「あれ」が怖い
佐藤宇佳子
関東の墓地で見かける「あれ」が怖い
最近、墓地が怖い。
子供のころ、墓参りはちょっとしたお出かけだった。日当たりが良くてからりとした墓地には恐怖のかけらも見い出せなかったし、そもそも全国的に火葬が普及した現在、墓地に恐怖を感じる理由もなかろう。
それが、関東に引っ越してきてから恐怖に目覚めた。近所には寺町という文字どおり寺の点在する区域がある。住宅街に囲まれた寺に何気なく目を向け、敷地内のこじんまりした墓地が目にはいると、とたんに陰鬱な落ち着かない気分になる。原因ははっきりしている。卒塔婆だ。
墓石の背後やかたわらに数本まとめて立てかけられた、薄っぺらい木の板、あれが怖い。墓地を囲む塀から「あれ」のぎざぎざした先端が顔をのぞかせていると、身構える。雨ざらしになって灰色にくすんだ「あれ」なんて、おぞましくて直視するのもためらわれる。
地元の墓地には卒塔婆なぞなかった。石やコンクリートで固められた足元に石造りの台座に載せられた墓石がずらりと並ぶさまは清潔で、鬼ごっこやかくれんぼをするのにぴったりの明るさまで漂っていた。
そこに卒塔婆が数本立てられるだけで、一気にあたりが湿る。朽ちゆく有機物の生々しさが、もはや存在しない死者の肉体を否応なしに思い起こさせる。淀んだ空気のまがまがしさは、昔ばなしに出てくる墓場のイメージそのもので、忘れていた死への畏怖の念を少しだけ刺激してくる。
「あれ」が怖い 佐藤宇佳子 @satoukako
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