第6章:感情の虹 (熟年期: 2036-2050)
2036年、春の柔らかな陽光が差し込むストックホルムのコンサートホール。51歳の舞は、ノーベル賞授賞式の壇上に立っていた。感情と量子意識の統合理論で、ついに物理学賞を受賞したのだ。舞は深呼吸をし、聴衆を見渡した。かつては無表情だった彼女の顔に、今は温かな笑みが浮かんでいる。
舞は涙ながらにスピーチを始めた。
「科学と感情の融合が、人類の未来を切り開く鍵となります」
その言葉には、長年の研究と人生経験から得た深い洞察が込められていた。会場は静寂に包まれ、やがて大きな拍手が沸き起こった。舞の胸は「達成感」と「感謝」の気持ちで一杯になった。
53歳の時、舞は突如として重度の抑うつ状態に陥る。感情を完全に取り戻したことで、人生の喜びとともに深い苦しみも味わうようになった舞。暗い部屋に閉じこもり、何日も起き上がれない日々が続いた。しかし、この経験を通じて、舞は感情の両極性と、精神的健康の重要性を身をもって学んだ。ジョンや娘の真理の支えを受けながら、舞は少しずつ回復していった。この経験は、舞の研究に新たな深みを与えることとなった。
55歳で、舞は若手研究者の育成に力を入れ始めた。講義室で若い学生たちに語りかける舞の姿は、温かさと知性に溢れていた。自身の経験を後進に伝えることで、舞は新たな「やりがい」と「充実感」を感じた。特に、感情に困難を抱える若者たちへの支援に熱心に取り組み、多くの人々の人生にポジティブな影響を与えた。学生たちは、舞の言葉に深く共感し、彼女を慕っていった。
58歳、舞は初孫の誕生を経験する。小さな生命を抱きしめた瞬間、舞は言葉では表現できないほどの「幸福」と「愛情」に包まれた。孫の小さな手が舞の指を握りしめる。その瞬間、舞の目から喜びの涙があふれ出た。この経験は、舞の研究にも新たな視点をもたらし、生命の神秘と感情の根源に迫る新たなプロジェクトのきっかけとなった。
60歳を迎えた舞は、夫のジョンと二人で世界旅行に出かける。エジプトのピラミッドの前で朝日を見た時、舞は「畏敬」の念に打たれた。インドのガンジス川で祈りを捧げる人々を見て、「信仰」の力を感じた。アマゾンの熱帯雨林で、自然の壮大さに「驚き」を覚えた。様々な文化や自然に触れる中で、舞の感性はさらに豊かになっていった。
63歳の時、舞は予期せぬ感情の渦に巻き込まれる。
舞は、パリで開催された国際量子意識会議に出席していた。会議2日目、舞は同じ分野で著名な研究者であるアレックス・ラムゼイと出会う。アレックスは舞と同年代で、彼女の研究に深い敬意を抱いていた。二人は会議の合間に意見を交換し始め、すぐに意気投合した。
舞は、アレックスとの会話に心地よさを感じた。彼の鋭い洞察力と、ユーモアのセンスが、舞の知的好奇心を刺激した。会議が進むにつれ、二人は頻繁に顔を合わせるようになり、夜遅くまでカフェで議論を交わすことも増えた。
ある夜、セーヌ川沿いを歩きながら、アレックスは舞の手に触れた。その瞬間、舞の心臓が激しく鼓動を打ち始めた。舞は混乱し、動揺した。「これは...何?」と自問する。長年連れ添ったジョンへの愛は揺るぎないものだと信じていたのに、なぜアレックスの存在がこれほど心を乱すのか。
舞は「罪悪感」に苛まれた。ジョンを裏切るような感情を抱いてしまったことへの自責の念が、彼女を苦しめた。同時に、アレックスへの「情熱」も否定できなかった。彼との対話は、舞に新たな知的刺激と興奮をもたらしていた。
夜、ホテルの部屋で一人になると、舞は激しい感情の渦に巻き込まれた。涙を流しながら、彼女は自分の感情を分析しようとした。しかし、これまでの科学的アプローチは、この複雑な感情の前では無力だった。
舞は、アレックスとの関係を深めるべきか、それとも距離を置くべきか、激しく葛藤した。彼女は、自分の感情に正直になることと、倫理的に正しい行動をとることの間で揺れ動いた。何度も、ジョンに真実を告白しようと電話に手を伸ばしては、思いとどまった。
この経験を通じて、舞は人間の感情の複雑さと深さを、これまで以上に痛感した。理性と感情の境界が曖昧になり、自分でも制御できない感情の存在に戸惑いを覚えた。
最終的に、舞はアレックスに正直に気持ちを伝え、同時に、これ以上の関係の進展は望まないことを告げた。アレックスは舞の決断を尊重し、二人は別れることになった。
パリから東京に戻る飛行機の中で、舞は長い間窓の外を見つめていた。この経験を通じて、彼女は人間の感情の奥深さと複雑さをより深く理解することができた。同時に、ジョンへの愛の深さも再確認できた。
舞は、この出来事を人生の貴重な経験として受け止め、自身の研究にも新たな洞察を加えることを決意した。感情の複雑さと人間関係の機微について、より深い理解を得た舞は、この経験を今後の研究と人生に生かしていくことを心に誓った。最終的に舞は、ジョンへの愛を再確認し、この出来事を人生の貴重な経験として受け止めた。
65歳で、舞は大規模な「感情と社会」研究プロジェクトを立ち上げる。個人の感情が社会全体にどのような影響を与えるかを、量子物理学の観点から探求するこの研究は、社会政策や教育システムに革命的な変化をもたらす可能性を秘めていた。舞は、この研究を通じて、人類の幸福に貢献したいという強い思いを抱いていた。
章末、65歳の舞の研究ノート:
「感情の複雑さと深さは、科学だけでは到底理解しきれないものがある。しかし、だからこそ探求する価値がある。喜びも苦しみも、全てが人生に色彩を与え、私たちを人間たらしめている。今、私は感情と理性の両方を持つことの素晴らしさを、心から感じている。残された人生で、この贈り物を最大限に活かし、世界をより良い場所にするために貢献していきたい。そして、最後まで学び続け、感動し続ける人間でありたい。感情を持つことで、私は科学者としてより深い洞察を得られるようになった。これからも、感情と理性のバランスを保ちながら、人類の幸福と進歩に貢献していきたい」
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