。そういえば、今日が印刷日だったな。

「こんな状況になっていなかったら、今頃印刷出来ていたのに……三鷹め!」

やっぱりなんか、恐ろしいなこの子。

「あ、そういえば、昨日。あなたと三鷹くんが先に作業をするとか言っていませんでしたっけ?」

思考を巡らしていた松戸が荒川に詰め寄る。

「確かに。そんなことも言っていたな」

「高崎さんまで……。勘弁してくださいよ。俺はやってませんよ。第一、証拠はあるんですか? 証拠は」

私は、深い思考をしていた。どこか引っかかる。この事件の真相が少しずつ見えてくる。いや、まだモヤがかかっている。この場に入ったときに覚えた違和感。荒川の行動。久留里の言動。松戸の言葉。一つひとつがパズルのピースのように噛み合っていく。

あっ。

「見えた」

この場にいる全員が私のほうを向いた。私は、探偵のようにゆっくりと確実に推理を放出していく。

「この事件は非常に難しく、簡単でした」

反論をしていた荒川が止まり、場に静寂が戻った。

「フフフ。犯人はこの中にいます」

「やっぱり、荒川くんが犯人でしたか」

「早く自首したほうが身のためですよ。クソガキ」

松戸と久留里が、こぞって荒川に詰め寄る。

「待ってくださいよ。第一、他殺だとも決まってないじゃないですか。三鷹が滑って額をぶつけたかもしれない。そのままよろめいて、イスに倒れた。論理的でしょ」

「皆さん、落ち着いて。……まずは、私の推理を聞いてください」

一回、静かになるまで待って話しを続けた。

「まず、私が最初に違和感を覚えたのは、この建物に入った時でした。玄関のドアとここに入るドアが全てあいており、尚且つ、電気が点いてなかったことです」

「それは、暑いから少しでも涼しもうとしたのでは? それだけじゃ違和感でも何でもない」

荒川が反論する。

「そう。それは不自然じゃない。あり得ます。しかし、もう一つ違和感を覚えたことがあります」

「もう一つ……?」

「……それは、このパソコンたちです。一見、ただ単に二台のパソコンが起動しているだけだと思いますが、これに大きな違和感を覚えるんですよ。それはなぜか。皆さん、よく考えてみてください。三鷹くんは作業をしています。横に新聞紙があることから、どんな仕事かというと……添削された部分をパソコンで直すという作業です」

「ああ。なるほど」

「松戸くんはわかったようだね。そう。パソコンは、一台でこと足りるんですよ。わざわざ二台起動する必要がない。つまりは、もう一人誰かが居て別の作業をしていたということが言えるんですよ、荒川くん」

「……でも、俺がやったという証拠は? 他殺だと分かっても俺が殺したとは限らないでしょう」

「ええ。おっしゃる通りです。しかし、それは愚問。証拠は、先程あなた自身が提示しましたよ」

「は?」

荒川は驚いた表情でこちらを見ていた。

「あなたは、入ってくるときに荷物を持って来ませんでしたね。それは、新聞部員としては、実に不可解な行動なんです。校舎に置いておく必要は一切ありませんからね。なぜ持って来なかったんですか?」

「それは……」

「荷物に血が付着してしまったとか」

「いや違う!」

「まあそれは結構。では、あなたはなぜ、タオルを持ってきたんですか?」

「……」

荒川はもう反論しなくなった。これが決定打となったことだろう。

「何らかの形で血が服に付着してしまった。まあ、死体を動かしたときにでもついたのでしょう。そのままの状態にしていると、他殺だと思われてしまいますからねえ。付着した場所は、……例えば、今あなたが捲っているワイシャツの袖にとか」

「失礼」

松戸が荒川の捲っている袖に触れ、捲りを解除した。

「これは……」そこには、赤く滲んでいるシミが付着していた。

「血を落としたいが、あなたは2階の流しは誰かが来るかもしれないと思った。文化部は来るのが早いですからねえ。だから、あなたは1階まで降りて洗った。下は運動部しか使いませんから、犯行時は誰もいなかったはずです。違いますか?」

「さっきは、証拠証拠って言ってたのに、証拠が出てきたら黙秘か。情けない」

久留里の追い討ち。

「証拠もありますし、言い逃れは出来ませんよ。荒川くん」

「ハハハハハ」

荒川が高らかに笑っ……てはいなかった。この声の主は、イス。つまり、

「死体がしゃべった!?」

驚きのあまり、探偵モードが切れてしまった。

「さすが高崎先輩。見事な推理力でしたよ。まあ、現場からみて、荒川が犯人ってのは明らかでしたけど。まさか、論理的に詰めるとは。感動しました」

三鷹が嬉々として言う。

荒川以外、驚きのあまり声を失う。

「袖のは、トマトケチャップです。オムライス食べてるときについちゃったんですよ。テヘ」

唖然。

「あと、タオルを持ってきたのは、単純に今日が暑いからで、濡れてるのは、汗です」

「じゃ、じゃあ、血は?」

「ああ。新聞についてるのは、血じゃなくて添削で使用された赤ペンのインクです。この額のやつはそれが写っちゃっただけ」

「……」

「仮眠してただけなんですが、なんか大事になっちゃったので、傍観しようかなって」

「悪のりで犯人のようにしただけです」

突如として明かされた真実。

「それと、高崎先輩。この場合、救命措置はとったほうがいいですよ。救急車と先生を呼ぶのも」

確かに。場に冷静さが戻る。

「……そういえば、三鷹くん。新聞はできたのかな?」

「あ、データ飛んでます」

暑い夏に冷たい空気が流れた気がした。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とある新聞部の日常 R.みどり @midorikunn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ