第24話 決命立志




  疾滅統括征異団しつめつとうかつせいいだん第六部隊基地の洗面所にて。


 私はいつも着ている高校の制服を脱ぎ捨てると、鏡の前に立った。鏡に映るはだかの自分を見つめて、異形化した脇腹を手でまさぐる。


 エボルシックの症状がステージ2にまで進行した私の体は、以前よりも増して異形化していた。青白く変色して硬くなった皮膚の面積は、遂に腹部全体をおおい尽くしている。いよいよ背中や腰にまで侵蝕しんしょくを始めていて、変色した皮膚は指で触れてもあまり感覚が伝わってこない。


 私はあと、何年生きれるのだろうか。異形化の進行具合から見るに、二、三年で末期症状に至ってもおかしくなさそうだ。


 まあ、寿命が短いのは分かり切っていたことだし、一年だろうが数ヶ月だろうが変わらない。最後まで精一杯生き続けるだけだ。


 私は鏡から目を逸らすと、脱いだ服を洗濯籠に入れてヒナツキさんに渡された新しい服を取り出した。疾滅統括征異団しつめつとうかつせいいだん第六部隊の隊服である、タイトな白服だ。


「これ、どうやって着るんだろ……」


 特殊すぎる服のせいで、着るのにかなり苦戦した。時間をかけてどうにか着用することはできたけど、着方が合っているのか分からない。まあ着れたんだからなんでもいっか。


 着替えを終えた私はあらためて鏡の前に立つと、色んな角度から自分の姿を見つめた。


「おお。意外と似合ってる? いや全然そんなことないか」


 なんだか、服に着せられている感が否めない。これに関しては私に威厳いげん風格ふうかくがないせいだろう。


 服自体は悪くない。ちゃんと採寸さいすんしてもらったからサイズは合っているし、着心地も通気性が良くて全然暑苦しくない。


 分厚い服なのに伸縮性にも長けていて、足や腕を振り回してみても問題なく動かせる。一体どんな材質てできているのか、収容所で売られている服はほとんどが薄汚れていたり穴が空いていたりするのだけど、この服はそんな欠陥けっかんが何処にも見当たらない。


 収容所では、こういった素晴らしい物を作る職人がいたりする。少ない材料を使ってクソみたいな収容所の生活を少しでも快適にしてくれる職人達には感謝してもしきれない。


 高校の制服以外で久々にまともな服を着れた私は、嬉しさのあまり鏡に映る自分の姿を見つめてしばらくニヤケが止まらなった。


 そんな自分だけの時間に浸っていると、途中で洗面所の扉が誰かにノックされた。「入るわよ」という甲高かんだかい声が聞こえてきて、私が許可を出す前に扉を開けて洗面所の中に入ってくる。現れたのは、左右に二つくくられたお団子頭がチャームポイントの少女、キクリだった。


 キクリは洗面所の壁にもたれかかると、腕を組みながら白服を着た私をじっくりと見つめてきた。


「どう、かな」


「あんまり似合ってないわね」


「だよね」


「まあでもこれから似合う奴になればいいわよ」


 キクリはそう言うと、ほがらかに笑った。以前はこんな風に笑ってくれず、もっとよそよそしい態度を取られていた。


 どうやら私が事情を何も話してくれなかったことに相当怒っていたらしく、私が隠していた事情を全て話して何度も謝ると、徐々に許してくれて打ち解けられた。


 今では超仲良しの友達になっている。でも未だにキクちゃんと呼ぶのを許してはくれない。呼んだら怒ってねてしまうのだ。


「それじゃアタシは居間で待ってるから。ちゃんと服に着替えれたなら、さっさと他の準備を終わらせて来なさいよ」


「うん、分かった」


 キクリは私がちゃんと服を着れるか心配で、わざわざ確認しに来てくれたみたいだ。


 その気遣いはとても嬉しいけど、少し過保護じゃないだろうか。


 お母さんみたいだなあと思わず口にしてしまいそうになるけど、ぐっと我慢した。もし声に出して聞かれでもしたら、怒ってその日は一日中口をいてくれなくなるところだ。


 キクリが洗面所から退室した後のこと。入れ違いで、今度はミナトが洗面所へとやってきた。


 まさかミナトまで私がちゃんと服を着れるか心配で来たんじゃないよね。私って、そんなに不出来な子と思われているんだろうか……。


「着心地はどう?」


「サイズはピッタリだよ。見た目は、どうかな。似合ってる?」


「うーん、どうだろ。あはは」


 ミナトは私の姿を一瞥いちべつすると、苦笑いを浮かべて言葉をにごした。


 お世辞すら言われないこの反応だ。全然似合ってないんだろうなと気付かされて、ちょっと泣きたくなった。


「ミルカに一つきたいことがあるんだけど、いいかな」


「何?」


「どうして、疾滅統括征異団しつめつとうかつせいいだん第六部隊に入ろうと思ったんだ?」


 どうやらミナトは私の服装を見にきたわけじゃなく、それを訊くために洗面所にやってきたみたいだ。


 別にいつでも話せる機会はあるのに、余程気になっていたのかもしれない。仲間に興味を持たれるのは私としても嬉しいけど、まさかこのタイミングでかれると思っていなかったので、返答するのに大分時間を要した。


 なんて言えばいいのか、適切な言葉が中々見つからなかったというのもある。


「色々あるけど、一つはミナトと同じだよ。適正があったから」


躊躇ためらいなく誰かを殺せること?」


 私は頷いた。


「適正があるならやろうかなって。あとは、収容所のみんながバケモノになった時、誰も殺さないで済むようにしてあげたいの。ハルちゃんにしてあげたように、他の人にもしてあげられたらなって。私の力でそれができるなら、やってみたい」


 私は収容所で、色んな知り合いができた。


 その人達いつかエボルシックの末期症状に至り、バケモノと化して大切な人達を殺してしまうかもしれない。


 そんなことは、誰にもして欲しくない。人を殺すのは、私達だけで充分なのだ。


「善意でこんな仕事をやるなんて、君は優しいんだね」


「優しくなんかないよ。善意でもない。自分のためだよ。私はあの世でハルちゃんに会って、精一杯生きてきたよって胸張って言えるものが欲しいだけ。まあ殺しなんて、誇れることじゃないかもだけど」


 それでも私は、この仕事を選んだ。誰かがやらなくちゃいけない、大事な汚れ仕事だからだ。


「ミルカは、あの世があるって信じてるんだね」


「うん。だってその方が魅力的だし、精一杯生きれるでしょ」


「.......」


 私の意見に、ミナトは静かに笑みをこぼすだけだった。


「今度は私がミナトに質問していいかな」


「構わないよ」


「ミナトが私を基地に連れて来てくれたのって、私を疾滅統括征異団しつめつとうかつせいいだん第六部隊に入れるためだよね?」


「……驚いた。気付かれてたんだね」


 いつも冷静で余裕のあるミナトが、面食らった表情を浮かべた。彼のそんな表情を見たのは初めてのことで、とても新鮮だった。


「いつから気付いてたんだい」


「気付いたのは最近だよ。ヒナツキさんと話してて、そうなんじゃないかなって。思い返せば、色々と不審な点も多かったし」


 ミルフィーノを含めた管理人達が無職の私を処理しなかったこと。仕事探しの協力にみんなが乗り気じゃなかったこと。


 ミナトの見回りに私をよく同行させたこと。当時は単なる人助けだと言っていたけど、見ず知らずの私を基地に住まわせるのもおかしな話だ。収容所には、私の他にも生きるのに困っている人達がたくさんいるというのに。


 第六部隊のみんなは良い人達だけど、善意だけで他人にそこまで良くしてあげられるほど聖人でもない。何か裏があって、私を基地に住まわせた。


 そしてその理由が、私を隊員として招き入れるためだったということだ。


「流石にバレバレだったか」


 ミナトは後ろの髪をきながら、困ったように笑った。


「でも、どうして私なんかを?」


「ミルカが俺と、似たもの同士だったからだよ」


 私に目的を見破られたミナトは、あっさりと白状はくじょうした。


「この仕事を長く続けてるとさ、人の目を見るだけで分かってくるようになったんだよ。その人が俺と同じで人を躊躇いなく殺せる奴か、そうじゃないか」


「目を見ただけで分かるものなの?」


「分かるよ。実際にミルカは、躊躇ためらいなく殺しができたでしょ」


「……そうだね」


「初めて君と出会って目が合った時、すぐに気付いたよ。君は俺と同じだって。根拠なんてない、ただの直感だけど」


 恐ろしい直感だ。私もいつかそういう感覚に目醒めざめていくんだろうか。


「第六部隊は最近、一人戦力を失ったばっかりでさ。とにかく人手が欲しかったんだ。だから君を拾った」


「そう、なんだ」


「今まで黙っててごめん。君をだまして利用した。そう取られても仕方ないと思う。本当に、ごめん」


 ミナトは後ろめたそうに表情を暗くさせると、私に深々と頭を下げた。


「謝らないでよ。ミナトは何も悪いことしてないじゃん。あの時ミナトが私を拾ってくれなかったら、私あのままのたれ死んでただろうし。それに、第六部隊に入ったのは私の意思だよ。ミナトの意思は関係ない」


「本当にこの仕事でいいの? これから何十、何百人もの人をただ殺し続けるんだよ」


「もうこの服着ちゃったんだから、今更何言われても遅いよ。それに全然大丈夫! だって私は、躊躇いなく人を殺せる異常者だからね」


 私が二の腕に力を込めながらマッスルポーズをして息巻くと、それを見たミナトは口元を緩めて笑ってくれた。


「君は意思が強いね。そういう強さがあるから、人を殺せるのかもしれないね。君も、俺も」


 ミナトは末期症状に至った家族を、自らの手で殺した。私も、末期症状に至った大切な妹を、この手で殺した。


 私達は家族を殺して、それをきっかけに殺しの仕事を始めた異常者、似たもの同士なのだ。


「よし、準備できた」


 私は首元のえりを折り曲げて、妹がんでくれた新品のマフラーを首に巻くと、ミナトに向けて意気込んだ声をあげた。


「それじゃ、行こうか。ミルカ」


「うん」


 私はミナトと一緒に洗面所を出た。その先に、私達と同じ白い隊服を着たみんなが私達を待っていた。


 白い隊服の上に研究者が着ているような白衣を羽織はおった、奇抜なファッション姿の灰色髪の女性。この部隊の隊長である、ヒナツキさん。


 両サイドにくくり付けた緑髪の団子頭がチャームポイントの少女、キクリ。


 あちこちね散らかした黒髪にボロボロなサングラスを耳にかけたキザな男、コウヘイさん。


 そして腰に刀をげ、いつもヘラヘラとした笑みを浮かべる青髪の少年、ミナト。


 此処にいるみんなは、全員人殺しだ。平気で人を殺すことのできる異常者で、似たもの同士。


 私はそんな四人へ向けて敬礼けいれいすると、満面の笑みを浮かべて告げた。


「今日から此処で働かせてもらうことになりました。改めてみなさん、よろしくお願いします!」


 私の名前は柊木ひいらぎミルカ。十五歳。色々あって人殺しの仕事を始めた、元女子高校生の異常者だ。


 エボルシックというバケモノになる病気を発症した私は、同じ病気をわずらった同胞どうほう達を殺し続ける。


 いつか私自身がバケモノになって死ぬ、その日まで。













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〈読者の皆様に御礼とお願い〉

これにて第一章決命立志けつめいりっし編が終了しました。ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。

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〈予告〉

次回は第二章、攫殺混乱かくさつこんらん編に入ります。ぜひブックマークをしてお待ちください。

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エボルシッカーズ! ーバケモノと呼ばれた者達の収容所生活ー 田島 @TAJIMA0904

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