第53話 なんか冒険者っぽいことしてる

 クリスが闇ギルドで、情報を振りまいていた頃……


 ランディ達三人は、特に何事もなかった船旅を経て、目的地の手前までたどり着いていた。レール川の上流に位置する大きな森は、多種多様な魔獣に加えて、ダンジョンまである冒険者に人気の狩り場だ。


 故にそのお膝元である街も、冒険者で賑わっている。


 エルデンベルグ。通称冒険者の街は、王国でも有数の大都市でもある。そんな大都市エルデンベルグだが、今のところ襲撃者の気配はない。


 エリーにはああ言ったものの、ランディは面子にかけて襲撃の可能性も考えていた。つまりは肩透かしを食らった形である。


(なんだ。ガッツがねーな)


 鼻で笑うランディだが、闇ギルド側からしたら、「仕方ないだろ」とでも言いたいところだろう。リバーフォードでの撃退で、クリスが学園での襲撃に集中する事に決めた事に加え、そもそもランディ達の足取りを追いかけている最中だ。


 夜中に全滅させられ、そして朝方にはランディ達はリバーフォードを出発している。支部の人間たちが気づいた頃には、ランディ達は既に街の外である。


 気付いた時点で聞き込みをして、目的地が判明した……と思いきや、本部から任務失敗で報告済みとの連絡だ。彼らからしても納得は出来ないだろうが、それでも痕跡一つ残さず仲間が消えた不気味さの方が大きい。


 そんな事など全く知らないランディからしたら、来ないならこれ幸い、と早速本来の目的に意識をシフトした。


「さて、早速森に行ってみるか」

「そうですね。期間は今日の午後と明日しかありませんし」


 転移で帰れるので、帰りの時間を気にしなくて良いのは大きい。だが、それでも一日半しか狩りに充てられる時間がないのだ。やはり馬鹿に構っている暇はない。


 街中を歩く二人の目の前には、多数の冒険者とそれを相手にする商店の数々。通りには屋台が並び、活気のある様子は王都の賑やかさとはまた別の種類だ。


「なんつーか、元気があっていいな」

「そうですね。皆が上を向いてるのは、いい街だと思います」

「ヴィクトールもこんな街にしてーな」


 既に襲撃者の存在など意識の外に、二人は途中の屋台で遅めの昼食を摂りつつ、様々な話題に花を咲かせていた。


 そうしてたっぷりと街の雰囲気を楽しんだ二人は、これまた特に何の障害もなく森へとたどり着いた。


「へー。やっぱ結構な人がいるな」


 広い森と聞いていたが、目に見える範囲だけでも、かなりの冒険者が森の周りをうろついている。


「あんま時間もないし、サクッと行くぞ」


 手を出したランディに、リズが小首を傾げつつもその手を取れば……ランディがそのままリズをお姫様抱っこに……「キャッ」というリズの驚いた声を残して、ランディは森の木々を蹴って奥へと消えていった。


 今回はギルドに内緒でここまで来てるのだ。森の浅層なら問題はないだろうが、奥へ行くのを誰かに見られるわけにはいかない。


 もう説教は嫌だ、と本気で駆けるランディだが、そのせいで急に木々が大きく揺れるという怪奇現象のプチパニックが起きたことは知らない。






 森の奥へとたどり着いた二人を迎え入れたのは、入口の喧騒が嘘のような静けさであった。


「……ここは人がいないんですね」

「まあ、普通は奥まで入る事はないだろうからな」


 ランディの言う通り、基本的に冒険者達の活動範囲は、森の浅層だ。小さな森ならいざ知らず、これだけ大きな森に、何の考えもなしに踏み入るのは馬鹿の所業である。


 森は魔獣のテリトリーだ。


 勿論森以外にも魔獣は生息するが、視界が悪く、足元も悪い森での戦闘は、かなりのリスクが伴う。


 加えて迷ってしまえば、出てくることすら難しい。上手くレール川の支流にでもぶつかれば、それに沿って下ればいいのだろうが……もちろん水辺は魔獣にとっても重要な縄張りでもある。


 その旅路が困難なものになることくらい、想像に難くないだろう。


 だから冒険者の多くは、森の浅層に出てきた魔獣を狩るし、ダンジョンまでの道は切り拓いてある。


 命を天秤にかける職業だけに、彼らに最も重要なスキルは慎重さだ。


 狩り場の奪い合いになりそうなあの状況も、裏を返せば直ぐに救援が得られる距離でもある。


 そうして慎重に己を鍛え上げ、高位魔獣へ挑める地力を付けた人間が、ランクを上がって行くのだ。その最たる例が、【鋼鉄の獅子】だろう。


 だがもちろん、そんな人間ばかりではない。


 冒険者の名前通り、危険を冒して森へ分け入り、強大な魔獣へ挑む者もいる。ギルドの覚えは悪くなるが、ロマンを追い求める人種。


 下手をすれば死に。

 上手くいっても、ギルドからの覚えはあまり良くない。


 それでもたまに、実力で全てを黙らせる者もいる。


 堅実な【鋼鉄の獅子】をしても、強烈な憧れを抱かせる、【剣聖】や【黒閃】などが、その最たる例かもしれない。


 とは言え、それも今は昔……この静かな森に響くのは、彼らの名声ではなく、不気味な魔獣の気配と息遣いだけだ。


「なんだか、不気味ですね」

「そりゃそうだろ。もう囲まれてるからな」


 事もなげに笑うランディに、リズが思わずピタリとくっついた。周囲に敵影はないが、囲まれているという。つまりはそういう事だ。


 ――光で色を変える、ですか? そうですね。ヴァリオンというモンスターが……


 思い出されるのは、コリーに聞いたモンスターの情報だ。擬態獣とも呼ばれるヴァリオンは、普段から周囲の景色に溶け込み、その姿を隠すという。擬態と呼ぶには、あまりにも完璧なそれは、姿を消していると言われたほうが納得出来る程らしい。


 全く存在を認識できない。つまり周りの光を受けて、完全にその景色を身体に再現するのだという。


 現にランディ達の目の前には、木々が生い茂る森しかないのだが、ランディには自分たちを囲む魔獣の気配がヒシヒシと伝わっている。


「ランディ……」

「まあ落ち着けって。魔力は感じ取れるだろ?」


 ランディの言葉にリズがゆっくりと頷いた。確かに落ち着いて周囲を探れば、幾つもの小さな魔力の揺らぎが感じられるのだ。


「そいつに向かって、ズドンとやっちえば良いんだよ」


 笑ったランディが、近くの木に手を伸ばして、何かを掴み上げた。「ギーギー」と耳障りな声で鳴く何かから、「ブチッ」と変な音が聞こえた途端、鳴き声が止み静かになった。


「それが?」

「ヴァリオンって奴だろうな」


 そうは言うが、その姿は全く見えない。


「ちっと、包囲を抜けるか……」


 この囲まれた状況で、色々確認するのは好ましくない、とランディが来た道を少しだけ戻った。先ほどの場所とそれほど離れていないが、ヴァリオンの狩りは、基本待ちの一手らしい。


 仮に近づいてきたとしても、気配は丸わかりなので、ランディからしたらあまり関係ないのもあるが。


「にしても、本当に周りの景色と同化してんな」

「本当に何か持ってるのですか?」


 リズが不思議そうな顔で、ランディの手が握っているだろうものを、ツンツンと突ついた。


「不思議です。何も見えないのに、何かいます」

「だろ?」


 掴んでいるランディも、中々不思議な感覚である。


「あ、でもでも。良く見たらランディが掴んでる場所の景色だけ、少し歪んでますね」

「お、ホントだ」


 リズの言う通り、ランディの持っている場所は、液晶を押したみたいに色が少し滲んでいるのだ。


「コリーの話通りなら、このまましばらく待っときゃ……」


 そう言って二人が、ランディが掴み上げている虚空を見つめた。


 木々の間をそよ風が吹き抜けた時、ランディの左手の中からボンヤリと何かが現れる。


 それは見た目には白く大きなカメレオンだ。


 体長は一メートル程だろうか。飛び出した目も、口から飛び出している長い舌も、全部が真っ白なカメレオン。ただ体表だけは、カメレオンと違いツルツルとして凹凸が全く無い。白く艶のある表皮は、ホワイトボードのように見えなくもない。


 触った感じも、カメレオンと言うより鰻に近かった。だが今は少し滑っていた表面の手触りは、表皮の見た目通りツルツルしたものに変わっている。


 不思議な魔獣ではあるが、やはりデカくて真っ白なカメレオンという表現が一番しっくり来る。


 白く艶のあるカメレオン――ヴァリオン――は、ランディに握りつぶされて死んでいるのだろう。今は全く動くことはないヴァリオンを片手に、ランディはリズに向き直った。


「んじゃ、リズもいっちょやってみよう」

「分かりました」


 今回リズも討伐に参加するのは、彼女からの要望だ。


 ずっと守られっぱなしは嫌だというリズの言葉に、ならばまずは攻撃手段を手に入れようと、ランディとエリーから魔獣相手に魔法の訓練を提案されたのだ。元々魔法理論には深い造詣のあるリズだけに、船旅の間にエリーから簡単な攻撃魔法程度なら扱えるはず、と太鼓判を押されている。


 そうして脳内に響くエリーのアドバイスを元に、リズが魔力を練る。リズの手のひらに集まっていく魔力が形をなしていく。


(おいおいおい。こりゃマジモンのチートだな)


 まだスピード自体はお粗末だが、その数が尋常じゃない。軽く十は超える氷の槍が、リズの周りに現れたのだ。リズの周囲が冷気で包まれた頃、リズが生み出した氷槍を撃ち出した。


 風を切って進む氷槍が、全て隠れているヴァリオンへ命中。全ての氷槍を伝うように、流れる血がその証拠である。そのうち真っ白なヴァリオン達が、地面や木の上に現れることだろう。


「どう、でしょうか?」

「ばっちり過ぎんだろ」


 ちゃんと笑顔で答えられて偉い、ランディは自分自身をそう褒めたい気分だ。内心では苦笑いが止まらない。


 作り出した数も。

 的が動かないとは言え、全弾命中させる精度も。


 どれもこれも「初めてです」の人間がやって良い所業ではない。そんなチートな能力を見せたリズだが、ランディやエリーに褒められたのが嬉しかったのか、「次は別の魔法を試してみます」と上機嫌で魔力を練り始めている。


 先程の一撃で、殆どの魔獣を倒したので、次は威力を重視するのだろうか。少し不安に駆られるが、エリーが見ているし何よりリズはランディと違って、一応の常識もある。


 ここは素直に任せておこう、とランディはリズから少しだけ距離を取った。そう、少しだけ。


「じゃ、じゃあ。俺の方は分解に移っとくわ」


 最近リズに遅れて、ようやく出来るようになった分解。いつもとは逆の立ち位置での作業が始まった。

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