ウサギの性欲は強い【後編】

 当の大兎おおうさぎは、ホムラの叫び声に驚いて逃げ始めた。


「うわあああああああああ! 討伐しましょう、あれ!」


 ホムラたちは追いかける。


 足場の悪い森の中だというのに、大兎は速い。

 まるでアスリートのような身のこなしで、森を駆けていく。


 それがまた気持ち悪かった。


「なあにが『でっけえウサギ』ですか! ウサギの被りものした変態じゃないですか!」

「ぶはははははッ! 見ものだったな、お前の驚いた顔!」

 サイコが並走しながら、ニヤニヤと笑っている。


「討伐すべきでしょ、あれ! なんで懲らしめるだけなんですか! いや、見た目でこういうこと言うのもあれですけど!」

「ほかの魔獣より危険性がねえからだよ。草食だから、人間を取って食うわけじゃねえからな」


「じゃあなんで」

「力を誇示しようとしてくるんだとよ。強え奴に勝負をふっかけて、勝ったら相手をとことん『下』だと見なす。んで、人間を舐め腐った個体は、人間の集落を自分の縄張りにしようとする。だから懲らしめるだけでいいんだ。相手もそこそこ強いらしいしな」

「勝負好き……。だからあんなにマッチョなんですか……」


「見えてきたぞ」

 先頭を走るジンが告げた。


 遥か前方に目を向けると、朽ちた門が見える。

 どうやら本当に魔獣の巣窟になっているらしい。


 あっという間に門に辿り着いた。


 そこで目にしたのは、変態の集団。そのどれもが、毛皮越しに分かるほどの筋肉を持っていた。


「うわっ、めっちゃいるー……」

 そして大兎は思いのほか多かった。十数体はいる。


 その中の二体が殴り合いをし、ほかの個体がそれを観戦している。


 そこに、追いかけていた個体が駆け寄った。


「プゥプゥ!」

 鳴き声だけは可愛らしい。


 だが、それを聞いた大兎たちの雰囲気が変わった。

 殴り合っている個体は手を止め、ホムラたちを見据える。そのつぶらな瞳には、確かな強い意志が宿っていた。


「あわわわわわわわ」

 ホムラはその気迫に怯む。

 感じるのは、肌を刺すような闘気だ。殺気ではない。


 はじめに動き出したのは、殴り合っていたうちの一体。

 おそらくその個体がこのグループのボスで、一番強いのだろう。下がったもう一体は鼻血を出し、足取りもおぼつかなかった。

 ほかの個体は、邪魔になるとばかりに下がっていく。


「うわ、メスもいる」

 そこで初めて気づいたが、観戦をきめ込む個体よりも奥に、グラマラスな体型の個体が数体いた。絶対にメスだ。痴女にしか見えない。


 ボスはホムラたち一人ひとりに目を向けていく。

 いや、ホムラ以外に目を向けた。


「あれ、なんか私、無視されたんですけど。相手にされてないんですけど」

 大兎は強い相手にだけ勝負を仕掛けるらしい。


「アタシら四人相手に一体だけとは、ずいぶんと舐めた真似してくれるじゃねえか」

「なんで味方も私を無視するんですか?」


 ボスはサイコの言葉を理解しているかのように「プゥ」と鼻を鳴らし、かかってこいと手招きした。


「獣には、躾が必要だな」

「下等生物に身の程を知らせないとね」

 やっすい挑発に乗るジンとプロト。


「殺しちゃったら、食べていい……?」

「おう、ウサギのパイにしてやろうぜ」

 両陣営ともにやる気満々で、ホムラだけが取り残されている。


「プギィイイイイイイイイイ――ッ!」

 そんなホムラを置き去りにして、勝負開始の合図が響いた。


 次の瞬間、地面が揺れた。

 大兎のボスが地面を蹴ったのだ。


 凄まじい速度で距離を詰める。


 詰める先は、ジン。

 五人の中で誰が一番手強いか、瞬時に見抜いたのだろう。


 ボスは、ジンを目掛けて拳を振り下ろした。

 だが拳は、地面を割っただけ。そこにはすでに、ジンの姿はない。


「遅いな」

 ジンは背後から斬りかかる。


「プッ!」

 振られた刀身が空振る。


 それどころか、ボスはジンの背後にいた。


「なッ!」

 再び拳を振り上げる大兎。

 ジンは体勢を立て直せていない。


「させないよ!」

 そこにプロトの戦鎚が空気を抉る。大兎はもう飛び退いている。


「助かった、プロト」

「油断してると、やられちゃうね」

「確かに討伐は難しいな、こりゃ」

「懲らしめるのも難しそうなんですけど……」

「ウサギの、パイ……」


 相手はこちらを殺すつもりはなさそうだが、それでも大怪我を負うほどの攻撃を繰り出してきている。


「んじゃ、搦め手を使うか、ツツミ」

「わかった……」

 ツツミの背から、めきめきと骨状の翼が生える。


 それに何かを感じ取ったのか、ボスは警戒して身構えた。


「アタシのことは気にすんな、思いっきりやれ!」

 ツツミの翼から、霧状の麻痺毒が噴き出す。


 ボスはさらに距離を取ろうとする。

 そこに、ジンの刀が振り下ろされた。


「やはり外すか。だが……」

 今度も空振りに終わったが、足を止めた一瞬のせいで、ボスは毒霧に呑み込まれた。


「こうなりゃこっちのもんだ!」

 毒霧で視界の悪い中、サイコが短刀で斬りつける。

 自身に解毒魔術を掛け続けるサイコ。対して、毒をもろに吸ってしまった大兎のボス。


 ボスは致命的なほどには動きは鈍らなかったが、それでもサイコの奇襲を避けきれずに、腕に一筋の赤い溝を作った。


「畳みかけるよ!」

 プロトはすかさず戦鎚を振り下ろす。


 ドゥン……と鈍重な音が廃村に響く。


 今度こそ当たった。


 だが、手応えはない。


「へえ、やるじゃん」

 ボスは、プロトの重い一撃を受け止めていたのだ。


 プロトの戦鎚を払いのけ、その勢いで毒霧が晴れた。


 動きが鈍ったとはいえ、まだ相手の方が強い。

 それでも相手は警戒心を強め、攻勢には出なくなった。


「こやつ、やりよるな」

「舐めてたのはアタシらの方だったわ」

「パイに、できない……!」


 互いに実力を認め合い、睨み合いが始まる。


「あの、私だけ蚊帳の外なんですけど。バトル漫画の雰囲気に入れてないんですけど」

 ただ一人、ホムラだけは相手にされていなかった。


「じゃあこいつに一発でも当てられるのかよ」

 サイコは呆れたように問う。


「いや、難しそうですけど……。でも、一発当てれば勝つ自信はありますよ!」

「それならやってみろ」


 大兎のボスも「仕方ない」と言うかのように鼻を鳴らし、だるそうに頭を掻いている。


「プゥ……」

 こちらに目を向けることもなく、手招きした。

 まさに「眼中にない」ようだ。


「なんか……」

 ホムラはプツンときた。


「腹立つぅううううううううううう――ッ!」


 懲らしめるだけでいい。そんな言葉を忘れ、全力でウサギの丸焼きを作ろうと爆焔を放った。


 爆音とともに、廃村は一瞬にして熱気に呑み込まれる。


「やったか?」

 サイコは少し期待した。

 だが、ホムラは微塵も期待していなかった。いや、できなかった。


 目の前に、拳を振り上げた大兎がいる。


「あ……」

 ――死ぬ。


 死を覚悟したホムラ。

 しかし、その拳はいつまで経っても振り下ろされることはなかった。


「……あれ?」


 ボスはホムラをじっと見つめている。


 大兎は勝負を好むという。

 全力を出したというのに、これは勝負にすらなっていなかったのだろうか。殴る価値すらないと判断したのだろうか。


 そう思った次の瞬間、ボスは仰向けになっていた。


「プゥプゥ!」

 可愛らしい鳴き声。

 お腹を見せ、身体をくねらせている。


「え……?」

 その場の誰もが固まった。


「……もしかして今の一撃で屈服させちゃいました?」

 まるで犬がする服従のポーズだ。

 爆焔に恐れおののき、実力を認めてくれたのかもしれない。


「や、やったー! 懲らしめられましたよ!」


「いや、違えぞ! これは大兎の服従のポーズなんかじゃねえ! これは――」

 サイコが鬼気迫る声で叫んだ。


 油断してしまったことを後悔し、ホムラは再び杖を力強く握りしめる。


「それは――」

「それは……?」


「求愛のダンスだ」


「え……?」

 ホムラは、くねくねするボスを見下ろす。


「ブー! ブー!」

 荒い息で、ホムラの胸を凝視していた。


「変態だぁああああああああああああああ――ッ!」


 ホムラが振り下ろした杖はボスの顔面にめり込み、近隣に平和が訪れた。

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我が焔炎にひれ伏せ世界【期間限定SS】 すめらぎ ひよこ @sumeragihiyoko

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