グルドフ邸、殺プリン事件

 真夜中。

 静かに怒る、住み込みメイドのタナテ。


「全員集まりましたね?」

 ダイニングテーブルに着いているのはホムラたちだけでなく、グルドフもだった。


 全員、何故呼ばれたのか分かっていない。

 ……ある人物を除いては。


「重大事件が発生しました」

 いつも暗いタナテの瞳が、今では闇夜のように黒い。

 その瞳の暗さが、事の重大さを物語っていた。


「事件……ですか?」

 一瞬の沈黙すら、心を押し潰してくる。まるで心臓を直接握られるような心地。

 ホムラはたまらず、話を進めようとした。


「ええ」

 思わせぶりな間が置かれた後、タナテは言った。


「何者かに夜食のプリンが食べられました」

 全員が椅子からずり落ちそうになった。


 ホムラは気が抜けたものの、依然として張り詰めている空気に汗を垂らす。


「とりあえず落ち着きましょ! 殺気が怖いですよ?」

「それでは、尋問を始めます」

「全然止まる気配がない!」

 取り調べどころか拷問が始まりそうな雰囲気を、タナテは漂わせている。


「自首するならば今のうちですよ。処罰を軽くしてさしあげます」

 無表情な顔で、拳を強く握りしめている。

 いったいどんな制裁が待ち受けているのか。


 犯人だけが戦々恐々とする中、グルドフはぼやく。

「なんで私まで……」

 この屋敷の主であり、タナテの雇用主でもある。

 それなのに疑いの目を向けられるのが心外だったのだ。


「その膨らんだお腹が怪しいですね。中にプリンが詰まっているのでは?」

 タナテは、グルドフのぽっこりお腹を穴が空くほど凝視する。


「これはただの中年太りだからね! 年取るとこうなってくるの! みんなも気をつけなさいよ、本当に!」

 中年の嘆き。


「冗談はさておき――」

「冗談で中年の悩みを刺すんじゃないよ……」

「これからみなさんのアリバイを聞いていきます。夕食後から今まで、何をしていたのか思い出してください」


 各々が記憶を辿っていく中、プロトがひらひらと手を挙げた。

「ちょっと待って。僕、食事なんて必要ないから犯人じゃないの確定だよね? 帰っていい?」

「プロト様は、純粋に参考人としてお呼びしたのです。それに、ここにいるとお仕置きが見られますよ」

 再び拳を強く握りしめる。

「じゃあ残るね」


「怪しい動きをする人物はいませんでしたか?」

 プロトは記憶領域を精査した。


「そういえば消灯前、ホムラが部屋を抜けてったね」

「お手洗いに行ったんですよ!」

 唐突に疑いの目を向けられたホムラは、あれはトイレに行ったのだと必死に弁明する。


 だが、仲間からの追い打ちは止まらない。


「おぬし、甘い物が食べたいと言っておったな」

「確かに言ってましたけど! でもこっちには、地球で売ってるようなスイーツないじゃないですか! もっとド派手にスイーツ欲を満たすのが食べたいんですよ……」


 この世界では、人間と魔物の戦いが続いているため、嗜好品や娯楽の類の発展が遅い。ホムラが求めているような、クリームとチョコがたっぷりのスイーツは存在しない。


「あの、なんか私を犯人に仕立て上げる流れができてませんッ?」

 全員、ホムラが犯人に決まっていると思っていた。


「プロトちゃんはともかく、私に怪しい目を向けさせようとしたジンさんこそ怪しいですよね?」

それがしは米以外の食に興味がない」

「くそう、そのキャラが潔白の証拠として強すぎる……」

 そもそもジンは、誰かの食べ物と思しきものを勝手に食べたりはしない。食べたければ確認する。


「疑うなら、ツツミちゃんはどうなんですか? 食いしん坊ですし」

「ツツミは、ツツミの分、食べた……」


「ええ、ツツミ様の分は別に作っておりました」

「それはそれでずるい!」

 タナテは、夜食仲間であるツツミの分はちゃんと確保する。


「じゃあ残ったサイコさんが犯人ですね! 妙に大人しいですし、怪しいです!」

 今までただの一言も発していないサイコを、ホムラは高らかに犯人扱いする。


 だが、サイコは動じない。それどころか余裕すら感じられる。


 そんなサイコが、ホムラの口元を指さして言った。

「今まで泳がせてたけど、お前、口元にプリンの残骸がついてんぞ?」


 ホムラは手がぴくりと動いたが、すんでのところで止めるのに成功した。


「その手には乗りませんよ。それに、ちゃんと綺麗に食べたんでついてるはずないです。危ない危ない、焦って確認すれば自白したも同然ですからね……」


 ホムラは言った後で、同然どころか完全に自白したことに気づいた。

 冷や汗が滝のように流れる。


「あの、今から自首することって……できますか?」

「できません」


 ガルドルシアにホムラの悲鳴が響き渡った。

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