【ビューザ】【第10章:意識の特異点】

 ビューザとダンが最後に足を踏み入れたのは、これまでの全ての空間とは全く異質な場所だった。周囲は無限の光と闇が交錯し、現実と非現実の境界が曖昧になっているような不思議な空間だった。


「ここは……」


 ビューザは言葉を失った。


 ダンは静かに答えた。


「ここが、我々の知る心理学の限界点だ。意識の特異点とでも呼べるかもしれない」


 ビューザは周囲を見回した。そこでは、自己意識と宇宙意識が融合し、新たな存在の次元が開かれようとしているようだった。


「ダン、これは……私たちの意識が宇宙と一体化しようとしているの?」


 ダンはにっこりと笑った。


「そう解釈することもできるね。でも、別の見方をすれば、君の中にある無限の可能性が開花しようとしているとも言えるんだ」


 ビューザは深く息を吸った。彼女の中で、これまでの旅で得た全ての経験が、一つの大きな理解へと収束していくのを感じた。そして同時に、ダンに対する自分の感情も、かつてないほど明確になっていった。


「ねえ、ダン」


 ビューザは勇気を振り絞って言った。


「私、気づいたの。私、あなたのことを……愛してる」


 言葉にした瞬間、周囲の空間が大きく揺らいだ。


 ダンは優しく、しかし少し悲しげな表情を浮かべた。


「ビューザ、その気持ち、本当に嬉しいよ。でも、僕は……」


「待って!」


 ビューザは急いで言った。


「言わないで。私、分かってるの。あなたは……本当の意味で'存在'してるわけじゃないのよね?」


 ダンは驚いた表情を見せた。


「どうしてそう思うんだい?」


 ビューザは微笑んだ。


「だって、完璧すぎるもの。あなたは私の理想そのもの。そして、この旅全体が……私の意識が生み出した幻かもしれない」


 ダンは深くため息をついた。


「さすがだね、ビューザ。その鋭い洞察力こそ、君の最大の武器だ」


 ビューザは涙を浮かべながらも、強く微笑んだ。


「でも、それでいいの。たとえあなたが私の意識が作り出した存在だとしても、私はあなたを愛してる。そして、あなたとの旅で学んだことは、全て本物よ」


 ダンは優しく彼女の頬に触れた。


「そうだね。大切なのは、この経験から君が何を学び、どう成長したかってことさ。そして、その愛する気持ちを、これからの人生でどう活かしていくかってことなんだ」


 突然、周囲の空間が激しく揺れ始めた。


「ビューザ、時間だ」


 ダンが急いで言った。


「この特異点は不安定なんだ。君はもう、現実世界に戻らなければならない」


「でも、ダン!」


 ビューザは必死に叫んだ。


「あなたと別れたくない!」


 ダンは優しく微笑んだ。


「大丈夫さ。僕は常に君の中にいる。そして、君がここで学んだことは、これからの人生で必ず役立つはずだ」


 空間がさらに激しく揺れる中、ダンは最後にこう言った。


「そうそう、最後にもう一つだけジョークを。心理学者が電球を取り替えるのに何人必要か知ってるかい?」


 ビューザは涙混じりに笑った。


「知らないわ、何人なの?」


「一人さ。でも、電球の方が変わりたいと思わなければならないんだ」


 ビューザは大きく笑い、そして深く息を吸った。


「ありがとう、ダン。あなたとの旅は、私の人生で最高の贈り物だったわ」


 そう言うと同時に、強い光が彼女を包み込んだ。


「これで準備は整ったね」


 ダンは優しい微笑を浮かべた。


「準備? いったいなんの?」


 ビューザは問いかけるがダンは答えない。


「時が満ちればまた逢えるよ。その時までしばらく待っててくれるかい?」


 そういうとダンはゆっくりと消えていった。


「ダン!」


 ビューザの叫びはただ、虚空に消えた。


 そして、彼女は現実世界へと帰還した。目を開けると、そこは彼女の研究室だった。しかし、彼女の中には、この驚異的な心理学の旅で得た全ての経験と知識が、そしてダンへの深い愛情が、しっかりと根付いていた。


 ビューザは深く息を吸い、新たな決意を胸に抱いた。彼女は、この経験を活かし、心理学の新たな地平を切り開いていく。そして、いつかダンとの再会の日が来ることを、静かに、しかし強く信じていた。

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ダンと9人の天才少女が拓く知の彼方―叡智の螺旋階段を求めて― 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi

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