竜を背負いし者

「前から思ってましたけど、サイコさんって器用ですよね、お裁縫もできるし」


 任務を終え、馬車で移動中のこと。ホムラは馬車に揺られながら、テキパキと針仕事をこなすサイコを眺めていた。


 任務には怪我がつきものだ。当然、服も破れる。ホムラの着ている上着も戦闘を経て、至るところに穴が空いていた。


 暇を持て余したサイコは、白衣のポケットからソーイングセットを取り出し、仲間の破れた服を繕い始めた。そして今、ホムラの上着を繕っている最中である。馬車が揺れているというのに、その手元が揺らぐことはない。


「器用さが求められる職場だったからな」

 縫う手を止めることなく、サイコは返事をした。

 サイコの言う「職場」とは当然、闇深い研究所のことだ。


「うわー、人体実験で培われた技術で私の上着が縫われてるんですね……」

「文句言うなら縫わねえぞ」

 サイコの手がぴたりと止まる。


「感謝しております、サイコ様!」

 声を張ったからか、隣で寝ているツツミが煩わしそうに身じろぎをし、サイコの隣で寝ているジンの眉間にシワが寄った。ホムラは慌てて口元を押さえる。


「分かればよろしい」

 感謝の念に応え、サイコの手が再び動き出す。


「そういえばドラマとかドキュメンタリーで見たことありますね、手術でお裁縫してるの」

「『縫合』って言えや。ま、そーゆーときに使う針とは形が違えけどな。あと縫い方も」

「そうなんですか?」

「そうなんだよ。勝手が全然違う」

 どうだったかと、ホムラは思い返す。


「あー、確かにピンセットみたいなの使ってましたね」

「だろ? アタシは裁縫は裁縫で得意なんだよ、天才だからな」

 針仕事に集中しているからか、サイコの言葉には心なしか棘が少なかった。


 プロトが引く馬車は揺れに揺れるが、依然として針を指に刺すようなことはない。


 細かい穴が次々と塞がっていくのを、ホムラはボーッと眺めていた。


 激しい戦闘の跡が消えていく。まるで争いなどなかったかのように。それでも確かに補修跡は布に残り続け、元に戻ることはない。その様子がなぜか、次の戦闘を予感させる。


「これからどんどん戦いが激しくなっていくんですかねえ……?」

 ホムラは物憂げな顔になる。


「だろうな。魔王側はまだ本気出してねえっぽいし、今回以上の戦闘が続くぞ」

 異世界でようやく自分らしく生きられると思ったのに、そうするには茨の道を進むしかないらしい。


「そうだ、『魔王』で思い出したんだけどよ、神官の奴らって結構噂好きでな、最近こんな噂が流れてんだ」

 針を動かす手を止めることなく、サイコは話す。できれば明るい話題がいいとホムラは願ったが、そうでないのは分かっていた。


「魔王再来の噂が流れ始めてから、見慣れない魔物が多くなってきた……ってな」

「それって、『魔王の呪血』の……?」

「さあ、どうだろうな」

 確信とまではいかないが、それでもサイコは深刻そうな顔をしている。


「ただよく聞くのが、その魔物は盗賊の中に交じってるって話だ。なにより姿がいびつらしい」

「それって……」

 なおも針を動かしながら、サイコは話を続ける。


「ある噂だと、それは何人もの男が混ざり合ったような姿で、刀剣がまるで身体の一部かのように腕から生えてるんだと」

「……それって、サイコさんが作ったやつですよね?」


 心当たりがありすぎる。


 盗賊の死体と持っていた武器を融合させた、お手軽武器人間セットだ。


「恐ろしい話だよな……」

「ええ、本当に」

 サイコは質問を無視し、恐ろしい話に震える。ホムラは、その白々しさに震えた。


 なおも話を続けながら、サイコは上着に糸を通し続ける。


「別の噂じゃ、人間のような棘犬(とげいぬ)のような、とにかく、よく見かける魔獣の特徴を持った魔族もいるって話だ」

「……それも、サイコさんが作ったやつですよね?」


 心当たりがありすぎる。


 盗賊団が魔獣を飼っていたときにサイコが作りがちな、お手軽獣人セットだ。


「恐ろしい話だよな……」

「ええ、本当に」


「きっと裏で天才美少女が糸を引いているに違いない」

「ソーデスネー」

 深刻な面持ちのサイコに、ホムラは無感情に同意した。


「……いやまあ、助かってはいるんですけどね。盗賊と戦うときって、いつも相手の方が多いですから」

 サイコはある程度戦闘もこなせるが、戦闘力で言えば仲間の中でも一番下だ。なので直接戦闘に加わるより、死体を魔術で繋ぎ合わせて魔物を作り上げ、それを使役して戦闘を支援することの方が多い。


「でも、あんまりやりすぎると天罰が下りますよ、神様から直々に」

「死人に口なし。隠しときゃバレねえよ」

「そういう問題じゃないですー」


「……それに、死者が生者に何をしてくれるってんだ。むしろ今を生きるアタシらに有効活用されて感謝してほしいくらいだぜ」

 悪ふざけではない、本当に真剣な声色で話すサイコに、ホムラは息を呑んだ。


 外道の行いではあるが、そこに死者を冒涜しようとする意図はなく、死者に対してかなりドライな態度を取っているだけだということを、ホムラは最近理解し始めた。サイコはあくまでも生者を優先しているだけなのだ。外道の行いであるのは間違いないが……。


「ほい、終わったぞ」

 そう言うなり、サイコは上着を投げて返した。


「うわっと!」


 話しているうちに、いつの間にか補修は終わっていたらしい。細かい穴から大きな穴までが、見事な針捌きによって塞がっている。


「あ、ありがとうございます……って――」

 しかし、サイコの裁縫の手腕はそれだけに留まらない。


「ドラゴンの刺繍ができてるーッ!」


 上着の背中には、小学生男児が好きそうなドラゴンがいた。


 ※初出『我が焔炎にひれ伏せ世界2』アニメイト様特典

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