結末はどっち?

よし ひろし

結末はどっち?

「お父様……」

 正面の壁にかけた縁の中で微笑む父の写真を見ながら小さくため息をつく。等身大に引き延ばし、常に私を見つめてくれるように飾ったその写真の視線が、今は苦しい。


「どうして、こんなに愛しているのに……」

 父は明日、結婚してしまう。


 父、とはいっても実父ではなく、育てのだ。母の弟で、続柄としては叔父にあたる。事故で亡くなった両親に代わって私を育ててくれた。父が私を引き取った時、まだ十九歳。私は六歳。それから十五年、父は結婚もせず私を大切に愛情を込めて育ててくれた。


 その父が明日結婚する。それも、相手は私の親友――


「だめ、やっぱりどうしても、認められない」

 私は父を愛している。一人の男性として。相手があの子でなければ――、父と同年代の女性であれば、もしかしたらきちんと祝福できたかもしれない。でも――


「ああ、やはりやるしかない」

 私は心を決めた。

 もう準備は整っている。後は最後の仕上げをするだけ。


 視線を部屋の中央に移す。そこにはある儀式を行うための祭壇が準備してあった。その祭壇の前にはあるものを呼び出すための紋様が描かれている。その最後の一片、それを今から描いていく。


「……」

 ミリの繊細な作業だ。少しでも歪めば、儀式は失敗するだろう。

 息を止め、最後の仕上げ。


「……出来たわ、完成よ」

 魔法陣はできた。後は呪文を唱えるだけ。

 私は深呼吸し、心を落ち着かせてから、ラテン語で記された召還の為の呪文を発する。


「――――!」


 魔法陣が輝き、室内に異様な空気が満ちていく。そして、現れる、黒い影――


「おやおや、これはまた可愛らしいお嬢さんだ。それで、望みは――ああ、父親のことだね」

 呼び出されたもの――悪魔がこちらの心を読んだかのように訳知り顔で言う。


「そうよ。私の願い、叶えてくれるわね?」

「もちろん。報酬さえいただければ、何なりと。父親をあなたの虜になさいますか? それともお相手を――」

 うすら笑いを浮かべて訊いてくる悪魔。

 嫌な笑い方。人間なら絶対にお近づきになりたくない、信用できなさそうな相手だ。

 だが、やはりこちらの事情をすべて知っているようだ。


「そんなことは頼まないわ。それではお父様の想いを否定することになってしまう」

 愛する伴侶を得た父の心を無下には出来ない。


「ほう、それでは何を?」

「私とあの子の中身を入れ替えてほしいの。私がお父様の最愛の人になるのよ、ふふふ」

 父は何があっても私を一人の女性とは見てくれないだろう。ならば、体はあの女のものでいい。そう妥協した。


「なるほど、それは面白い」

「できる?」

「ええ、お安い御用です。では、早速――」

「待って。まだよ。一分後、私が合図して、きっちり一分後に、魂を入れ替えて」

「ふむ、分かりました」

 悪魔の答えを聞き、私は準備を始める。いや、もう準備はできているのだ。

 部屋の隅の天井を見上げる。


 そこに垂れる輪になったロープ。首を吊る為に用意したもの。


 その下に椅子を持っていく。椅子に上り、最後のチェック。

 ロープの強度は充分だ。


「いいわ、今から一分後にやってちょうだい」

 腕時計のタイマーをスタートさせる。

「わかりました、きっかり一分後に、望みを叶えましょう。それで、報酬の方ですが?」

「一分過ぎた後の私の体の魂を持っていってちょうだい。きっちりと死んでいるだろうから」


 ふふふ、父を惑わせた女、その魂、悪魔に食べられて消滅すればいい――


「わかりました。では、サービスです、カウントダウンをしてあげましょう。十、九、八――」


 私はロープの輪に首をかける。


「七、六、五――」


 さあ、これで私がお父様の花嫁よ。


「四、三、二――」


 その時、ふとあることが気になる。

 あの悪魔、本当に信用していいの?

 きちんと魂を入れ替えてくれる?


「一――」


 でも、ここまで来たら後には引けない。

 椅子を蹴飛ばす。


「零!」


 首にロープが食い込み、そして、私の意識は――……



おしまい

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結末はどっち? よし ひろし @dai_dai_kichi

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