第54話 森の奥は危険がいっぱい

 背中に感じるリズの強大な魔法を気にしながら、ランディは自分が仕留めたヴァリオンの死体を持ち上げた。今のうちに色々と検証しておこうという訳だ。


「普通に考えれば、皮を剥ぎゃいいんだろうが」


 イメージしながら分解をかけると、綺麗に皮とその中身に分かれた。ヴァリオンの形そのままの白い皮は、脱ぎ捨てられた白い全身タイツに見えなくもない。


 完全に周囲に溶け込むなら、光を当ててみれば色が変わるかも、とランディは懐から自作したレンズで皮に光を当ててみるが、特段変化は見られない。


(そりゃそうか。死んで色が戻るってことは、何らかの方法で色を操作してるってことだろ)


 視覚情報から表皮に映し出す。

 それでは、死んだら直ぐに正体を現すはず。


(てことは、色を変える事自体は、自分の意思と関係なく――)


 考えこんでいたランディの感覚が、何かの気配を捉えた。


 慌ててリズを振り返れば、その周囲には魔法の音に引き寄せられたのだろう、他のモンスターの死骸も転がっている。


(さっきの気配は……)


 先程感じた気配は今は感じない。だが、嫌な予感にランディは立ち上がった。


「リズ――」


 声をかけようとしたランディが、その口を閉じて一気に駆け出した。再びわずかに感じる気配の揺らぎ。姿は見えず、リズもエリーも気づいていない。


 防護壁は展開しているが万が一がある、とリズを庇うように抱きかかえてランディが地面を転がれば、先程リズが立っていた場所が大きく陥没した。


「な、何でしょうか?」

「さあな。変異種か、巨大種か……そのどっちもか――」


 聞いていた話だと、基本的にヴァリオンは周囲に擬態して獲物を待つトラップ型の魔獣だ。だが今しがたリズを襲ってきた姿の見えない魔獣は、非常に素早く好戦的に感じられる。


 ヴァリオンのように姿が見えない魔獣。

 だが行動理論は真逆の狩人型なのは間違いない。


「リズ!」

「はい」

「防御は行けるな?」


 強く頷いたリズに「選手交代だ」とランディが首を鳴らした。擬態の謎がまだ解明されてないのだ。折角なら生きた個体で色々調べたい。


 都合がいいことに、今目の前でランディを睨みつけているだろう個体は、少々手荒に扱っても問題なさそうだ。


「かかってこい、デカブツが」


 手招きするランディに呼応するように、目の前の気配が大きく、だがゆっくりと動き出した。ノロノロと動いた、かと思えば、ランディめがけて何かが勢いよく飛んできた。


 迫る気配にランディが拳を真上から叩きつける。


 撃ち落とした何かが、地面に跳ねた。

 地面が揺れ、足元の木の葉が舞い上げたのは、白く丸まった塊だ。


 だが実体が見えたのは一瞬だけで、今はその姿を再び景色と同化させている。


(舌……か?)


 恐らく舌を伸ばして攻撃したのだろうが、驚くべきは、一瞬で擬態できるという事だ。舌を出す前にゆっくり口を開けて準備はするだろうが、飛び出してくる速度を考えると、流れる景色を簡単に映し出す速度は驚異的だ。


 もちろん体表以外も擬態出来るだろう、と警戒していたが、いざ相手にすると面倒な事この上ない。


 あの白い見た目は、やはり周囲を映すモニターなのだろう。


 出力方法は魔力か、それとも……


 考えるランディに、再び舌の気配が迫る。


 当たる直前でランディが体を右に開いた右半身になった

 自身の横を通り過ぎる気配に、ランディがマジックバックから抜きざまに大剣を振り抜く。


 周囲に舞い散る鮮血。

 響く耳障りな鳴き声。


 軽い地響きと共に、何かが木の葉を舞い上げた。


 流れ出る血が、辺りを濡らす…が未だ切り離した舌が現れる気配はない。


(チッ、本当に面倒だ)


 目に見えない巨大な舌。この状況で地面に見えない凹凸など、トラップ以外の何物でもない。鮮血に染まる切断面を頼りに、ランディが切れた舌を蹴り飛ばした。


 足にかかる荷重。

 見えぬ対象。


 それでも勢いよく吹き飛んだ舌が、近くの木に当たって再び血を撒き散らして地面を揺らす。


(これで、邪魔な……ん?)


 蹴り飛ばした舌を、ちらりと見やったランディが違和感を覚えた。


 その違和感を確かめるより前に、目の前から接近する気配。

 カウンターを合わせるように、ランディが拳を振り抜いた。


 恐らく鼻先に当たったのだろうが、殴った感触から、あまりダメージは与えられていないだろう。


(分厚い皮だな。それとヌルヌルの体液が邪魔だ)


 眉を寄せるランディの目の端で、切り落とされた白い舌がようやく姿を現した。


(……やっぱ身体から切り離されると戻るのか)


 その現象をチラリと見やったランディが、目の前で宙からボタボタと落ちる血を睨みつけた。


 先ほどダメージこそあまり与えられなかったが、どうやら相手の口を開かせることには成功したようだ。


 舌を切られ流れる血を隠すために、口を閉じているのだろうが、先程の一撃で口の端から血が溢れている。


「そして血は、隠せない……と」


 呟いたランディが、大剣を地面に突き立てた。先程の拳もそうだが、このまま叩き切ってしまえば、折角の検証が出来なくなってしまう。


 ようやくカラクリの糸口が見えたのだ。折角なら、このまま確証を得たい。


 何も無い空間から、血が滴るという現象。

 それと真正面から向き合うランディ。


 動いたのはヴァリオンだ。


「プッ――」


 と破裂音が響いたかと思えば、ランディの目の前には赤黒い液体が迫っていた。


 ヴァリオンが口に溜まった血を吐き出したのだ。

 迫る血に、ランディが左にサイドステップ。


 その先にあったのは、開いた虚空だ。


 そうとしか表現できないのは、ヴァリオンが大きく開いた口である。


 血で染まった口腔内は、景色を映さない。

 虚空に突如として出現した巨大な顎門あぎとが、ランディを襲う。


 ランディを飲み込まんとする巨大な顎門あぎと

 その光景にリズが思わず悲鳴をあげそうになった瞬間――ランディが巨大な顎門あぎとの真下から右拳を打ち付けた。


 強制的に閉じられた虚空。

 同時に吹き出す鮮血。


 舞い散る鮮血の真下で――「ちぃと、痛えぞ」――笑ったランディが左拳を捻りながら突き出した。


 突き出す先は、森の景色だが血の吹き出す位置から逆算すると、仰け反った巨大ヴァリオンの胸元あたりか。


 勢いよく繰り出された拳だが、衝突したらしい音は「トン」と恐ろしく静かな物だた。


 先程のアッパーやカウンターに比べれば、静かすぎる衝突音。

 だが次の瞬間、ランディの拳を中心に景色が歪み……「パァン!」と激しい破裂音と共に、景色が弾け飛んだ。


 そう、文字通り弾け飛んだのだ。

 残ったのは、盛大に血を吐き出す巨大な白いカメレオンだけだ。


「ビンゴ。これで大体は分かったな」


 笑顔で指を「パチン」と鳴らしたランディの目の前で、口からも、全身からも血を吹き出すカメレオンが、地響きとともに地面に倒れ伏した。


「ランディ、大丈夫でしたか?」

「ああ。問題はねーよ。ぶった斬っちまえば、もっと楽だったんだろうけど」


 肩をすくめたランディが、もう一度倒れた巨大カメレオンを見下ろした。恐らく以前倒したアーマーリザードと同じか、それ以上に大きな個体だ。


 姿を隠し、しかも最初の気配遮断。加えて分厚い表皮に獰猛な性格と、恐らくかなり高位な魔獣に成長したようだ。


「いやー。デケえくせにコソコソと、嫌らしい敵だったな」


 魔の森育ちのランディでも、こんな魔獣に会ったことはない。中々貴重な経験だ。


「ランディは見えてるんです?」


 自分では察知できなかっただけに、リズの疑問は止まらない。


「いや、見えてはねーよ。感じ取れるだけで」

「良く分かりませんが、それって凄い事では?」

「死ぬほど鍛錬したからな。本当に、死ぬほど」


 笑い飛ばすランディだが、実際血の滲むような鍛錬の賜物なのは間違いない。あの時は本気で、「殺す気か」と思ったものだが、今思えば彼のお陰でこうして生き抜けているのだから、感謝しか無い。


 ――大丈夫です。坊ちゃまは、この程度では死にませんよ。


 何ともぶっ飛んだ爺だと思うが、家令のキース達のお陰でランディもハリスンも、こうして気配察知だけは一人前と呼べる程度には成長したのだ。


 魔の森でも見たことがない、気配遮断と姿の隠蔽という合せ技。そんな魔獣を討伐したと知らせたら、キースは何と言うだろうか。


 ――坊ちゃまですからね。当然でございます。


 と事もなげに言うのだろうか。いや、言うのだろうな、とランディな確信めいたものを感じている。ならば、彼の期待には応えねばならない、とランディが「フッ」と少しだけ笑みを浮かべた。


「畜生のくせに知恵も回るが、だったな」


 笑顔のランディが、巨大ヴァリオンへと近づきその肌を撫でた。やはり、想像通り今の手触りはツルツルしたものだ。


「先ほど、ビンゴと言ってましたが……」

「ああ。景色を映し出すカラクリなんだが――」


 そう切り出したランディが語るのは、ヴァリオンの姿を隠蔽する能力の正体だ。


 能力の正体はその体液である。全身を常に覆っている体液で、表皮のスクリーンに周囲の景色を映し出しているのだろう。死んでしばらくしたら、姿が見えるのは表皮の体液が乾くからだと睨んでいる。


 その理由は、途中に蹴り飛ばした舌の一部が早々に白くなっていたからだ。


 木に当たっただろう場所。

 地面に落ちただろう場所。

 ランディが蹴っただろう場所。


 どこもかしこも、わずかだが景色を正しく映さず、薄っすら白くボケていたのだ。その現象を見て、表皮を覆う〝何か〟が肝だと気づいた。


 それを確認するために、最後の一撃を放ったのだ。 身体のダメージを通し、その衝撃を持って体表の体液を吹き飛ばした訳だ。


「ということは、中にそれを作り出す器官があるのかもしれませんね」

「多分な。だから、ぶった斬るのを躊躇したんだが」


 ため息混じりのランディが、最近出番のない大剣を眺めた。まあ使わずに済むならそれでいいのだが、たまには文明の利器を振り回してみたいと思ってもいいだろう。


「なるほど。それで拳で戦ってたんですね……でも、最後の攻撃はなんだったんです? バーンって」

「ああ。あれか。体表がブニブニで、ダメージが通らなそうだったからな。中に威力を通したんだよ」

「あれ? 中に威力を通したら、重要な器官が――」


 リズの言葉に、ランディが慌てて解体用ナイフで巨大ヴァリオンの腹を掻っ捌いた。ランディの目に映ったのは、完全に弾け飛んだ内臓達である。


「しまった……つい――」

「貴様は馬鹿なのか?」


 あまりの失態に、完全に呆れ顔のエリーが顔をのぞかせる始末だ。


「で、でも仕組みが分かったから良いだろ?」


 口を尖らせるランディだが、目の前に広がるのは、腹を貫かれた無数のヴァリオンの姿だ。リズが放った魔法のせいで、殆どのヴァリオンが使い物にならないのだが、当時はまさか内臓に答えがあるだなんて知らなかったのだ。不可抗力というものだろう。


「仕方ねー。明日もう一日あるし、別の群れを探すぞ」

「またこやつらの相手か」


 肩を落としたエリーの目の前に、倒れた木々の合間から傾き始めた陽の光が差し込んでいた。

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モブの俺が悪役令嬢を拾ったんだが〜ゲーム本編とか知らないし、好き勝手やります〜 キー太郎 @--0_0--

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