ウサギの性欲は強い【前編】
「本当にこっち、この先の廃村にいるんですかね? その……『
ホムラたちは魔獣の討伐任務のため、鬱蒼とした森の中を進んでいく。
「そうだろうって話だ。人が作った家に住み着くことが多いんだと」
息を切らしたサイコが答える。
廃村は盗賊団の根城になるほか、魔獣の巣窟になることが多い。
目的地はかなり昔に人が離れた集落で、そこへと続く道は、もはや「道」とは呼べない。
草は生い茂り、ガタガタと荒れている。
そしてなにより、遠い。
足場の悪い道をただひたすら歩くのは、肉体的にも精神的にも疲労させた。
足取りは重く、頭も回らない。
「村からこんなに歩いてるのに、それらしい姿もないなんて……。まあ私、姿なんて知りませんけど……」
「ちゃんと資料に目ぇ通しとけや」
「見せてくれなかったの、サイコさんでしょ……」
「そういやそうだったわ」
「ほんとにもう、変な意地悪するんですから」
「意地悪じゃねえ。配慮だよ」
「はいはい」
いったい何を考えていることやら。ホムラは、何度目かのため息をついた。
「まあ名前聞けば大体分かるだろ? でっけえウサギだ」
「本当ですかあ?」
ホムラは疑いの眼差しを向けた。
魔獣の姿は様々だ。「でっけえウサギ」というのもどこまで信じていいのか分からない。
気になることは、ほかにもあった。
「それに、討伐じゃなくて懲らしめるだけでいいっていうのも謎なんですけど……」
「それは後で説明してやるよ」
魔獣は基本的に、そこらの野生動物よりも攻撃的だ。だからこそ積極的に討伐の対象になる。
だが今回はそうではない。懲らしめるだけ。
「でも『ウサギ』って言うくらいですし、カワイイんだろうなあ。懲らしめるだけでも気が引けますよ……」
そう言うホムラから、四人の仲間は目を逸らした。
「え、どうしたんですか?」
あまりにも息の合った目逸らしに、ホムラの声はうわずった。
そしてその声も、深い森に吸い込まれたまま。答えが返ってくることはなかった。
「あの、本当に何なんですか。ねえ、ジンさんは資料見てますよね? 教えてくださいよ、大兎! もしかして可愛くないんですかッ?」
一番真面目なジンならば。そう期待し、ホムラはジンの肩を揺さぶった。
「世の中には、知らない方がいいこともある」
ジンは目を逸らしたまま答えた。
「そうそう、アレを見ると……いや、今のは忘れて!」
プロトも乗っかり、意味深なことを言う。
「だって今から戦うんですよ? 敵のこと知らないと――」
今は遠足の時間ではない。戦いの時間だ。
冗談を言っている場合ではない。
……ないのだが、ツツミすら悪ノリし始めた。
「ホムラ……。ううん、なんでもない……」
「ツツミちゃんまで!」
消え入るような声は、ホムラの不安を煽る。
しかし、動揺することこそが相手の思うつぼだとホムラは理解していた。
「なんで私をからかうときだけ、意味わかんないくらい結束するんですか、もう!」
ホムラはぷんぷんと怒り、足を止めた四人を置いて歩き始めた。
怒ることも相手の思うつぼだということも、その場に置いておく。
「おいホムラ、一人で進むと……いや言わねえ方がいいか」
ホムラの後を追いながら、サイコはまだ深刻そうな声を出す。
「しつこいですね! ほら、早く行きますよ!」
早く任務を終わらせよう。そうすればいたずらも終わる。
そう思い、ホムラの足取りは力強くなった。
道は荒れているとはいえ、一応は街道だったのだ。うっすらとだが、道はある。迷うことはない。
ホムラはぐんぐんと足を進めていく。
「その魔獣がどんなのでも、さくっと倒して帰り――」
意気込もうとしたそのとき、道脇の草むらが揺れた。
緊張が走り、次の瞬間にはホムラたちは武器を構えていた。
目当ての魔獣だろうか。はたまた、盗賊が隠れているのか。
どちらにせよ、油断すればどうなるか……。
ホムラは杖を握る手に、自然と力が入った。
張り詰めた空気は、時間を伸ばす。草むらが揺れてから経ったのは、一秒なのか、十秒なのか。もしかすると一分もそうしていたのかもしれない。
ホムラの頬に冷や汗が一筋流れ、そして地面に落ちた。
それを合図にしたかのように、草むらに隠れていたそれは、ひょこっと顔を出した。
「う、ウサギ……?」
ウサギだった。
大きなウサギだった。
思わず調子外れな声が出てしまった。
草むらから出ている頭部は、どこからどう見てもウサギ。ただ、サイズだけは普通ではない。
全体像を想像するに、大型犬ほどの大きさだ。
だが、ウサギだ。
「よかったー、普通にウサギだったー」
緊張が解ける。
懲らしめるのに気が引けてしまうが、気持ちの悪い異形と戦うよりはマシだった。
「皆さんが変なこと言うからどんなやつが出てくるんだろうと思いましたけど、普通にカワイイ――」
そう油断していたところ、大兎は立ち上がった。
ホムラの視線が、下から上へと動いていく。
見下ろしていたウサギの顔が、今は見上げるほどの高さにあった。
そしてなにより、そのカワイイ顔の下には――。
「へ……」
――どこからどう見ても逞しい男の肉体がひっついていた。
「変態だぁああああああああああああああああああ――ッ!」
ホムラは叫んだ。
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