頻繁にはっきりと日本語で罵倒されるホムラさん
夜空にちらちらと舞う雪を、月明かりが柔らかに照らす。
「もう、すっかり冬ですね……」
吐く息は煙のように白く、吸う空気はガラス片のように鋭く冷たい。
ホムラたち五人は支給されていた防寒着に身を包み、燃え盛る盗賊団のアジトで暖を取っていた。
「『冬ですね……』じゃねえよッ! お前が暴走しなけりゃ、今頃『壁』と『屋根』っつう文明的な平面に囲まれながら夜を凌げたんだからな!」
これでもかと目を釣り上げたサイコが、背中に寒風を受けながら怒鳴った。
木組みの建築物だったものは、大掛かりな焚き火となって周囲に熱を撒き散らしている。とはいえ、朱色の明かりは次第に弱まっており、漂う熱も寒風にさらわれていく一方だった。
「しょうがないじゃないですか、燃やしてるとテンション上がっちゃうんですから!」
「んなこと知っとるわ! アタシは雑魚相手だからって対策してねえことを咎めてんだよ!」
ホムラの身体発火能力は、感情が昂るほど効果を増す。そのうえ、「自分の炎で燃やしている」という事実に気が昂るので、歯止めをかける何かが無ければ正気を失い暴走するのだ。
「た、確かにそうですけど……、最近は最終兵器としての活躍が少なかったんで、張り切っちゃったというか、なんというか……」
「最終兵器が張り切ってどうすんだよ、ったく……」
「だって、みんなが戦ってるのを後ろで眺めるだけって、罪悪感がすごいんですよ!」
ホムラは「罪悪感」と言ったが、実際に感じていたのは「疎外感」である。要するに、みんなに交じってクズを燃やしたい、ということだ。
言い合いはヒートアップし、二人の身体は芯から温まってきていた。二人のとって、焚火よりもお互いの存在の方がよほど暖が取れるのだ。
とはいえ温まれば何でもいいという訳でもなく、不毛な言い争いを黙って聞いていたジンが一言告げた。
「無駄に騒いで、そんなに死にたいのか?」
言う通り、無駄に体力を消耗すれば、その分死が近づく。盗賊団のアジトは最寄りの集落からかなり離れており、戦闘による疲労も溜まっている。火元を離れて寒空の下を長時間移動するのは、賭けと同義だった。
「うう、すみません……」
しょんぼりしたのも束の間、ホムラは視線でもってサイコと喧嘩を再開する。
「阿呆……」
暗殺者として数多の悪を眉一つ動かさずに屠ってきたジンも、これには眉尻を下げた。
いがみ合い、ため息を吐かれながらもホムラは、サイコとジンに挟まれるようにして身を寄せ合っている。どれだけ心理的距離が広がっていようと、寒さを凌ぐためには身体的距離を縮める必要があるのだ。
「有機生命体って不便だねえ」
そんな有機生命体特有のお悩みを憐れむように、機械生命体のプロトが呟く。
「頭に粗製演算器を搭載したホムラが悪いのはそうなんだけど、ここでみんなが野垂れ死ぬのを見守るのも後味が悪いから、僕が村まで運んであげようか? 引きずってだけど」
「そせいえんざ……? 何て言われたのか分からないですけど、悪口言われたのは分かりますよ!」
もちろん、申し出は断った。
しばらく沈黙の時間が流れる。
夜が明けるまでそう長くはないが、日が昇ったとて温まってくるのは少し経ってからだ。
朝日を待ち望みながら火を眺めている折、焚き火だけがパチパチと音を立てていたところ、不意に「ぐうぅ……」という音が混じった。
案の定、音の出どころは無駄に体力を消耗したホムラの腹からである。
ホムラはさも無関係ですよと言わんばかりに無言を貫いたが、赤らめた顔を見れば音の主は一目瞭然だった。
「お肉……食べる……?」
そんなホムラに、ツツミは肉の串焼きを差し出す。
「ありがとー、ツツミちゃん!」
あまりの愛らしさに抱きつきたいところであったが、打ちつける寒さがそれを引き留めた。
生体兵器であるツツミは一部の感覚が鈍く、この程度の寒さには動じない。そんなわけで、凍えるような夜にもかかわらず、ひとり元気に活動している。
ツツミは火のそばから離れ、何やらごそごそと活動しており、戻ってきた彼女の手には肉の刺さった短剣があったのだ。それを焚き火でじっくりと焼き上げ、無表情だが嬉しそうに頬張っている。
「で、でも、私は遠慮しておきます……」
だがホムラは、この状況で食欲は湧かなかった。
好意を無下にしたように感じ、思わず笑顔が引きつってしまう。もっとも、それを気にしているのはホムラだけで、ツツミはすでに食事を再開していた。
またも沈黙の時間。
「あ、火が……消えそう……」
ツツミの食事風景を意識しないようにぼーっとしていると、消え入るような声でツツミが呟いた。
見ると、火の勢いが急激に弱まってきている。
「ああー、私が
「いや、この状況を作ったのもお前だけどな」
なんとか自分が元凶であることから目を逸らさせようとしたが、サイコは間髪を容れずに図星を突いてくる。
だが、それ以上責めることはなかった。むしろ、顔には反省の色が滲んでいる。
「まあ、お前の暴走を止められなかったアタシらにも責はある」
責任逃れができそうでホムラはほくそ笑みそうになるが、同時に珍しく殊勝なことを言うサイコに不安を抱いてもいた。
そして案の定、不安は的中する。
「ってことで、賭けをするか」
「もー、こんなときに変なことするのやめましょうよー」
止めようとしても、止まるサイコではない。一瞬前まであった反省の色は消え去り、悪だくみの顔になっている。
「今目の前で燃えてる火が、一分以内に消えるかどうか。消えなかったらお前の勝ちで、暴走したことはチャラにしてやる」
どのみち許してくれる道があり、ホムラは内心ほっとした。とはいえ、そんな生易しい賭けを持ちかけるサイコではない。
「消えたら……?」
「発火能力で全身火だるまになったお前でキャンプファイヤーをする」
「最低なんですけど!」
「安心しろ、暴走したら力づくで止めてやる」
「最低なんですけどー!」
最低だった。
「許してもらえる可能性があるだけ喜べや。だいたい、そう分の悪い賭けでもねえだろ」
サイコの言う通り、火の勢いは弱まってきているが、一分足らずで鎮火する様子はない。ホムラは内心ほくそ笑んだ。
この賭けは勝った。
「そこまで賭けをしたいって言うのなら、しょうがないですねえ、乗ってあげますよ」
「言ったな?」
「ええ、女に二言はありません」
「それじゃあ、カウントダウンするぞー」
言いつつ、サイコはジン、プロト、ツツミに目配せをした。
嫌な予感がする。選択肢を間違った気がする。
「よーい、スタート!」
その瞬間、ホムラを除いた四人が一斉に火に雪や土をかけ始めた。
「うぉらああああああああああ――ッ!」
「待って、待って、待ってください! 反則、反則、反則ですよ!」
「うるせえ、そんなルール決めてねえ!」
「卑怯者ー!」
ホムラはしがみつき必死に妨害するが、一人止めたところで残りの三人が鎮火作業を続ける。
このとき、五人全員が無駄に体力を消耗しているのを自覚していたが、誰も止まらなかった。
ホムラの抵抗空しく、ものの三十秒足らずで残すところ一片の火だけになった。
「こうなったら、私が盾になるしか……!」
まるで石を投げられる子猫を庇うかの如く、ホムラは身を挺して残り火を守ろうとした。
――が。
「あっ……」
壁なのか屋根なのか、『文明的な平面』の残骸に見事につまづき、ホムラは残り火の上に倒れ込んだ。
「………………………………」
キャンプファイヤー、開催決定。
※初出『我が焔炎にひれ伏せ世界1』メロンブックス様特典
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