【短編小説】感情のない天才 - 霧里舞の七色の人生

藍埜佑(あいのたすく)

第1章:無色の世界 (幼少期: 1985-1997)

 1985年、東京の高度医療センター。冷たい白い光に包まれた分娩室で、霧里舞が産声を上げた。しかし、その声には他の新生児とは違う、不思議な静けさがあった。両親の霧里健と美樹は、我が子の黒い瞳が周囲を冷静に観察する様子に、喜びよりも不安を覚えた。


 舞の成長は驚異的だった。生後6ヶ月で文字を理解し始め、1歳で完璧な文章を話した。しかし、その声には抑揚がなく、まるでコンピュータが話しているかのようだった。2歳の誕生日、舞は両親からのカラフルな玩具を無表情で見つめ、「なぜ人は誕生日を祝うのですか?」と冷静に尋ねた。両親は何も応えることができなかった。


 4歳の舞は、地域の図書館を第二の家のようにしていた。彼女は物理学、数学、哲学の本を貪るように読んだが、童話や絵本には一切手を伸ばさなかった。図書館司書の田中さんは、舞に「好きな本はある?」と優しく尋ねたが、舞は「好きという感情がわかりません」と答え、田中さんを困惑させた。


 6歳で小学校に入学した舞は、教室という小さな社会で孤立した。休み時間、他の子どもたちが校庭で笑い声を上げる中、舞は一人教室に残り、高度な数学の問題を解いていた。教師たちは舞の才能に驚嘆したが、同時に彼女の感情の欠如に戸惑いを隠せなかった。


 8歳の時、舞は国内の科学コンテストで優勝した。表彰式で、他の入賞者たちが喜びに満ちた表情を見せる中、舞だけが無表情のまま賞状を受け取った。カメラのフラッシュが焚かれる中、舞の姿は「感情のない天才少女」としてメディアに大きく取り上げられた。


 10歳になった舞は、両親の懸念から心理療法を受け始めた。しかし、舞は感情を理解できないことを問題だと認識せず、むしろ感情を持つ人々を「非論理的で非効率的」だと評した。セラピストたちは、舞の冷徹な論理に対応できず、治療は難航した。


 11歳の終わり、舞は大学入学試験に挑戦し、驚異的な成績で合格した。記者会見で「うれしい?」と聞かれた舞は、「うれしいとはどういう状態を指すのでしょうか」と返答し、会場を静まり返らせた。カメラの前で微笑むよう促されても、舞の表情は一切変わらなかった。


章末、11歳の舞の研究ノート:

「感情の存在が人間の行動に与える影響について、さらなる研究が必要だ。感情がないことで、私の思考と行動はより効率的になっている。しかし、周囲の人々は私の状態を'問題'だと認識している。なぜだろうか。感情の持つ社会的意義について、詳細な分析が求められる」

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