BBS -BlackBerry Syndrome-

大隅 スミヲ

第1話

 朝のラッシュは苦手だった。

 それでも学校へ行かなければならないため、わたしはオジサンたちでぎゅうぎゅう詰めの車両に意を決して乗り込むのだ。


 電車の中には様々なオジサンがいる。いびきをかいて寝ているオジサン、スマートフォンで若い女の子のインスタグラムを見続けるオジサン、耳のヘッドホンからアイドルの曲がガンガン音漏れしているオジサンなどなど、色々なオジサンたちがいて、それを見ているだけでわたしは電車の中で飽きることはなかった。


 甲高いブレーキ音と共に電車は駅のプラットフォームに滑り込む。

 ドアが開き、乗っていた人たちが解き放たれたかのように一斉に降りていく。

 ちょっとだけ空いた車内で、自分の立ち位置を確保し、それを守り切る。


 さて、そろそろドアが閉まって出発進行だ。

 そう思っていたが、なかなかドアが閉まることはなかった。


『ただいま、具合の悪くなられたお客様の救護を行う関係で、この駅にしばらく停車いたします』

 そんなアナウンスが流れると、近くにいたオジサンはあからさまに舌打ちをした。


 具合の悪くなったお客様ってどんな感じだろうか。

 気持ち悪くなっちゃったのかな。それとも、これは何かの鉄道隠語で、全然別のことが起きているのかな。わたしはそんな想像をしながら、電車が動くのを待つ。


 すると、特徴的な甘い香りが漂ってきた。

 げっ。

 わたしは慌ててカバンから防護マスクを取り出して、すばやくつける。

 この防護マスクは日本政府が全国民に無料配布したものであり、みんながひとつは持っているものだった。

 他の乗客たちも同じように、防護マスクをつけはじめる。


「え、あ、ちょ……ちょっと」


 防護マスクを持ってくるのを忘れたのか、少し離れたところにいたオジサンが狼狽した声をあげる。

 でも、みんな見て見ぬふりを決め込んでいる。

 もう、手遅れなのだ。

 そのオジサンは自分の手のひらで口と鼻を押さえていたが、そんな抵抗も虚しく、力が抜けてしまったかのようにその場に倒れ込んだ。


 勘弁してよ。急患がもうひとり増えちゃったら、さらに停車時間が長くなるじゃん。

 他の乗客たちが協力しあって、そのオジサンを車内から駅のホームへと引きずり出す。


 すると同じようにマスクをつけた駅員が走ってきて、車両に乗っている人たちに会釈をするかのように頭を下げると、そのオジサンをホームに仮設したテントの中へと運び込もうとする。


「あっ」

 誰かが声を上げた。

 次の瞬間、オジサンの身体が黒い風船の集合体のように膨れ上がり出した。


「ヤバいぞ」

 オジサンを引きずるようにしていた駅員は慌ててオジサンから手を離して防御態勢に入る。


 パンッ!


 何かが弾けるような音が駅のホームに鳴り響いた。

 甘い匂いが辺りに充満する。


 人類は新たなる奇病との戦いをしいられていた。

 ブラックベリーシンドローム。

 破裂する寸前の姿がブラックベリーに似ていることから名付けられた病気だった。

 一度感染してしまうと、身体が膨れ上がりブラックベリーのように球体の集合体のように変化してしまい、時には破裂してしまうのだ。

 またこの病気に感染すると、身体から甘い独特な匂いを発するようになってしまう。感染から発症までは数十秒から数ヶ月と人によって異なっていた。またこのブラックベリーシンドロームの特徴ともいえるのが、感染の仕方だった。匂いで感染するというものであり、空気感染といえば、空気感染なのだが、その匂いを防護マスクなどで遮断することによって感染予防ができるということがわかっている。

 そのため、外出時は防護マスクが必需品となっており、今回のように急な感染者が出たとしても、防護マスクがあれば助かるということもあるのだった。


 ブラックベリーシンドロームは全世界に広がっており、国によっては国外からウイルスが持ち込まれないようにするために空港を閉鎖するなど、2020年代に流行した新型コロナウイルスと同様の対応策を打ち出したりもしている。

 この先、ブラックベリーシンドロームがどれだけ増えていくのか、そしてワクチンの開発は進むのかといったことはまだまだ不透明であるが、人類を脅かすものとなることは間違いなかった。

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