追放代行サービス

中田原ミリーチョ

訪問者は追放代行サービス


 武器よし、防具よし、アイテムよし。


「さて。今日もミッション頑張りますか」


 集合は午前八時。パーティーのアジトの前。

 すでに十五分遅れているけど、俺の遅刻癖はパーティーメンバーも承知済み。問題ない。


 眠気眼をさすりながら玄関扉のドアノブに手をかけたとき、



 コンコンコン。



 扉をノックする乾いた音。


 こんな時間に誰だ? 給仕? そんな格式ある宿屋じゃないけど。それとも仲間が迎えに来た? とりあえず開けるか。


「どちらさんで?」

「こんにちは!」


 うお! 朝イチにしてはうるさすぎる挨拶。眩しすぎる笑顔。これが美少女なら歓迎だけど、残念、三十代後半のオッサンだ。中肉中背のスーツ姿。くたびれた感じが妙に生々しい。


 俺はとっさに扉を締めようとしたけど、わずかに空いた扉の隙間に足を挟んできやがった。こいつ……できる!


「Dランク冒険者パーティー『フレンズ』に所属するジェイクさんですね?」

「あ、ああ」

「私、追放代行サービスのハクラと申します」

「追放代行サービス? なんだそれ」


 とりあえず押し売りではなさそうなので扉を開ける。


「文字通り。追放を代行するサービスです」

「追放を代行?」

「ええ。『あなた追放ね』なんて面と向かって告げるのって意外とハードル高いですよね。悲しい顔をされるかもしれない。逆上されるかもしれない。そんな誰もが避けたい嫌なことをリーダーさんに代って請け負う仕事です」

「ちょちょちょ、ちょい待てよ」


 リーダーの代わりに追放を告げる業者が俺の家に来た。

 それってつまり、


「俺、追放ってこと?」

「そうなりますね」


 いやいやいや!

 意味が分からねえ。


「なんで? 俺はフレンズの初期メンバーだぞ。もう三年も一緒にやっている。追放される理由はない!」

「自覚がない、ということですね」

「ったりめーだ!」

「私はフレンズのリーダーさんから依頼を受けた際に面談をしています。そこであなたを追放する理由を聞いてきました。一つずつ確認していきましょうか」


 笑顔のまま淡々と報告を始める。


「まず道具の消費量。あなた、戦闘の度に回復薬と魔力薬をがぶ飲みしているそうですね」

「職業が竜魔剣士だからな。近接戦もするし魔法も使うしで大変なんだよ」

「ですが、パーティーの共有資金で手に入れた道具の消費量が偏っていては不満が募るというもの。その分ダメージ量で貢献できていればいいですが、聞いたところによると、他のメンバーと貢献度に差がないようですね。これでは納得されません」


 ぐぬぬ。


「次。ジョブが特殊すぎ。竜魔剣士って竜の骨を使った特殊な剣に魔杖を組み合わせた専用武器を使いますよね。職業専門武器は流通量が少ない都合上高価なんですよ。武器防具をパーティーが支給する制度を取り入れているフレンドにとって、あなたの職業は負担になります」

「職業差別だ!」

「あとアジトの魔導冷蔵庫の中にあったケーキ食べましたね? あれ、リーダーの誕生日サプライズだったそうですよ。メンバーはさぞがっかりしたでしょうね」

「冷蔵庫のケーキは理性を狂わす魅力があるんだよ!」

「他にも遅刻癖、言い訳癖、酒癖が悪い、雑務を人に任せる、などなど。日常の振る舞いに問題があります」


 もう全否定じゃねえか!


「ま、そういうわけです。追放されるに足る理由があるというわけですね。残念ですがこれがあなたの仲間たちの総意。受け入れてください」

「……する」

「はい?」


 糊で貼り付けたような営業スマイルのオッサンに現実を突きつけてやる。


「拒否するって言ったんだ」

「しかしパーティーの意思ですし……」

「そんなことは関係ねえ! 俺が拒否するって言ったら不可能なんだよ」

「なぜ?」

「知らねえのか? 冒険者基準法第二十条。『本人の同意なしにパーティーメンバーを追放することはできない』。俺たち冒険者は法に守られているのさ」

「……さすがに知っていましたか」


 初めて笑顔が歪む。


「つーわけだ。もう話はねえ。帰れ帰れ」


 扉を閉めようとするも、おっさんが右手で扉の淵を掴んで止める。


「……指挟んで骨折しても知らねえぞ」

「ご自由に」

「あんまり冒険者を舐めるなよ。追放代行サービスだか知らねえが、素人が冒険者様に勝てると思うなよ」

「いいからやれよ」

「っ!?」


 なんだこいつ。なんでこんなに余裕なんだ。


「くそ! どうなっても知らねえからな!」


 俺は本気で扉を締めようとした。それこそオッサンの指がドア枠に挟まってそのまま千切れるくらいの力で。


 それなのに。


「嘘だろ……」


 どんなに踏ん張っても、両手で引っ張ってもビクともしない。


「どうした? そんなもんか?」


 おっさんは不敵な笑みで扉を抑えている。たった五本の指で。

 こいつ、何者だ?


「さあ。観念して『脱退申請書』にサインするんだ」

「脱退申請書?」

「自分で言っただろ。この世界では追放は不可能。だが、本人の意思で任意に脱退することは可能だ」

「任意って……強制じゃねえか」

「パーティーに迷惑をかける厄介者を確実に追い出せるのなら手段は問わない。それが追放代行サービスだ」


 冗談じゃねえ。

 冒険者デビューして五年の中堅だぞ。今からパーティー探しから始めるなんて嫌だ。

 ぜってえ追放されねえ。


 俺はドアノブから手を離し、玄関に立てかけた禍々しい竜魔剣を手に取る。パーティーにねだって買ってもらった最新の武器だ。


「はっ。いくら力自慢だろうが戦闘経験はないだろ。Bランク冒険者の俺に勝てるかな?」

「武器を取ったということは、もう後戻りはできないぞ」

「こっちのセリフだ。ここで退かないと後悔するぜ」

「わかった。やろう」


 扉を最大まで開けてから真顔で仁王立ちするオッサン。

 応じるように剣を構える俺。

 距離にして三メートル。玄関を挟んだ攻防。


 グリップを握る手に力が入る。

 こんなオッサンに負けるわけがない。

 そのはずなのに、なぜか心がざわめく。

 まるで得体の知れないモンスターと対峙しているような恐怖心が押し寄せる。


 ビクッ!


 おっさんが目を閉じただけなのに半歩引いてしまう。


「……なに目を瞑ってるんだよ」

「ハンデだ。俺は視界を縛る」

「は、はぁ? バカも休み休み言えよ」

「俺は本気だぜ。目を閉じた相手に負けたら、さすがに素直に応じざるを得ないだろ?」

「ああ。そういうことか」


 わかった。今わかった。


 コイツ、真性の馬鹿だ。


 ここまでの馬鹿と対峙したことがなかったから不気味に感じてしまっていたけど、正体が見えてしまえば何の心配もない。

 コイツは死にたがりの中年。

 なーんだ。ビビッて損した。


「わかったよ。もし俺が負けたら脱退申請書でも何でも書いてやるよ」

「助かるよ」

「ハッ。まるで話にならねえな」


 もう遠慮はいらねえ。

 俺は間髪を入れず間合いを詰めるステップ。ゼロ距離でオッサンの胸元に向かって剣先を突き出す。

 この間、コンマ一秒。

 歴戦の猛者でもこの状況になったら避けられない。


「死ねやぁ!」


 勝利を確信した。

 バカなオッサンは胸から血を噴き出してぶっ倒れる。そして俺に喧嘩を売ったことを後悔して助けを求める。

 俺はそんな無様を晒す醜い顔に唾を吐いて勝利に酔いしれる。


 そうなるはずだった。


 手応えはなかった。


「嘘……だろ……」


 刃が到達する刹那、オッサンは目にも止まらず速さで半身の姿勢をとったのだ。慣性でスーツから飛び出たグレーのネクタイを掠めただけ。


 この距離で躱された?

 あ、ありえねえ……。


「ま、こういうことだ」


 目を開けたオッサンが右手でネクタイを整え、左手で俺の手から剣を奪う。ぐっと力を込めると、岩よりも堅い竜の骨で作られた剣が粉々に砕け散った。


 こいつ、バケモンだ……。オッサンの皮を被った魔王だ。


「俺に依頼が来た時点で終わっていたんだよ。追放を免れたければその前。仲間に呆れられる前に振る舞い方を見直すしかなかった」

「なあ、なんとかならねえかなぁ。俺、謝るから。これから頑張るから。足引っ張らねえしわがまま言わねえし時間も守る」


 もう温情にかけるしかない。頭を床にこすりつけて懇願する。


「手遅れだ。もうビジネスは成立している」

「そんなぁ」

「と、いうわけで」


 オッサンは最初の営業スマイルに戻ると、跪く俺の前にしゃがんで、一枚の紙を差し出した。


「『脱退申請書』書いてくれるな?」

「は、はい……」


 こうして俺は追放された。



 追放代行サービス。恐るべし。


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