後編

 いくら抵抗しても女の子は手を放してくれずに、わたしはズルズル引っ張られていく。

 恐怖と焦りで、頭の中はいっぱい

 だれか……だれか助けて……。


「あなたたち、何してるの!?」


 どこからか聞こえてきた声。

 頭を向けるとそこには……倉木先生だ!

 先生は女の子に引っ張られるわたしを見て、強ばった顔をしている。


「先生、助けて!」

「アヤちゃんがほしい~、アヤちゃんがほしい~」


 わたしの助けを求める声と、女の子の歌が重なる。

 すると倉木先生はハッとしたようにこっちに向かって走ってきて。

 女の子に向かって叫んだ。


「花ちゃんがほしい!」


 するとどうだろう?

 先生が叫んだ瞬間、つかまれていた腕が、ふっと楽になった。

 今なら逃げられる!


 わたしは無我夢中で女の子から離れると、なっちゃんとユミちゃんが受け止めてくれる。


「アヤ!」

「アヤちゃん!」


 もつれ合うように倒れるわたしたち。

 2人は泣きそうな顔をしていて、わたしも体の震えが止まらない。

 それに、あの女の子がまた何かしてきたらどうなるか。


 だけど女の子の方を見ると…えっ?

 さっきまでそこにいたはずの女の子は、まるで最初からいなかったみたいに、忽然と姿が消えていたの。

 女の子はたしかにいて、わたしを引っ張ったはずなのに。

 事実わたしの腕には、引っ張られた手のあとがくっきりと残っている。


 すると倉木先生が、こっちにやってきた。


「みんな、大丈夫?」

「先生~」


 先生の声を聞くと、もう大丈夫なんだって思えて。

 わたしもなっちゃんもユミちゃんも、泣きながら抱きついた。





 それからみんなで保健室に行って、わたしは簡単な治療を受けた。

 幸いケガは大したことなかったけど、わたしたちはやってはいけないって言われていたはないちもんめをやったことを、倉木先生に話した。


「あなたたち、やっちゃダメって言ったのに」

「ごめんなさい……」

「先生、どうしてはないちもんめをやっちゃいけなかったんですか?」

「もしかして、さっきの女の子と関係あるんじゃ?」


 ユミちゃんが言ったことは、わたしも考えていたこと。

 はないちもんめをしたすぐ後に現れて、はないちもんめの歌を口ずさんでいたんだもの。

 無関係とは思えなかった。

 すると倉木先生は暗い顔をしながら、言いにくそうに話しはじめる。


「実は先生も、この学校の卒業生なんだけど。私たちが通っていたころ、ある怖いウワサがあったの」

「怖いウワサって……」

「学校ではないちもんめをすると、花ちゃんって女の子が現れてね。はないちもんめで遊んでいた子の中から1人を選んで、どこかへ連れて行ってしまうっていうウワサ」

「それって……」


 いまさっきわたしたちの身に起きたのと同じ。

 なっちゃんユミちゃんと、顔を見合わせる。


「最初は、よくある怪談だって思って信じてなかったんだけどね。あるときはないちもんめをしたら、本当に女の子が現れて。友達の一人を連れていこうと、引っ張ったの。さっきアヤちゃんがやられてたみたいに」

「そんな、それでその子は、どうなったんですか?」

「幸い、追い払うための呪文を知っていたから、助けることができたわ」

「追い払うための呪文?」

「ええ。さっきも言った、『花ちゃんがほしい』よ」


 そういえば。

 さっき倉木先生がそう言った瞬間、わたしをつかむ力が弱くなったっけ。


「あの、花ちゃんってたしか、あの女の子の名前でしたよね。どうして『花ちゃんがほしい』って言ったら、助かるんですか?」

「それはね……。少し悲しい事情があるの」


 倉木先生は花ちゃんにまつわる怪談の詳細を語ってくれた。

 なんでも花ちゃんは、倉木先生が小学校に通っていたよりも、もっともっと前に、うちの学校にいた子。

 内気な花ちゃんは友達がいなくて、いつも1人でいたんだって。


 けどある日花ちゃんはクラスの子たちに、はないちもんめに誘われたの。

 みんなと遊べるのが嬉しくて、花ちゃんはワクワクしてた。

 2チームに分かれて、「○○ちゃんがほしい」って言って、引っ張りあって。

 花ちゃんはいつ自分の名前が呼ばれるか、楽しみだったの。

 けどいつまでたっても呼ばれなくて。いつの間にか花ちゃんのチームは、花ちゃん1人だけに。

 けどこれなら、自分の名前を呼んでくれるはず。

 そう思っていたんだけど……。


「向こうのチームにいった子たちが、声をそろえて言ったの。『花ちゃんなんていらない』って。その子たち、最初から花ちゃん1人が残るようにして、いらないって言うつもりだったのよ」

「なにそれ、ヒドイ!」


 わたしがそんなことされたら、きっと泣いちゃう。

 花ちゃん、はないちもんめに誘われて嬉しかったのに、最初から傷つけるつもりだったなんて。


「しかもその日の帰りに、花ちゃんは交通事故にあって亡くなってね。それからだって言われているわ。はないちもんめをしていたら花ちゃんが現れて、遊んでいた子をどこかに連れていくようになったのは。一緒に遊んでくれる友達を、向こう側に連れていくって聞いたわ」

「待ってください。たしかに花ちゃんがされたことはヒドイですけど、それっておかしくないですか? わたしたち、昔の事とは関係ないのに、どうして連れていかれなきゃならないんですか?」


 なっちゃんの言うことはもっとも。

 花ちゃんが悲しくて悔しかったのは分かるけど。

 わたしたちはただ、はないちもんめで遊んでいただけ。

 それなのに連れて行かれるなんて、理不尽だよ。

 だけど……。


「そうね。一番悪いのは、花ちゃんを傷つけた子たち。それは間違いないわ。だけど全然関係ない人が代わりに報いを受けなきゃいけない。そういう理不尽なことなんて、当たり前にあるのよ」

「そんな……」


 ニコリともしないで告げられて、言葉を失う。

 それにあのとき倉木先生が来なかったら、本当にどうなっていたかわからないって改めて思えて。

 恐怖が込み上げてくる。


「話を戻すわね。さっき言った、『花ちゃんがほしい』。ああ言えば花ちゃんは、自分を欲しがってくれたって思って、満足して帰っていくの。けどたぶん、完全に悲しみを消せてはいないのね。誰かがはないちもんめをする度に、また現れるもの」

「それじゃあ、もしもまたはないちもんめをしたら、花ちゃんが……」

「来るかもしれないわね。ごめんなさい、こうならないように、はないちもんめをしちゃいけないって言ってたのに。詳しく話したら、かえってやってみようって子が出るかもしれないから、秘密にしてたんだけど。ちゃんと言っとくべきだったわ」


 先生はそう言ったけど、たしかにそんな怪談話をしたら、はないちもんめをする子が増えちゃうかも。


 けど少なくともわたしたちはもう、はないちもんめをすることはないと思う。


 みんなでやる、楽しい遊びのはずなのに。

 最後までほしいって言われなかった子が、どんな気持ちになるか。


 外の穏やかな陽気とは裏腹に、わたしたちを包む空気は、凍えるように冷たくなった。




 END



 ※作中にあったはないちもんめをするとき、じゃんけんでなく引っ張りあいで勝敗を決めるというルールは、筆者の地元であった実話です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

やってはいけない、はないちもんめ 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ