無職の証明

日々人

無職の証明

ある日、タナカは市役所からの通知に従い、指示された市役所の離れに向かって歩いていた。無職であることを証明するためにだ。しかし、担当の職員は「書類で無職を証明しないでください」と言い張る。タナカは困り果てたが、どうにかして無職であることを伝えようと決心した。


タナカは大きくあくびをしたあと大げさにため息をつき、肩を落とした。職員は表情を崩さず、真っすぐに前を見据えている。まるで目の前に人など居ないかのように。

次に、タナカはポケットをひっくり返し、中身が空っぽであることを見せた。しかし、職員は微動だにしない。タナカは、ぽかーん口を開けたまま床に座り込み、斜め上を見上げた。時折スマホを見つめ、ぼんやりと天井を見上げた。職員は軽く息を吐いて残念そうにつぶやいた。


「…また、お越しください」



タナカは翌日も出向いて職員と対面した。対面というよりもタイマンだ。なんだかよくわからない通知によって呼び出され、自尊心を激しく傷つけられた。タナカは久しぶりに怒っていた。

広いロビーにポツンと置かれた机と椅子が目に入る。近寄ると後ろからすっと職員が現れ静かに椅子を引きながら「どうぞ」と片手を差し出した。

冷静に。無職を証明してみせる、そうタナカは心に誓った。


「いや~最近はね、曜日や日付の感覚がなくなってしまって…毎日が同じように感じてしまって、仕事をしていた頃はこんなことなかったんですが…」


職員は軽く傾けた首をすぐに定位置に戻しタナカを見つめた。それから手元のパソコンにチャカチャカと何か軽く入力するとこう言った。


「…それで、他には?」


「それに、歩数も激減してしまいました。働いていた頃は毎日1万歩以上歩いていたのに、今ではせいぜい500歩あればいいくらいです。家にいても体を起こしている方が少なく寝そべっていて、外に出るのは食料を得るため、それだけです…」


タナカはスマートフォンの歩数計を見せながら説明した。


「そして、残念なことに食生活も乱れてしまいました。仕事をしていた頃は、社員食堂で規則正しい食事を心がけていたのに、今ではジャンクフードは嗜好品、無性に朝定食を食べたくなった時なんかには数年前のメニュー表を眺めて『高っ!くそがっ!』と吠えてからインスタント食品やもやし炒めばかり食べています。栄養バランス?なんですかそれ~」


タナカは久しぶりに他人に対して多くを語っている自分が確かにここに居て、その生き物が体に熱を帯びていることに小さな喜びを感じていた。

職員はタナカの話を聞きながら、無職であることを理解し始めた、ようなフリをし始めている。何の為に行われている審査なのか、その意図がまだ完全には理解できていない。

しかし、職員の表情の裏にある「働けるだろ働けよ、という世間一般の目に対するあなたの答えを述べよ」というダル重い圧力に対する返答まだかよ?という苛立ちにも似た深淵を覗いたことに気付いた。


しばしの硬直状態の後、タナカはいかにもの演技に身を投じることにした。


「ああ!誰よりも仕事がしたくない、このオレは。預金残高は二十万円切った。だが、この期に及んでまだ働きたくないのである!」


フロアに叫び渡った声にタナカは小さく頷き硬く握った拳を震わせた。

職員は微かな声で「これこれっ!」と、わざとらしく頷いたあと、大げさに頭を抱えてうなだれた。

この姿を見たタナカはここぞとばかりに語り掛けた。


「あなたも、こちら側に渡ってきませんかぷりーず?」


職員は顔を上げると笑顔で「わかりました、もう結構ですタナカさん。あなたが無職であることをここに認めます」と言った。

無事に無職を証明することができた。

努力と創意工夫が実を結んだ瞬間だった。



私は翌週から国の政策により、半ば強制的に働かされることとなった。

どうしようもない無職の人間にでも出来る仕事を査証し、社会復帰を促すことを目的とした非営利団体とぅもろー育英会の施しの元、労働者として勤しんでいる。

今日もフォークリフトに乗り、1メートル先の白線に並べられたクルミを踏み潰す。

うまく割れてくれるか心配だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無職の証明 日々人 @fudepen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ